見出し画像

つれづれ雑記 *ニガウリを布教された話


 今の家に住んで、もう30年以上になる。
 引っ越してきたばかりの頃は新参者だったけど、いつの間にか我が家も近隣では古参の部類になった。

 20年くらい前、お隣のお隣に、沖永良部島出身のご夫婦が住んでいた。
 南国の方々は人懐っこくて社交的な人が多いと聞く。このご夫婦もまったくそのとおりだった。
 特に奥さんは、明るくて開けっぴろげで、大きな声で誰とでもおしゃべりするので、外で話をしていると、話の内容は家の中にいる私にも丸聞こえだった。

 その奥さんが、ある日、たくさんできたからと言って、庭で作っているニガウリを2本ほど、ウチに持ってきてくれた。

 今、ニガウリは、スーパーに普通にたくさん売られているし、グリーンカーテンと称してベランダやテラスの軒にツルを上らせて家庭菜園と日除けを兼ねたりしているお宅も多いので、特に珍しくはない。

 が、当時はまだあまり普及していなかった。
 庭で作っている家も少なかった。
 そのお宅の庭のも、ずっと「変わったキュウリだな。もしかしてヘチマ?」とか思って見ていたのだ。
 テレビや新聞で見たり聞いたりしたことはあったが手にとったのは初めてで、沖縄や奄美でよく食べられている、ビタミンCが豊富だがすっごく苦い野菜、ということしか知らなかった。

 我が家は、基本的に遠慮はしないことにしている。あげると言われるものは、よほどのことがない限りありがたくいただく。
 このときも、どうやって食べたらいいか、奥さんに聞いて(当時クックパッドなどという便利なものはない)、とにかく、縦に切ってわたをとり、5ミリ厚さに切ってハムやニンジンと一緒に油で炒めた。
 夕食で初めてニガウリを食べた家族の反応は、「苦い」「冷や汗出そう」「無理」など、散々だった。
 まあ、味見した段階で私も分かっちゃいたけど。(じゃあどうして出した)

 翌々日、奥さんが来てニガウリの感想を聞いてきた。
 嘘を言ってもしょうがないので、正直にことの顛末を話すと、奥さんは笑いながら頷いていた。
 
 苦味はワタに多いからよく取ること、薄く切る方が苦くないこと、一度茹でて絞って使うとあまり苦くない、などなどいろいろ解説してくれた。
 そして、次の日、「ウチで作ったから、味見してみ」と、豚肉と炒めて卵でとじたもの、胡麻味噌酢和えにしたもの、鰹節で和えた酢の物、などを少しずつ持ってきてくれた。
 炒めたやつと酢の物はやはり、苦い。
 しかし、胡麻味噌酢和えは、苦いのは苦いが食べられないことはない。ちょっと美味しい苦さ、というのかな。
 そう言うと、奥さんが胡麻和えの作り方を教えてくれ、更にニガウリを2本も持ってきてくれた。

 作るしかない。
 縦割りにしてワタをとったニガウリを薄切りにしてさっと茹で、水にとり、冷めたら絞る。
 すり鉢で胡麻をすって、しょうゆ、味噌、砂糖、酢をだいたいの分量で入れて更にすり、ニガウリを和える。

 恐る恐る、食卓に出すと、「あー、これなら食べられる」「苦いのは苦いけど、まあ、これなら」「一周回って、ちょっと美味しいかも」と言う家族の意見が出た。よしよし。


 次に奥さんに会ったとき、お礼とともにその話をした。
 奥さんはたいそう喜んで、その日から1週間に1回、いや、2回くらい、ニガウリを持ってきてくれた。
 しかも、どんどん数が増えてくる。
 いかに厚かましい私も、いや、こんなにいただいては、と言うと、「たくさん出来るからねー。どんどん取らんと熟し過ぎてしまうし」と言うことだった。

 後からわかったことだが、奥さんは当然ながら、我が家以外のご近所のお宅にもニガウリをあげていた。
 しかし、だいたいのお宅では2回目か3回目で、「家族が苦くて食べられないと言うので」「悪いけど」とやんわり辞退したらしい。(辞退したお宅で直接聞いた)
 そういうわけで、我が家は奥さんがニガウリの布教に成功した数少ない家だったということだ。

 おかげで我が家はそのお宅のニガウリのお裾分けをほぼ独占できることになったが、そう毎日毎日胡麻酢和えばかりも食べていられない。
 しかし、ここまできて、いりません、遠慮します、とは言えない。奥さんをがっかりさせたくないし、私にも意地(何のだ)がある。
 いただけるものは全部食べさせていだだこうじゃないか。

 幸いなことに、家族もだいぶ味に慣れて(慣らされて)きたので、茹でて苦味を抑えたニガウリと豚バラを炒めて玉子でとじたものも食べられるようになった。あと、酢の物も。
 たくさんある場合は、茹でて絞った状態で、冷凍する技も覚えた。
 薄く切ってニンジンとかき揚げにするとその苦味がかえって美味しいこともわかった。(かき揚げはそんなに食べられないので消費量が少ないのが欠点だったが)
 
 あまりに多い場合は実家に持っていって、食べ方を布教した。
 両親は、美味しいと言って食べていた。
 後に自分たちで家庭菜園していたから、あながち嘘や気休めではなく、ほんとうに気に入ったのだろう。
 

 お盆前になり、奥さんが今までにないほどたくさんのニガウリを持ってきてくれて、「もうそろそろ終わりやから、棚、片付けたんよ。今年はこれでおしまい。もらってくれてありがとうね」と言われた。
 いやいや、とんでもない。こちらこそ、教えてもらわなければ、私はたぶんニガウリには手を出していない。
 
 ありがとうございました。
 

 ニガウリのご夫婦は、10年ほど前に故郷の沖永良部島に戻っていかれた。

 スーパーでニガウリが売られる季節になると、あの奥さんの人懐っこい笑顔を思い出す。

 
 

#日々のこと #エッセイ
#ニガウリ #沖永良部島
#ご近所付き合い
#お元気でおられますように