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【ピリカ文庫】夜空【ショートショート】
この物語は、ピリカさんよりご依頼をいただいて「ピリカ文庫」のために書いたお話です。
ごく短いので、よかったら読んでみてください。
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*夜空*
その猫の名はヨゾラという。
子猫のとき、溝にうずくまって鳴いていたのを小夜子に拾われた。小夜子は路地の奥にあるスナック「灯り」で働いている。ヨゾラ、という名は、小夜子がつけてくれた。
ヨゾラは「灯り」のママが、ウチは飲食業だから生き物はダメなのよねえ、と言いながらもときおり分けてくれる残り物を食べて大きくなり、スナックと立ち飲み屋が数軒並ぶ、この小さな路地にそのまま居着いてしまった。
ヨゾラは全身真っ黒で、目は暗いところでよく光る銀色。耳と耳の間には半月のような白い模様があった。
ヨゾラが店裏でママがくれた残り物を食べていると、ときどき小夜子が裏口から出てきて「ママには内緒ね」と言って煮干しを2尾、ヨゾラの足元に置き、頭を撫でてくれた。
ヨゾラは夜の空と書くんだよ。私の名前にも夜の字が入ってるの。同じだね。
小夜子はそう言って、頭上を見上げる。ヨゾラも同じように暗い空を見上げた。
ヨゾラもひとりぼっちだね。私もだよ。
ねえ、幸せってどこにあるんだろうね。いくら出せば買えるのかな。
ある夜、ヨゾラが路地を歩いていると、店の中からママと小夜子の言い争う声が聞こえた。
あの男はダメだよ、小夜子。あんた、絶対不幸になる。
でも、私はあの人が好きなの。止めても無駄よ、ママ。
やがて「もう、ほっといて」という声とともに、小夜子が出てきた。指で涙を拭っている。
ヨゾラが立ち止まってじっと見ていると、それに気づいた小夜子がしゃがんでヨゾラの頭をそっと撫でた。
ごめんなさい、とつぶやく声がした。
次の日から、小夜子は店に来なくなった。
路地を行ったり来たりして小夜子を探しているヨゾラを眺めて「灯り」のママがため息をつくのが聞こえた。
それから幾つか季節が巡り、ある晩秋の夜、いつものように店前をうろうろしていたヨゾラの耳がぴんと立った。懐かしい足音が路地を入ってきてこちらへ歩いてくる。
小さなスーツケースを下げた小夜子だ。その顔は見る影もなくやつれて、目の下の青いあざが痛々しい。ヨゾラに気がついて弱々しく微笑む。
ヨゾラ、元気だった?
ヨゾラの鳴き声を聞いて、店から出てきたママは何も言わずに小夜子の肩を抱き寄せる。小夜子が子どものようにしゃくり上げた。
抱き合っている2人のまわりを行ったり来たりしていたヨゾラが、不意に鋭い鳴き声を上げた。
感情が欠落しているような、表情のない男が路地に入ってきた。小夜子の姿をみとめると、その名前を叫びながら、こちらへ真っ直ぐ走ってくる。
気がついて逃げようとする小夜子を男が追いかけた。止めようとしたママを突き飛ばし、男は恐怖のためか声も出ない小夜子の髪を掴んだ。意味のわからない叫び声とともに腕を振り上げる。手に握った刃物が光った。
助けを呼ぶママの大声と、男の怒号、そして、ヨゾラが地面を蹴って飛ぶのが同時だった。
男の手が離れたことに気づいた小夜子が顔を上げた。刃物を放り出して走り去る男の後ろ姿と、路地の地面に投げ出されている黒猫の身体が小夜子の目に入る。
小夜子は転がるように駆け寄り、ぐったりと動かない猫を抱き上げた。
「ヨゾラ、ごめん。お願い、目を開けて」
その銀色の目がもう開かないことを悟った小夜子の悲痛な泣き声が、路地に響く。
路地から見上げる夜空には、明るい銀色の星がふたつ輝き、そのあいだには白い半月が浮かんでいた。
(了)
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ピリカさんは「ピリカ文庫」企画や「すまいるスパイス」という音声配信ラジオなど、マルチに活躍されているスーパーレディです。
ピリカさん、このような機会をいただき、ありがとうございました。
とても、楽しかったです。