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番外編 【創作】II

 これはフィクションです。
 先月、ごく短い掌編を投稿して、皆様から褒めていただいたので、素直で単純な著者はすっかり調子に乗ったようです。
 
 前回より少しだけ長いです。
 秋の夜長のお供に、よかったら読んでください。

 また皆様が甘やかしてくださったら、月一くらいで書いてみようかなどと、ほざい、いや、申しているようです。
 
 
*マジシャンの事情 指輪*


 高い天井から下がる豪華なシャンデリアから光が溢れる。赤い絨毯を敷き詰めた広いバンケットホールを優雅な身のこなしのギャンソンたちが行き交い、程よい間隔で配置されたそれぞれのゲストテーブルのグラスに最高級シャンパンを注いでまわる。
 中央に設えられた円形のステージに立つ俺の隣には小テーブルが置かれている。
 全ての客席のグラスがシャンパンで満たされると、ギャルソンは最後にその小テーブルに置かれたグラスにもシャンパンを注いだ。
 俺はグラスを右手で持ち上げ、シャンデリアの光にかざす。
 タキシードやドレスで着飾ったゲストたちも、同様にグラスを持った。
「では、今宵もお別れの時間です。この素晴らしき夜を共に過ごせたことに…」
 ぐるりとホールを見回し、ウインクした。
「トースト(乾杯)」
 そう言ってグラスを空けた。
 ゲストたちもそれに倣い、皆、グラスを空けた。
 それを確かめると、俺は空になったグラスを左手に持ち替えてまた高く掲げ、右手でそっと弾く。シャンデリアの光がきらりと瞬いた。
 白いイブニングドレスの女性が驚いたような声をあげる。
「まあ、グラスの中に指輪が。シャンパンを飲んだときにはなかったのに」
 途端にあちこちで同じような女性ゲストの歓声が聞こえた。
 湧き起こる拍手の中、俺は右手を胸に当てて、優雅にお辞儀をする。
 そして、再び静かになった客席に向かってにっこり微笑むと、俺は手に持ったグラスを頭上高く投げ上げる。
 グラスは空中で強烈な光を放ち、ゲストたちの視界を奪った。
 一瞬後に光が消えたとき、誰もいないステージの小テーブルの上には、シャンパンが注がれたグラスがシャンデリアの光を跳ね返していた。

 再び起こる嵐のような拍手とスタンディングオベーション。なかなか静まらない「ブラボー」の声を、俺はホールの奥の控え室のソファに座って聞いていた。
 よしよし、今日もパーフェクト。
 あー、疲れた。
 早く部屋に戻ってビールでも飲もう。
 俺はどうもあの上品なシャンパンってヤツが苦手だ。
 だが、スーパーマジシャン、カイの華麗なマジックショーのフィナーレにビールは似合わないとマネージャーが断固として主張するのだ。
 確かに泡まみれのグラスの底から現れる指輪はちょっとしまらないかもしれない。

 もう説明の必要はないと思うが、俺の仕事はマジシャン。ステージ名はカイ、という。
 え、聞いたことない?
 俺はちょっと事情があって、マスコミには出ないからな。
 主な仕事は国内外の上流階級専門のディナーショーだ。その界隈では売れっ子で、これでも有名なんだぜ。

 事情って何かって?
 まあ、それはさ。

 マジシャン。
 日本では奇術師のことをそう呼び、奇術のことをマジックと呼ぶ。
 マジックは英語で魔法、マジシャンは魔法使いの意味だ。だけど、誰もマジシャンのことを魔法使いだとは思っていない。
 マジシャンがマジックを見せられるのは、高等テクニックとトリックを駆使しているからだ。
 もちろん、俺も魔法使いじゃないから、トリックを使っている。ただ、俺の場合は他のマジシャンとはちょっと違う。すごい技だけどトリックがちゃんとあるんだよな、と思わせるためのトリック、だ。
 え、何を言ってるか、分からない?
 うーん。ま、つまり、俺にはホントの意味でトリックは必要ないってことだ。でも、必要ないということがバレるのはまずい。
 
 なぜなら、俺は超常能力者、早い話がエスパーだから。

 今、バカにしたように笑ったの、何人いるかな。そこで肩をすくめたヤツも、見えてるぞ。
 仕方がないだろう。言わせて貰うが、俺だって好きでこんな能力?ていうの、持ってるわけじゃない。
 自分が他と違うことに気がついたのはいつだったか。小学生?かな。何だか変だと思いながらもはっきり自覚したのは中学に入学してからだ。
 言っとくが遺伝じゃない。こっそり調べてみたが、親兄弟親戚にもこんな能力を持った者はいないようだ。
 あるものはあるということで仕方ない。俺はそう開き直ることにした。
 とにかく、絶対に他人に知られてはいけない。いや、他人だけじゃない、自分以外の誰にも。

 そんなことを言ってるヤツがなんでマジシャンなんて目立つこと、やってるんだって?
 それは、単純明快、生きていくためだ。
 こんな力を持ったまま、常人に混じって生きていくのは大変だ。それは学生時代にイヤというほど経験した。
 人は集団の中で自分たちと違うもの、異分子を決して許さない。常にお互いを監視し、牽制し合っている。俺にはそれがとても息苦しかった。
 その点、マジシャンという建前は便利だ。何か人と違っていても、それはマジシャンとしての演出だと思われる。どこの取材も受けずに万事秘密主義にしていても、そこがミステリアスだとかえって人気を呼ぶ。
 そして、ステージ上なら、客の目の前なら、俺がいくら透視や瞬間移動の能力を使ってマジックをしても、誰も疑わない。
 俺はここ数年、謎に包まれた天才マジシャン、カイ、をなかなかうまく演じてきた。

