秋津洲、伊良湖、興川丸…沈んだ軍艦にちなんだビールが飲める島がある
1杯のビールで、とても遠いところまで思索の波に運ばれていくことがある。
その島には、欧米からも観光客が来るからだろう、
おしゃれなカフェや洋風レストランが並んでいた。
小さな島でIPA
その中でも、スツールに座ったお客がクラフトビールを飲んでいるバーが気になっていた。
私はIPAとウィートビアが大好きだ。
こんな小さな島にもクラフトビールがあるなんて。IPAは売り切れと聞いて、
「AKI WHEAT」というビールを頼んだ。
一口のむと、酵母のさわやかな香り。
名前にアキがつく同士、ご縁があるなと
このビールについての解説を、手元のメニューで読みながら「ん?」と思った。
アルファベットで書かれた日本語が目についたからだ。
AKITSUSHIMA
あきつしま
恥ずかしいことに、何のことかわからなかった。
メニューに書かれた解説を読みすすめ、あっそうか、と思い至った。
秋津洲だ。
「秋津洲はこのエリアで潜るべき最高のダイビングスポットです。日本人によって建造された、この種類では唯一の船。水上飛行機の母艦として設計された、とても強力な軍用船でした」
と英語で書かれている。
「もしかしてAKI WHEATの名前は、秋津洲からとったんですか?」
店員さんに聞くと、そうだという。
美しい海に沈む日本の軍艦
秋津洲は戦時中、ここフィリピン・コロン島の海に沈んだ船だ。
ウィキペによれば、1942年4月に完成し、サイパンやラバウル、ソロモン諸島などでの作戦に関わった。米軍の攻撃を避けコロンに避難したところ、1944年9月、ふたたび空襲をうけ撃沈したという。
もしや、とメニューをみると他のビールの説明にも日本語があった。
「IRAKO IPA」は30メートルの深さに沈む給糧艦の伊良湖。
ダイビングをして見に行くには、このあたりでは難関のスポットという。
「OLYMPIA PALE ALE」はオリンピア丸。
サンガット島近くに沈む貨物運搬用の船だ。
「OKI BURNING DARK IPA」は興川丸。油を補給する補助艦だった。
1944年9月に爆撃され数日燃えた後、沈没したという。
そう、この店のビールには、戦時中にこのあたりに沈んだ日本の軍用艦船の名前がついているのだ。
バーがあるコロンの町はブスアンガ島にある。
ここを拠点に、美しい入り江や湖があるコロン島に船が出ていて、多くの人がダイビングやシュノーケリングに出かけていく。
ダイバーにとっては、戦中から70年以上、海底に沈んだままの日本の軍艦を見ることができるスポットなのだ。
このビールは日本人が醸造しているのですか?と店員さんに聞くと、
「イギリス人だよ」という。
そしてその人がちょうど、お店にやってきた。
秋津洲が一番好きなんだ
島に暮らし11年のルーク・バーナムさん(33)。
コロンブルワリーの醸造家だ。
「秋津洲は一番好きなんだ。本当にすごい船だよ」
海底にもぐって撮影した秋津洲の写真を見せてくれながら、ルークさんはこう話した。
ルークさんは英国東海岸の、海に近い町ノーフォークで育ったという。フィリピンの人と結婚して島に暮らし、8年間ダイバーとして活動してきた。
だがコロナの影響で、海外からの観光客はぱたりと途絶えた。
「コロナで暇になったから、趣味のほうのビール造りをやり始めた。人って旅はしなくてもビールは飲むからね。あははは」
イギリス人って誰でも趣味でビールがつくれるの?
と思ったが、すばらしき発想とバイタリティー。
2021年5月にコロンブルワリーの店を開いた。
客足は上々のようだ。
でも、なぜ沈んだ軍艦の名前をビールにつけたの?
「歴史が好きなんだ。1940年代、誰にとっても厳しくてつらい時代に思いをはせることができるでしょう」
フレンドリーな国でおきた戦争
確かに、フィリピンにいると、人々のフレンドリーさに忘れてしまいそうになるのだが、ここは日本が深く関わる激しい戦闘が起きた場所だ。
観光でにぎわう島の周辺にこれだけの船が沈んでいる。
当時はどんな状況だったのだろう……。
私がいるマニラもそうだ。今やさびれた歓楽街エルミタは、日本人もよく訪れるゴーゴーバーなどが並んだ「夜遊びの町」。その地名には「治安が悪い」「危険」といった文字がつきまとう。
でも、じつは20世紀初頭、エルミタはいまのマカティのようなハイソな人たちが暮らす高級住宅街だったという。1945年に日本軍と連合軍の市街戦が始まると多くの人が命を落とし、エルミタ周辺を拠点とした日本軍による組織的で卑劣な性暴力もあったという。
こうした歴史的な経緯をへて、美しいエルミタが歓楽街に「おちぶれて」しまったことに、昔のマニラを知る人は胸を痛めてきたという。
島で飲んだ1杯のビールから、そんなことにまで考えが飛んでいった。
ルークさんによると、コロンはミクロネシアやグアムなどと並ぶ、世界4大シップレックサイト(沈没船が見られる場所)の一つだという。
私も日本の軍艦が見られるかなと思っていたが、
あんなにがっちりとした重たい船が沈んでいるのだから、深くもぐる装備や技術がなければ近寄ることはできない。
「また戻ってこないとね」とルークさんが言ってくれた。
ミンドロ島からフェリーでコロンへ
コロン島に来たのは思いつきだった。
ミンドロ島の知人に会う用事があってサンホセという町に行くことになり、サンホセからコロン行きのフェリーが出ていることに気づいた。
絶景の海や湖があり、日本の軍艦が沈んでいる地だということは知っていた。
これはいくしかない。
出港は土曜日の朝。
1400ペソの乗船賃をはらい、2段ベッドの並んだフェリーに乗り込んだ。
3時間ちょっとのはずが、コロンに到着するまでなぜか8時間。移り変わる海の色を楽しみ、「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」と「風の谷のナウシカ」をスマホで見てすごす。ときどきトビウオが飛ぶのが見えた。
コロンでは翌朝、7カ所をめぐるツアーに参加。
よく島の紹介に写真がつかわれるカヤンガン湖は絶景で、山をのぼると、本当にポスターみたいな景色が見える。
そして海だ。
シュノーケルでもぐるだけでもすごかったのは、まさにお花畑のようにさんごが広がるCoral Garden。青や黄色やしましまの魚が目の前を泳ぐ。
青い珊瑚礁って本当にあるんだね。
追加で訪ねたバラクーダ湖では、
7メートル下まで見えるという透明度の中で泳いだ。
まさかの秘湯が
1日半の短い滞在を満喫すべく、もう一つすてきな場所に行った。
中心部から15分ほど離れたマキニット温泉だ。
外国で温泉に行くと、ぬるくてちょっとがっかりすることがあるが、
ここは、結構熱めのいいお湯だった。
40度はあったと思う。
ところが、セブから来たというお客さんたちは、
きゃっほうとお湯に入る私を「まじ?」という目でみている。
「あなた日本人?私らには熱すぎて入れないよ」
熱いので5~10分以上入らないで、と注意して回る人もいる。えー。
そういう違いに気づくのも、旅の面白いところだ。
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