男性受難の時代の男らしさと女らしさ。

男性は「男らしく」、女性は「女らしく」という社会規範は、徐々に揺らぎつつあります。今や子育ての現場でも、男の子が人形やぬいぐるみを手にしたり、女の子が自動車や電車に興味を持っても、決して否定しないのが当たり前の時代。学校教育でも、義務教育で男子と女子に課せられる学習内容は基本的に同じであり、技術・家庭や保健・体育などで男女差を設けていた昭和の時代とは隔世の感があります。そして、社会に出たら男性と女性が同じ土俵に立って職業人生を歩んでいくルートが一般的であり、むしろ男性の働き過ぎが厳しく指弾され、専業主婦志向の女性が肩身の狭い思いをするご時世。来年からの男性の育児休業制度の流れなどをみても、少なくとも国が推進する社会政策としては、「男らしさ」「女らしさ」に象徴される男女の役割分担論は、すっかり影をひそめたともいえます。

役割分担論の適否は重いテーマなのでひとまず置いておくとして、間違いなくいえることは、男性に生まれようが、女性に生まれようが、程度の差こそあれ、「男らしさ」も「女らしさ」の両方を、人格形成の中でそれなりに具備していく必要があるということでしょう。男性といえども「男らしさ」一辺倒ではとても家事や育児の分担など手につかないし、女性といえども「女らしさ」オンリーでは夫婦共稼ぎが当たり前の時代の一方の稼ぎ手としての役割は心許ないはずです。このことを誰よりも敏感に感じ取っているのは他ならぬ若者たちであり、今ではデートや会食の割り勘は当たり前、美容意識の高い男子や、責任感がある女子がモテる時代です。

そこで感じるのは、女性が男性から「男らしさ」を学んだり取り入れたりする以上に、男性が女性から「女らしさ」を学んだり取り入れたりする方が、ハードルが高いのではないかという疑問です。昨今のジェンダー研究では、そもそも男女の社会的規範としてのジェンダーはグラデーションのようなものであり、ほとんどすべての人に男性性と女性性の双方が内包されており、なおかつその比重や比率は必ずしも一定ではなく、広範な個体差があることに加えて、同じ人の人生においても適宜変容し、ときによっては環境や他の素因によって短期間でも変化しうることが知られています。ただ、そのような一般的な傾向の上に立っても、男性が「女らしさ」を帯びることへの違和感、抵抗感は、女性が「男らしさ」を備えることとはまた異なる意味を持つようです。



2021年11日に電通総研が発表した「電通総研コンパス第7回調査・The Man Box:男らしさに関する意識調査」では、「男らしさ」について以下のような興味深い結果が出ています。「男らしさ」の規範意識が強いことを「マンボックス」といい方をしますが、マンボックスへの志向性が強い男性ほど、ボジティブ感情もネガティブ感情も強く、落ち込み、憂鬱、絶望といった傾向も強い。なおかつ、年齢層が低くなるほどそれぞれの傾向が強まるという結果が顕著に出ています。さらに、女性に対する考え方についても、「フェミニストが嫌いだ」と回答した人は18~30歳代がもっとも多く、「女性は弱いから守ってあげなければいけないと思う」は51~70歳がもっとも多いという結果になっています。

【電通総研コンパス第7回調査】The Man Box:男らしさに関する意識調査より
【電通総研コンパス第7回調査】The Man Box:男らしさに関する意識調査より

ここで私が感じたのは、概念としての「男らしさ」は、「女らしさ」よりもパワフルで分かりやすく他者に与えるインパクトも強いけれども、その宿命として、自分に対しても、他人に対しても、副作用が大きいのではないかという仮説です。胎児の出生プロセスをみても、人間はそもそも母親の胎内に命を授かった瞬間はすべて女に生まれることを予定しており、それが一定の頻度で男性ホルモンのシャワーを浴びることで“分化”が起こり、男という性別が割り当てられますが、それだけに「男らしさ」は「女らしさ」に対して本源的に排他的で融和しづらい素因を持っているのかもしれません。現在の社会規範において、女性がズボンを履いたところで男性化を意味するとは限らないのに、男性がスカートを履くとかなりの確率で女性化を想起させるといった現実をみると分かりやすいです。

これからの時代を見据えるとき、「男らしさ」と「女らしさ」は、そもそも対立関係にあるというよりは、むしろ補完関係にあるというモチーフが適当かもしれません。だとするならば、男性がいかに「女らしさ」と向きあうか、という視点はとりわけ重要だと思います。やや強引にハイブリッド自動車にたとえるなら、「男らしさ」はエンジン、「女らしさ」はモーターかもしれません。従来はガソリン車が圧倒的にメジャーで、その駆動性と力強いアクセルワークは世界中の人たちを魅了し、今でも多くのモータースポーツファンはその世界の虜になっています。一方でガソリン車は環境に厳しいという見方が大勢を占めており、ときを刻むごとにハイブリッド、さらには電気自動車のシェアが増えつつあるのが時代の趨勢です。ガソリン車がなくなることはないにしても、そのパワーの代償としての“有害性”は宿命ともいえ、未来志向の相互補完関係を築いていくことが私たちには求められています。

フルスロットルから繰り出される躍動感あふれる走行音が天高くこだまするレーシングカーの魅力に心躍らせる世界を誇りに思いながら、その誇り高い生き方を大事にするからこそ、力強く新たな時代に向かう流れも誰よりもアクティブにフレキシブルに取り入れる勇気と行動力を持っていきたいものです。

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橘亜季@『男はスカートをはいてはいけないのか?』の著者
学生時代に初めて時事についてコラムを書き、現在のジェンダー、男らしさ・女らしさ、ファッションなどのテーマについて、キャリア、法律、社会、文化、歴史などの視点から、週一ペースで気軽に執筆しています。キャリコンやライターとしても活動中。よろしければサポートをお願いします。