 控室のドアをノックする音がした。
「先生、よろしいですか」 
 俺が返事をするとドアが開き、ブルーのスーツを着た女性が入ってきた。
 彼女は俺のマネージャー。まだ若いが恐ろしく優秀な、クールビューティ。
 彼女は腕に抱えた分厚いファイルからメモを1枚抜き出し、デスクに置いた。
「明日の予定に若干の変更が入りましたので、確認をお願いします」
「ありがとう」
 俺はメモに目を通してから、彼女を見上げた。彼女はにっこりと微笑む。
「お疲れ様でした、先生。今日も最高でした」
 さっきまでのクールで、ともすれば冷たい印象を与えがちな目元がたちまち柔らかい表情になる。
 前述の俺の特殊な事情により、俺のスタッフは少なければ少ないほどいい。
 そのため、興行主との交渉やホテルなどの会場の手配、その他数多い雑務を彼女1人に背負わせてしまっているが、彼女は文句も言わず黙々と業務をこなし、あまつさえ面倒なマスコミ対応までやってくれている。
 マジシャン、カイにとって得難い大事なパートナーだ。
 そして、俺にとっての彼女の存在はそれだけではない。
 正直に言ってしまおう。
 俺は彼女に惚れている。
 ずっと人に心を許さず、常に距離を置いてきた俺は、自分でも気付かないうちに結構疲れていたらしい。
 そんな俺にとって彼女は、唯一の心のオアシス、拠り所だった。
 ただ、彼女が俺をどう思っているか、それはわからない。幸か不幸か、俺の能力の中にテレパシーはない。
 
 でも、そんな能力を使わなくても今夜の彼女の様子がおかしいことはすぐにわかった。
 うまく取り繕っているが、俺にはわかる。
「何かあった?」
 尋ねると、彼女はふと黙ってこちらを見た。と、その目がみるみる潤んでくる。
 俺はたちまち降参した。好きな女にこんな目で見られて平気な男がいたら、お目にかかりたいものだ。
「困ったことがあるなら、相談に乗るよ」
 彼女は話すのをためらっていたが、ようやく口を開いた。
「指輪を…」
 指輪?
「無くしてしまって…」
 彼女の目から涙が一筋流れて落ちた。
「彼からもらった指輪。お母様の形見なんです。ずっと指にはめていたんですが、いつの間にか無くなってて…」
 このときの俺の受けた衝撃。わかってもらえるだろうか。
 彼? 母親の形見?
 なんだそれ。俺は聞いてないぞ。
「今夜、これから彼に会う約束なんですが、どんな顔して彼に会えばいいのか分からなくて」
 会わなきゃいいじゃん。
 と正直、俺は思った。でも、彼女の目から新しい涙の粒が落ちたのを見たとき、俺はため息をついてソファから立ち上がり、彼女に尋ねた。
「指輪、はめてたの、どの指?」
 彼女は不思議そうな顔をしながら答える。
「あの、右です。右の中指。サイズが大きかったので」
 なるほど、右の中指。だから、気がつかなかったのか。迂闊だったな。
「右手、出して」
 彼女がおずおずと出した右手を俺は両手で包む。こんなこと、していいのか。自分に自分で問いかける。
 舞台の外で、それらしく見せるための仕掛けもなしで、能力を使うなんて。
 いいさ、彼女の涙を止めるためなら、俺は何でもする。
「あの、先生? 何を…」
「黙って」
 俺は目をつぶった。意識を集中させる。
 指輪の在処はすぐに分かった。午前中に乗ったタクシーだ。シートの隙間。サイズの合ってない指から滑り落ちたのだろう。
 しばらくして俺は目を開け、そっと手を離した。

 彼女は不思議そうに自分の手を眺め、そして大きく目を見開いた。右手を見つめたまま、もう片方の手で口を押さえる。
「え、どうして」
 彼女の右手の中指にはシルバーの指輪がはまっていた。
 彼女は目を上げて俺をじっと見た。俺も黙って見返す。
「先生、あなたは…」
 彼女はささやくように言った。

 あーあ。とうとうやってしまった。絶対にやるまいと自分で自分に固く戒めていたのに。
 これで、マジシャン、カイも終わりだな。
 でも、妙に清々しい気持ちだった。
 俺は誰かに、例えば彼女に、ホントの自分を知って欲しかったのかもしれない。
 うん、これでよかったんだ。
 

「黙っていて悪かった。実は俺は…」
と、俺が言いかけるのと、彼女が、
「先生、すごい!」
と、叫ぶのが同時だった。
 えっ?
「やっぱりすごいです。指に指輪がはまるとき全然わかりませんでした。さすが、先生。これもまた、ショーで使えますね」
 え、ちょっと、ちょっと待ってくれないか。
「指輪、どこかで拾っておいてくださったんですね。こんなお洒落な演出。素敵です。ほんと、すごいトリック」
 ホッとしたのと嬉しいのとで興奮状態の彼女は、それからもすごいすごいを連発して、全く俺の話を聞いていなかった。
 結局、俺はいつものミステリアスな大人の微笑みを浮かべたまま彼女を急かし、彼とのデートに送り出した。
 だって、他に何ができるって言うんだ。

 あーあ。何やってんだろ、俺。

 早くホテルの部屋に帰ってシャワー浴びてビール飲んで寝よう。
 エスパーマジシャン、カイは明日も仕事だ。
               (了)

 
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#また悪戯してみました