番外編【創作】Ⅻ
この物語はフィクションです。
久しぶりのカイの登場。
どうやら今日はオフのようで、何やら思い出話をしてくれるみたい。
いつになく、しみじみした様子です。
よかったら、まあ、聞いてやってください。
マジシャン・カイの最初のお話はこちらです。
こちらもよかったら、どうぞ、読んでみてください。
*マジシャンの事情 思い出話
お、久しぶり。
元気だったかな。
今年の夏はとびきり暑かったなあ。
夏バテとか、してないか?
俺?
当然、せっせと勤労に勤しんでた。
ご存知のとおり、俺みたいなマジシャン、人に芸を見せてなんぼ、の商売は、他人が休んでるときこそ稼ぎどきだからな。
この天才マジシャン、カイのエクセレントでスーパーなマジックショーは、前にも言ったが、おかげさまでなかなかの人気なんだそうだ。
そんなわけで、今頃やっと、世間からはだいぶズレた、遅い夏休みってわけだ。
さて、久々の休暇、海辺のリゾートで美女に囲まれてシャンパンでも、と思ったが、あいにく俺はシャンパンは苦手だ。
美女もねえ。見てるぶんにはいいが、いろいろ、めんどくさいだろ?
そんなわけで、ヒマを持て余してるってわけさ。
ところで、そっちもヒマかい?
だったら、俺の思い出話にちょいとつき合わないか。
何、大した話でもないけどな。
さらっと、聴き流してくれよ。
夏といえば思い出すことがある。
あれは俺が中学3年のとき、だったかな。
中学生の頃の俺は、いつも周囲とはちょっと距離を取っていた。
いや、別にいじめられてたとか、そんなんじゃない。ただ、俺にはちょっと厄介な事情があって、人と関わりを持つとお互いのためにはならないと感じていたのだ。
事情って何だ?
……人が悪いねぇ。
先刻ご承知じゃなかったっけ。
えっ、知らない? あ、そう。
そんな俺を、親も同級生も教師も、妙なヤツ、扱いにくいヤツだと思っていただろうが、そこは、のんびりした小田舎のこと、そういうのもいるだろうということで、ほうっておいてくれたので助かった。
寂しくなかったかと問われると、それはどうかな。
そのときの自分に聞いてみないとわからない。
1学期が始まってまもなく、クラスに転校生が来た。
ショートカットのよく似合う、小柄で細っこい女子。大きな目が印象的だった。
名前は、サト、とか、言ったかな。どんな字を書くのかは忘れちまった。苗字とかも、思い出せないな。
サトは、すぐクラスに馴染んだ。
ハキハキサバサバしていて、はっきり物を言うが余計なことは言わない。
そこがまた、スッキリしていて嫌味がない。
田舎には珍しい都会的?垢抜けた?っていうのかな、そんなところもクラスで受け入れられたようだ。
サトは俺にもよく話しかけてきた。
「あなたは、他の人たちと違ってて、何だか大人っぽいね」
そんなことを言いながら、勝手に俺の隣に座って俺の読んでる文庫本を覗き込む。
返事をしないでいると、いきなり本を取り上げ、声を出して読み始める。
そして、その吸い込まれそうなほど大きな目を細めて、
「なんだか難しいねえ、よくわかんないや」
と笑った。
そんなときは周りも笑い、俺もつられて少し笑った。
しかし、俺はなんとなく思っていた。
あれは、本当のサトなんだろうか。
サトのほんの一部、外面の一部分じゃないのか。
そう感じたのは、どうしてだろう。
ふとしたとき、サトの目の下に見えた影だったか、誰も見てないと思っているときの指先の動きだったか。
何だ、よく見てたんじゃないか、って?
