君じゃない人と
ずっと忘れられない彼、じゃない男の子と飲みに行った。LINEの返信がおもしろくて、恋愛相談にも乗ってくれるし、でも飲みいこって誘いは何回も断った。次は行ってみようかなって思ったタイミングで誘われた。
仕事終わり19時半、好きな人に会うよりもちょっとラフに、でもかわいいかなって思える服とメイクで待ち合わせの駅に着いた。男の子と会うのは2か月ぶりで、そわそわしてしまった。日曜日の夜だというのに駅前は人が多くて、あの男の子かな、それともあの人?と改札から出てくる人を目で追った。少し遅れて待ち合わせ場所に来た彼は写真で見るよりも格好良くて、内心うろたえてしまったけど平静を装った。いやかわいいな、の第一声で、あー女慣れしているな、と思いつつも嬉しかった。
お店は探してくれていたみたいで俺も初めて行くとこなんだけど、とナビを開いて一緒に歩きはじめた。それにしても誘いに乗ってくれるなんて珍しい、と言われた。我ながら珍しい。ちょっと魔が差した。多分。お店はネオンサインがおしゃれな居酒屋で、趣味が良いと思った。お酒はほとんど飲めないけれど、素直に喋れたほうがかわいいし、と勇気を出してカクテルを選んだ。適当に頼むよ、と料理の注文をしてくれた。チキンはどうしても食べたくて、私からお願いした。本命の彼の前でだったら食い意地なんて張れない、でもこのくらい素直なほうがかわいいかな。頼んでくれたものは偶然にも私の好きなものばかりで箸が進んだ。強欲に食べすすめる私をハムスターみたい、と笑い、好きな人は今どうなの?ときかれ既読無視で終わっているトーク画面を見せた。ふたりして渋い顔になってしまった。もう彼については静観して、執念深くもかわいく撮れている写真だけをストーリーにわざとらしくあげて君がいなくても私はいい女だぞアピールをする。という結論が出ているのでもういいと伝えた。今日は8割その話きく予定だったんだけど、と笑う彼はお人好しだと思った。1杯目のビールを飲み終え彼がハイボールを2、3杯飲んでもほぼ水位の変わらない私のグラスを見てはからかわれた。ハイボールって苦い?ときくと、飲む?俺気にしないけど、と回しのみの提案をされ、どぎまぎするのも変かと思いひとくちもらった。苦くて耐えられず、すぐにジョッキを返した。その後にメーカーズハイボールの香りは好きと話題に出すと味も美味しいよ、と注文してくれたがやはりひとくちで断念しお酒は彼の手に帰っていった。やっと1杯目のカクテルを飲み終わりコーラを勢いよく飲む私をみて、ジュースは早いんだと笑われ、2個上の男の子にこどもみたいに扱われるのがくすぐったかった。お互いの恋愛話や仕事の話、学生時代の思い出等を話している間にラストオーダーの時間になり、気がつけば3時間が経っていた。彼はビール1杯。ハイボール4杯。私はピーチアップル1杯。カルピスが1杯。コーラが2杯。カルピスは薄すぎて面白かったので私から回しのみを持ちかけた。うっす!と笑い合った。学生時代の苦労話をしたら幸せにしてぇ〜と言った彼にじゃあ幸せにして?と口が滑りそうになった。軽口にしては心臓に悪い。私はやはりチョロいな、と自己嫌悪の念に駆られた。女の子の扱いに慣れていて、おしゃれで、楽器が弾ける男の子、なんだかどこぞの父を彷彿とさせる自分の趣味に辟易せざるをえなかった。会計は割り勘のつもりだったけど財布を出す間もなくカードを店員に渡されてしまい、ご馳走になってしまった。店を出て、まだ人が多い通りを歩く。終電何時?の言葉に終電まで一緒に居てくれるのか、と驚いた。お互い終電まであと1時間ほどだったので散歩したいと言ったらいいね、と乗ってくれた。さすがに安くはない飲み代を払ってくれた彼に申し訳なかったのでコンビニで好きな物を選んでもらった。エナジードリンクとチョコとグミを買って、散歩を始めた。早速チョコを開け、食べるのかと思いきやシェアするつもりのようで一粒手渡された。回りきれないほどの古着屋や飲食店をチョコを食べながら緩慢に批評して歩いた。チョコが少なくなってきたらグミもくれた。餌付けをされているような気分になり、あーん、とか口を開けてみようかと悪知恵が働いたが下品かと思いやめた。途中で見つけた雰囲気の良いバーが気になり足を止めてSNS等をチェックした。今度はここに来ようか、とあるかどうかわからない次の約束をした。花屋にあった大きめの観葉植物になぜか気を取られでっかー!と楽しそうな声をあげる姿を見て、これは愉快な酔っぱらいだと思った。しかし、ドライフラワー等を趣味にしていた時期もあるらしく、無邪気な植物好きなだけなのかもしれなかった。終電が近づき駅へ向かう。明日は仕事か、とぼやきつつ今日は楽しかったねと感想を言い合った。自分とは別の線の改札まで送ってくれた彼にまたね、と手を振り別れた。解散後は淋しさを紛らわすためにもすぐにお礼の連絡をしたい質なので今日はありがとうと送った。線を間違えたというメッセージを見て笑った。私のほうが先に帰宅した。寝過ごして一駅分歩くというメッセージにまた笑った。想定外のときめきの多さにかわいくしていって正解だったと自分を讃えクレンジングと風呂を終えた。
気を遣わずに話せる相手との飲みは非常に楽しかったな、という気持ちとこれが忘れられない彼だったらという気持ちに揺れて、しばらく寝付けなかった。