小説『明鏡の惑い』第七章「薄い夢」紹介文
小学校に入学した悠太郎を待っていたのは、野卑な上級生たちによる暴言と暴力であった。
そのうえ校歌にある「心のふるさと六里ヶ原」という歌詞は、いかにも別荘民が言いそうなことだという感じがして、悠太郎は怒る。
果たしてそれは、六里ヶ原学芸村に別荘を持つ高名な詩人が作詞したものであった。
教師たちに反抗的な態度を取る悠太郎は、開拓農家で林檎の袋かけを手伝ったとき、自分を摘果された林檎と同じ落伍者と感じる。
大陸からの引き揚げを生き延びた喜三郎さんは、千代次とビールを飲みながら「ラストエンペラー」なる人物について語り合う。
俊足で鳴る康雄は悠太郎のことを「目に見えない精神の大地の開拓者」と呼んで励ますが、ふたりの友情は脆くも潰えるのであった。
運動が苦手な悠太郎を、ヘンデルの〈見よ勇者の帰れるを〉が祝福することはないのだろうか。