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あいつらには見えてない

心霊写真には大体2つの種類がある。
見えちゃいけないものが映っている場合。
もうひとつは、映っているべきものが見えない場合。
前者は、例えば自殺の名所の海辺の断崖で撮った写真に、海中から沢山の手が突き出たのが映ってしまったような。
後者は、撮影したはずの人物の全身写真のうち足だけが、手だけが欠けているような。

「2つの種類がある」と言ったばかりの私だが、私の見た写真は、そのどちらでもなかったような気がする。

ある夏か秋の暑い日、私は中学校のクラスメイトの友松の家でマンガを読んでいた。
友松の家は共働きだったから、その時彼と私は家で2人きりだ。
なんでそんなことになったのかよく覚えていないが、おそらく友人の金田を待つ時間つぶしのためだった。

友松と金田の2人はクセの強いバカである。
私と同じクラスの男子生徒だった。
読む本とマンガの趣味がすごく合うので、よく3人で一緒にダラダラ時間を過ごしていた。

ジャンプだったかマガジンだったか、私は彼の部屋にあった当時の週刊マンガのお目当てのタイトルを読んでいた。
友松は、実にクールなヤツだったので、客人の私を全く無視して読みたいマンガを黙々と読んでいる。ひと言の会話もなかった。

その時私が読んでいたマンガ雑誌に、夏にはありがちな心霊写真特集があった。
その中の一枚の写真にふと目が留まる。

画像1

雑木林の中にある古い小屋の前に立つ少女の写真だった。
女の子は、当時の私と同い年くらいで、学校の夏の制服の白い開襟半袖シャツを着て、黒か紺のスカートをはいていた。
問題とされる「心霊部分」は、その女の子の背後にある小屋の窓のところらしかった。

赤い輪で囲まれた部分が拡大され「ここに女の顔が!」と書かれてあった。
誰もいないはずの廃屋の窓に霊が映っているのだという。

「うーん」
そうも見えるけれど、ただの影のようにも見える。

「ね、友松。ちょっとこれ」
私は友松を呼んでそのページの写真を見せつけた。
「な。これこじつけやろ。心霊写真には見えへんよな」
友松が初めて私に口を利いて同意した。
「ちょっと無理あるな」
「やろ?」

「この小屋の前に立ってる女の子のほうが、よっぽど気持ち悪いわ。目が怖い。なんでわざわざこんな寂しい小屋の前で写真撮ろうと思ったんか、意味わからんわ」
そう私が言うと、友松が戸惑った表情で私を見た。
「え。お前、何言うてんの?」

私は笑って写真を指さしながら繰り返した。
「せやからぁ、窓の影よりこの女の子のほうが不気味やろ。この子のほうがよっぽど幽霊みたいやわって」

友松は、心霊写真に目を落としながらもこちらを見る。
そして、まるで私を試すように笑いながら言った。
「どこに女の子がおんねん?」

またこいつぅ、友松の悪い冗談や。
からかわれてたまるか、と思った私は、ちょっとムキになって主張した。
「ここにおるやんか、女の子。小屋の前に立ってるやん、ほおら、ほら」
写真を指さす。

「いや、女の子、おらんよ」
友松はまだニヤニヤ笑いながら言っている。

「ああ、もう! アホなこと言わんといて」
いらだつ私。
そういう冗談は止めて欲しい。
私は指で写真の女の子の姿の輪郭をなぞって見せた。
「ほら、見てみ。ここにこんな風にうちの学校の夏服みたいな制服着た、おかっぱ頭の女の子立ってるやん」

「そんな女の子、おらんて・・・。ホンマに何言うてんねん」

気が付いたら、困ったような顔をした友松は笑ってなかった。

「ホンマに見えへんの?」
「だって、おらんぞ、そんな女」

私は言葉を無くした。
こんなにはっきり映っている女の子が、友松に見えないとは。
そんなことがある?
大体この写真は、この不気味な女の子を撮影した時に心霊が映り込んだものじゃなかったの?

友松は変なヤツだと言わんばかりの目つきで私を見る。
その顔は、いつものような私をからかっているときの表情とは違った。

「わかった。金田を待とう。金田にもこの写真見てもらう」
私がそう言うと、友松も同意した。

金田がやって来た。
彼にも同じ写真を見てもらったが、彼の反応も友松と同じだった。
あいつらには写真の女の子が見えていなかったのだ。
ほんと、バカ。

おかっぱ頭の女の子は、きらきらした目の大きな子だった。
すこし上目遣いのようにして映っている彼女は、笑っていたが、その笑顔がどうもしっくり来なかった。
雑草の茂る中に立つ彼女の姿や表情は今でも覚えている。
どんよりとした写真の中で、女の子のいやに輝く目とどこか爬虫類っぽい表情が気持ち悪かった。

私には見えたけれど、あいつらには見えなかった。
でも、私はもうそのことをあいつらと争いたくなかったので、黙っていることにした。
話したところで、どうせ誰も納得できる説明はできないのだ。

そんな話しである。

ところで、さっきからうるさい。
真夜中、アパートの部屋のあちこちで音がする。
仕事で残った私以外の家族はみな旅行中。
私一人がこの家にいるのだが、この話しを書いている最中にだけ音がする。からん、ころん、と紙コップが床に落ちるような軽い音がいろんな場所から聞こえてくる。
書くのを中断すると聞こえなくなるのに。

何だろう。

久しぶりにまた始まった?