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【歴史】アイヌの名前について
アイヌの名前
アイヌの名前(ainu re)に関して、その名づけや習慣には興味深いものがある。今回はその一端ではあるが学んだことを少しまとめてみたい。
・同じ名前をつけない
名づけをする上で一番強い制約に、アイヌは同じコタン(集落)や、すでに亡くなった人と同じ名前をつけないという決まりがある。これは、アイヌの価値観によると、他の人と間違って自分に不幸や災難が届けられてしまうことを防ぐためであると言われている。
したがってアイヌには、名前のバリエーションが非常に多く、規則性やよくある名前などが存在しないため取り扱いが難しい側面がある。
※ただし全く規則性がない訳ではなく、男性名には「アイヌ」(人・男)、「クㇽ」(者)などの語が、女性名には「コㇿ」(所有する)、「メノコ」(女)、「マッ」(女)などの語が一部の共通点として見られる。
本州で言うところの「〇男、〇雄、〇夫」や「〇子」などに相当するのだろうか。
・正式な名前はある程度成長してから
では、アイヌは名前をどのように名づけていたのかというと、その個人特有の性格やエピソードに因んだものから付けたのだという。名づけの時期はだいたい4~9歳頃と個人差はあるものの、10歳になるまでにはだいたいあったのだと思われる。
また、興味深いのは、正式な名が決まるまでは子供は「汚い名前」で呼ばれていたということである。カムイ(神のようなもの)は汚いものが嫌いなので、子の魂が持っていかれないようにという意味があったようである。これは本州でもしばしば見られることで(「捨」など)、子の長生きを願う親心は場所が変われど同じということだろうか。
※ただし大人でもあえて汚い名前を付けることもあった。
・先祖観と名前
名前に関して、切り離せないのが「先祖祭祀」との関係である。アイヌには「イチャㇻパ」あるいは「シンヌラッパ」という先祖へお供え物をする儀式があるが、これを行う際は送り先の先祖の名前と送り主の自分の名前を唱える必要がある。先祖の名前を覚えておかないと贈り物が届かないので先祖名を忘れずにいるというのは重要なことであった。
なおアイヌは、お墓参りはしない。墓とは別に、各家には先祖供養のための祭壇や、「神窓」という窓があり、死者との交信の場としてお供えものもするという。
参考
中川裕『アイヌ文化で読み解くゴールデンカムイ』集英社、2019年。
→筆者が某ツールを使ってアイヌの系図を見た時には、10代近くアイヌの先祖名が連なっているものを見たことがあった。アイヌは文字をもたない民族なので、どうやって判明させたのかと疑問に思っていたが、まさかの「暗記して継承」という力技であったとは…。カザフスタンでも同様に先祖の名前は誰でも7代前まで覚えていると聞いたことがあるが、民族性による先祖観の違いは面白い。また、日本には「襲名」の文化があり、サウジアラビアの名前などには父親や祖父の名前が入る(イブン・シーナーの「イブン」や、ウサマ・ビン・ラディンの「ビン」はアラビア語で「息子」の意である)ので、キリスト教圏はさることながら同様の名を名乗ることを良しとするものは多くとも、アイヌのように悪しとする習慣は少数派なのではないだろうか。アイヌの名前のバリエーションには目を見張るものがある。