そう、そう言われてみればそうだ。
そのときは、まるで自覚してなかったが。
7月になった頃。
クラスでちょっとした事件が起きた。
クラスのひとりの女子が騒ぎ出したのだ。
「ペンダントがない」
何でそんなもの、学校に持ってきてるんだって話なんだが。
その女子は金持ち成金の娘で、どこのクラスにもひとりはいるような女王様だった。いつも男女取り混ぜ数人の取り巻きを引き連れている。
そのペンダントも、俺は詳しくないが、何とかいうブランド物らしい。
どうせ、親父にでもねだって買ってもらったんだろう。よほど嬉しかったのか、マウント?が取りたかったのか、学校に持ってきて周囲に見せびらかして自慢していたようだ。
詳しい経緯は別にどうでもいい。
ただ、間の悪いことにそのペンダントがなくなったと言われるタイミングに教室にひとりでいたのは、俺だった。
さっきも言ったが、俺は人とあまり関わらないようにしている。
前々から、わがまま女王様はそんな俺がどうもお気に召さなかったようだ。誰もが平伏す自分をまるで鼻にもひっかけてない(ように見える)俺を、無礼千万なヤツだと思っていたのかもしれない。
そんなことも一因なのかどうかは知らないが、その日から女王様とその取り巻きからの俺への地味な嫌がらせが始まった。
他のクラスの連中もそれに積極的に同調もしないが、かばうわけでもなく遠巻きにしているだけ。
女王様に逆らうのが怖かったのか、めんどうだったのか。
そう、人はそういうもの。
自分が可愛い。それを責めることは出来ない。俺だって、似たようなものだ。
嫌がらせ、ったって大したものじゃない。
歩いてると足を出してつまずかせようとするとか、後から小突かれるとか、陰でコソコソ言われるとかその程度。
ただ、だんだんエスカレートしてきていて、少々面倒なことになりつつはあった。
1学期の最終日。
学期末のホームルームが終わって、まだ教室にクラスメイトがほぼ全員残っていたとき、女王様の取り巻きのひとり、1番図体のでかい男子生徒が、椅子から立ち上がろうとしていた俺にぶつかった。なかなかの衝撃。明らかに故意だ。
椅子ごとひっくり返って床に尻もちをついた俺を取り巻きの中から見下ろした女王様は、せせら笑って何か言葉を投げかけた。何と言ったのか、覚えていない。
覚えているのは、そのとき、いつの間に来たのか、俺と女王様との間に立ったサトの小さな背中だった。
サトは俺には目もくれず、ゆっくりと女王様のほうへ歩み寄った。
その圧に押されるように道を開ける取り巻きたち。
目の前のサトに気圧されるのを隠すように、女王様は顎をそびやかす。
サトはいきなり腕を伸ばして、女王様の右手首をつかんだ。
不意をつかれた女王様は慌ててその手を振り解き、弾みでサトの顔に女王様の右手が当たった。パシッと、音がした。
サトは一瞬背けた顔を、ゆっくりと正面に向けた。頬が赤くなっている。片頬だけで薄く笑う。そんなサトの顔を初めて見た。
サトが握りしめた右手を前に突き出した。
後退りする女王様の顔をじっと見ながら、サトはその手をパッと開く。
シャラリ、と小さな音がしたような気がした。開いたサトの手から何かがぶら下がってキラキラ光っている。
ハート型のトップがついたペンダント。
それを目にした途端、周囲のクラスメイトにどよめきが広がった。
しかし、1番衝撃を受けたのは、女王様だった。
彼女は、信じられないものを見るようにサトの手の下で揺れるハートを見つめ、その目はサトの顔とハートの間を忙しく往復する。
「どうやって…」
そうつぶやく声が確かに聞こえた。
それから後のことはあまり記憶がない。
ペンダントを放り出し、静まり返った教室をスタスタと出ていったサトの後を、慌てて追いかけたことを覚えている。
俺が後ろにいることに気づいているはずなのに、真っ直ぐに前だけを見て廊下を足早に歩いていたサトは、もう少しで校舎を出るというところで足を止めて振り向き、やっと俺を見た。
「やっちゃった」
そう言ってペロリと舌を出す。
「こういうこと、しちゃダメなんだよね」
『こういうこと』とはどういうことか。
「私は、あのペンダント、見たことも触ったこともなかったからさ、ああやって、彼女の手に触れて意識から探るしかなかったんだけど。あはは、びっくりさせちゃった」
何でもないことのように言って、サトは笑った。
「このままだと、私が盗ったってことになるのかな。でも、そうじゃないことは、彼女本人が1番よく知ってるよね」
女王様もおそらく、最初から俺に濡れ衣を着せるつもりではなかったのかもしれない。
たまたま勘違いで紛失したと言ってしまって騒ぎになったから、俺への嫌がらせの口実にしたのだろう。
女王様がどこかに隠して知らん顔をしているペンダントの在処を暴いたところで、知らないと言われてしまえば終わりだ。
こちらが全てわかっていると女王様だけに知らしめるには、少々派手だが、この方法が確実だ。
さぞや女王様は肝をつぶしただろうが。
「実は夏休み中にまた引っ越すの。だからさ、ちょうどよかったのよ。この後、何言われても別にいいし」
そう言って、サトは俺を正面から見た。そして、右手をごく自然に差し出した。
「ちょっとの間だったけど。会えてよかった」
つられて差し出した俺の右手をグッと掴むと、サトは力一杯自分のほうへ引いた。
思わず前につんのめった俺の耳元で、サトは言った。
「負けるな」
俺はとっさに横を向いてサトの顔を見ようとしたけど、サトはすぐに手を離して、もう校舎の外へと歩き出していた。
振り向きもせず、真っ直ぐに。
まあ、そんなところだ。
……あれ、何だよ、その物足りなさそうな顔は。
それだけ?
って、いやいや、充分だろ。
俺が初めて、そして今のところ、最後に出会った同胞がサトだというわけだ。
何の?って、まあ、いわゆる、エスパー、超常能力者の。
俺は鈍くて全くわからなかったが、サトはなぜだか最初から気づいていたんだな。
自分で自分を守りもせずにやられっぱなしの俺を、サトはどう見ていたんだろう。
当時の俺は、何より自分の力を知られることが怖かった。
無実を晴らすために力を使えば、誰かが気づくかもしれない。それが怖かった。だから、何もせず嵐が過ぎるのをただ待っていた。
サトはそれもわかっていたんだろう。
だけど、彼女は見過ごせなかった。
女王様に向かって右手を突き出すサトの姿は凛々しく、ただ眩しかった。
あまりに眩し過ぎた。
(了)