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つれづれ雑記 *試食のお姉さん、の話③


 我が家の長女は学生のとき、食品デモンストレーター、つまり試食のお姉さんのアルバイトをしていた。
 今から6、7年も前のことだ。
 
 いろいろ大変だったようだが、今思えばよい経験だったと言う。

 彼女から聞いた食品デモンストレーターあるあるの話を、先々週、先週と記事にさせてもらった。

 今回はその番外編とも言うべき話である。


 長女が登録していたデモンストレーター派遣会社のお得意様に、海外の某有名シリアルメーカーがあった。
 彼女がアルバイトをしていた頃は特に販売戦略に力を入れていたのか、このシリアルシリーズの試食がよくあった。


 ここのシリアルは安定した人気があるし、もちろん美味しい。試食の準備も後片付けも楽なので長女の中では、比較的楽な嬉しい仕事だったらしい。

 ある年の夏、このシリアルの試食販売の件で長女にある依頼が来た。

 派遣先のスーパーで、シリアルのキャラクターが子どもたちと交流する催しをするのだが、その中の人をやって欲しいというもの。

 元々は別の社員がやることになっていたのだが、その社員が、体力的に無理、と泣きついてきたので、当時まだ10代だった長女にお鉢がまわってきたらしい。
「やっぱりねー、若い人でないとキツイんだって」とは、担当主任。

 キャラクターと子どもたちの交流会は、午前午後合わせて5回。
 1回の時間は実質30分ほど。
 実働時間は2時間半。
 これで日給は普段の試食販売と同じ。
 ラッキーかも、と長女は(ちょっと)思ったらしい。
 
 キャラクターは虎。あの、フロスティタイプのコーンフレークのキャラクター、とのこと。
 着ぐるみは店舗に予め配送されており、終了後はそのままパックし直してまた送り返せばいい。
 当然だが、着ぐるみの中はすごく暑くて汗ダラダラになるので、Tシャツと短パンを用意して着替えるようにしたほうがいいと、アドバイスを貰った。ヨレヨレになるから、オシャレなヤツはやめたほうがいいよ、とも。

 長女は無料で貰った大学のロゴ入りTシャツと高校のときの体操用の短パンを持参して、当日いざ出陣。


 さて、ここから先は、帰宅した長女に聞いた話である。

 現場に到着後、まず、スケジュール詳細の確認。
 キャラクターの出動時間およそ30分、そのあと休憩が30分。これで1セット。午前2セット、お昼休みを挟んで午後3セット。
 
 出動時間30分といっても着替えと現場までの往復移動で10分以上かかるので、子どもたちと実際に交流するのは20分ほど。

 着ぐるみは、胴体はダボダボのオールインワンで後ろファスナー、足元はごっついブーツ、手は肘近くまでのグローブ、それから虎のハリボテ頭をかぶる。

 午前中、長女から写メール(当時は長女も私もガラケーだった)が送られてきた
 店員さんにでも撮っていただいたのか、写真の中の長女は、オレンジに黒い縞模様の入ったトラの頭を小脇に抱え、虎の胴体で首に赤いスカーフを巻き、笑顔でVサインしていた。

 しかし、この笑顔は長くは続かなかった(らしい)。

 実働30分。この意味がわかった。
 これ以上はとても無理。
 
 まず、ハリボテの頭をかぶってわかったことだが、恐ろしく視界が狭い。
 虎の口の辺りに覗き窓的なものがあるのだが、本当に、目の前、しか見えない。左右はまだ無理に頭を横に回せば、かなり限られてはいるが多少見えないこともない。しかし、足元は全く見えない。その状態で硬くて分厚い底のサイズのやや合ってない大きなブーツを履いている。
 いったいこれで歩けるのか、と少々不安になったが、バックヤードの中で店員さんに手を引かれてヨタヨタしながらも少し練習するとなんとか歩けることがわかった。

 バックヤードから出たら、お客様の前では絶対に頭をとって顔を見せないでね。
 それから、声を出さないでね。
 急に動くと、頭や尻尾が子どもたちに当たるかもしれないから動作はものすごくゆっくりで。
 それから、これが一番大事なことだけど、転ばないでね。

 店員さんに固く言われて頷き、店員さんのエスコートで、ゆっくりと現場まで歩く。
 もちろん、途中で出会う子どもたちにも手をふって愛嬌を振りまく。

 現場に着くと、子どもたちが、わーい、とばかりに集まってくる。
 周りはよく見えていないが、とにかく店員さんのリードで、子どもたちと握手したり、並んで写真を撮ったり、目の高さを合わせてそっと頭を撫ぜたり、軽くハグしたりして交流する。

 子どもたちは大興奮。こっちを見てもらおうとしてか、後ろから尻尾を引っ張る子、飛び上がって頭を叩く子、腕を引っ張る子、大声で呼ぶ、叫ぶ、泣く…。

 声は出せないし、下手に避けると危ない。身体の大きさの感覚がわからないので、こっちはそっと払ったつもりでも加減ができないかもしれない。
 これはマズい、と思ったが、付き添いの店員さんが、そこはうまくさばいてくれた。

「あー、そんなことしたら、痛い痛い、って」
(ここですかさず、痛いよー、の身振りをする)
「ほら、泣いちゃうよ」
(泣き真似)
 
 何とかかんとか20分経過。
「はいはーい、ありがとう。そろそろバイバイね。また、後でねー」
(お辞儀して、ライブの終わったロックスターのようにあちこちに両手を振る)

 店員さんに付き添われ、そろそろと退場。
 バックヤードに帰還して頭を脱いだときには、汗びっしょりでヘロヘロだった。
 ぐったりと座り込み、スポーツドリンクを飲んでいる長女を見て別の店員さんがびっくりしたように言った。
「あらー、女の子だったん。お疲れさん。ベッピンさんがそんなの、かぶらんでも」
 いやいやいや。私としてもこんなつもりじゃなかったんだけどね。

 午前中にこれをもう一回。2時間の昼休みを挟み、更に午後からもう3回。

 …無事帰宅した長女、曰く。
 
 絶対、痩せた。というか、干からびた。
 Tシャツ、絞れるし。
 500mlのペットボトル、5本空けた。
 昼休みに昼食の焼きそば食べたら、一気に出た汗が止まらなくなったよ。
 生物の身体って、よく出来てるねー。

 …お疲れ様でした。
 

 室内で冷房の効いてるところでこれだから、冬で暖房の効いてる室内、若しくは冬場以外の屋外は、どんなことになるのだろう。
 ましてや、テーマパークなどのパレードやショーに出演しておられるようなキャラクターさんたち。
 ほんとうにすごい。


 全国の、キャラクターの皆さん、本当にご苦労様です。
 あなた方はまさに、ヒーロー、です。
 

 食品デモンストレーターのお話はここまで。お読みいただきありがとうございました。
 
 こんなイベントも出来なくなってもう1年半以上にもなる。
 全く元通りになるかどうかはわからないが、いつか必ず、日常が戻ってくることを心から願う。 
 
 


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