番外編【創作】Ⅹ
この物語はフィクションです。
戦争は愚かです。
何を守り、何を求めて戦うのか。
争い続けるうちに全てを見失い、やがて残るのは憎しみと恨みの連鎖だけ。
何も得るものはない。
誰もがそうわかっているはずなのに。
戦う意味は、いったい何なのでしょう。
*ある戦士の夢*
視界のすぐ横で赤い光が炸裂して足元の土が弾け飛ぶ。白い筋を曳いた光弾が土砂降りの雨粒のように降り注ぎ、そこここで爆裂する。背後だ。そう理解するより早く身を伏せて転がる。
もはや原形をとどめていない崩れた建物の土台の陰に入り、光弾が飛んでくる方向へ振り向いて素早く銃を構える。何も考えずに連射する。
耳が潰れそうな爆裂音が溢れた。白く輝く光跡が交差し、赤や黄色の火花が派手に散って闇を照らす。
その光の中に、周囲に積みあがった瓦礫が浮かぶ。
やがて、不意に爆音がぴたりと止んで、暗闇と静寂が戻る。残されるのは生か死かのどちらかだ。生きている者は息をひそめて身を隠しているし死んだ者は何も言わずにただ横たわる。いずれにしても音はない。
ここは戦場だ。いつから、何のために戦っているのか。もう誰にもわからない。ただ、闇の向こうには敵がいて、倒さなければこちらがやられる。敵か味方か。それ以外はないし、あってもここでは意味をなさない。
左腕にはめた腕時計型の通信機のアラームが鳴り、画面が光る。指令だ。
戦士たちは一定の時間ごとに基地に退いて後続と交替する。栄養を補給し睡眠をとるためだ。生きるためではなく、戦い続けるために。
基地に戻ると、飲み口のついた銀色のパックと小さなカプセルを渡される。それを持って、基地内の中庭のベンチに座る。パックの口を開けて中身を飲む。
味も匂いもない流動食。前線で戦い、交替の時間になるとここへ戻る。それまでの生命と体力を維持するために必要な栄養全てが入っている。続いて、カプセルを口に入れてごくりと飲み下す。これを飲むと深い眠りに落ち、体力回復のための深い睡眠を短時間でとることができるのだ。
効率的な栄養と休養の摂取。
全ては戦うため。
気がつくと、白い天井、それに続く白い壁の部屋にいた。小さな窓から光が斜めに入ってきている。
清潔なマットに横たわった身体には柔らかな毛布がかけられていた。
ここはどこだ。
ベッドからそろそろと立ち上がり、ドアから廊下に出た。短い廊下の先にまたドアがある。
そっと開けると、大きな窓のある広い部屋だった。テーブルと椅子がある。
何かコトコトと音がしている部屋の奥を見ると、人影が振り向いた。ストーブオーブンの上の鍋をかき混ぜていたようだった。
「あら。どうしたの? いつもは起こさないと起きてこないのに」
白いエプロンをかけた若い女が微笑む。
バタバタと小さな足音がして、誰かが駆け込んできた。小さな男の子だ。
「あ、パパ、おはよう。うわー、ママ、いい匂い、するね」
母親に駆け寄り、その手元を覗き込んで歓声を上げた。
「あらら、もう。お行儀悪いわよ」
「だって、お腹すいたよ」
「じゃあ、もういただきましょうか。あなた、テーブルに運んでくださいね」
よくわからないまま、女に言われたとおりに皿を運んだ。
3人でテーブルを囲んで座る。スプーンで熱々の野菜スープをすくって口に入れた。
よく煮えた野菜の甘さと旨味。それを引き立てるスープの程良い塩味。
温かさと滋味が喉を伝って身体に入っていく。
向かいを見ると、夢中で食べている男の子とそれを優しく見守る女。
大きく開いた部屋の窓に目をやる。微風が吹いているのか、白いカーテンが揺れている。その向こうに見える青い空、白い雲。柔らかな日差し。聞こえてくる小さな音は何だろう。この何とも愛しげな小さなささやきは。
そうか、小鳥の声だ。初めて聞いた。初めて聞いたのになぜ、それとわかるのだろう。
味のある温かな食べ物も柔らかな寝床も心地よい風も、優しい笑顔も、今まで見たことも感じたこともない。それなのに、なぜ、わかるのか。
これは何だ。
もしかしてこれが夢、というものなのか。
夢など見たことはない。見ることが許されたこともない。見るはずも、その必要もない。
戦うためにだけ存在してきたはず、だった。
これは誰の夢なのだろう。
戦って、守りたかった夢。
守るはずだった夢。
夜明け前の基地の中庭のベンチにひとりの戦士が座っていた。2人組の男たちが近づく。
黒髪の男が戦士の肩に手を置くと、戦士はそのままゆっくりと倒れた。
「コード10856。再起動不能だ」
戦士の胸のナンバーと手元のタブレットの画面を照合する。
もうひとりの丸刈りの男が、仰向けに倒れた戦士の脇腹をつま先でつついた。
「寿命だな。耐用年数を遥かに超えているし」
「今からだと、回収作業は昼過ぎになるな」
黒髪の男が戦士の顔を覗き込んだ。
「何だか安らかな顔してないか。いい夢でも見ているみたいだ」
丸刈りの男が鼻で笑った。
「夢だって? 人型戦闘用アンドロイドが夢なんか見るものか」
ベンチの下に落ちている、圧縮燃料の銀色のパックとその吸収を促進する薬品の入ったカプセルを蹴る。
「そうだな。人間の俺たちですらもう長いこと、夢なんて見たこともない。見る方法も、忘れちまったな」
黒髪の男は戦士の顔をもう一度、不思議そうに、そして、少し羨ましげに見下ろした。
空の端が白み、砲撃の音がまた響き始めた。
(了)
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