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番外編 【創作】Ⅵ

 この物語はフィクションです。
 
 今が盛りの桜の季節。皆様は今年の桜、満喫されましたか?
 再度、カイの登場です。
 暖かな春の夜のお供に、よかったら読んでやってください。


*マジシャンの事情③ 桜*


「はあ? 何だって?」
 ディナーショーの最終日、控え室で俺は思わず声を上げて振り向いた。
 マネージャーの啓太がそれ以上は小さくなりようもない大きな図体を縮めている。

「俺に、その、何とかいう幼稚園でショーをしろ、だと?」
「コグマです。コグマ幼稚園」
 何だっていい。
「念のために聞くが、俺が誰だかわかって言ってるんだよな」
 何をエラそうに、イヤな奴、と、顔をしかめたそこの人、見えてるぞ。
 
 俺の仕事はマジシャン。ステージ名はカイと言う。
 え、知らない?
 まあ、俺は事情があってテレビ等メディアには出ないからな。仕方がないか。
 この端正な容姿と華麗な手さばき、なかなかの売れっ子なんだぜ。
 メインの仕事は、世界各国富裕層向けのディナーショー。チケットのお値段もそこそこ。

「この俺に、その幼稚園の、なんだっけ、春の桜応援の会?」
「…桜満開みんな頑張れの会、です」
「…長いな。とにかくそこで、マジックショーをしろだ? 啓太、俺のギャラがいくらか知ってるよな」
「も、もちろんです。でも、マユコちゃんが…」

 年1回春先に1週間のディナーショーを契約しているホテルがあるこの街は、偶然だが啓太の地元だ。
 マユコちゃんというのは、啓太の幼なじみで、その、コグマだかコダヌキだかの幼稚園で先生をしている。
 その幼稚園では毎年、卒園式の数日後、卒園児たちと保護者を招待する会があるらしい。小学校入学前の壮行会?みたいなものか。
 なんでも、卒園生にプロのマリンバ奏者がいて、毎年演奏を披露してくれるそうなのだが、今年はのっぴきならない所用で来られないとのこと。
「急なことで他に頼める人もいないし、マユコちゃんがすごく困ってて…」
「だから、ちょうどこの街に年1のドサ回りに来てたヒマなマジシャンにショーをさせればいい、ということか。しかも、ノーギャラでな」
「いや、それはその…」
 啓太はモジモジと言葉を濁す。

 マユコちゃんとどういう話をしたのか、詳しくはわからないが、どうせ、女の前でいいカッコをしたんだろう。
 
「お願いします」
 いきなり、啓太が膝に擦りつけんばかりに頭を下げた。
「マユコちゃん、僕が先生のこと話したらすごい喜んで、楽しみにしてるんです。ギャラはぼくの給料から、その、ローンで…」

 俺は啓太の後頭部を眺めながらため息をついた。
「あのさ、啓太」
 啓太が顔を上げた。
「やめとけ。啓太の給料じゃ、10年かかっても終わらないぞ」
 俺は立ち上がって、ガックリうなだれたマネージャーの横を通り、控え室のドアを開けて廊下に出た。
「明日、下見に行くからな、マユコちゃんにそう伝えとけよ」
 閉まったドアの向こう側で、啓太のやたら元気な返事が聞こえた。
 現金なヤツだ。

 啓太が俺のマネージャーになってから、1年ほどになる。
 前任の女性マネージャーほど優秀ではないが、とにかく真面目で、結構面倒くさい(自分で言うか)俺の下でもよくやってくれている。  
 俺にはちょっとした事情があって、スタッフの数が極端に少ないのだが、啓太は文句も言わず、勤めてくれているのだ。
 そいつにあそこまで頼まれちゃ、な。
 
 しかし、幼稚園児相手というのは少々、やっかいだな。
 子どもというのは、大人とは全く違った物の見方をする。
 俺みたいな事情があるマジシャンには殊更、難敵だ。用心しないと。

 事情って何かって? 
 それは、また後で。

 翌日、俺は啓太とコグマ幼稚園を訪ねた。
 園の門で、マユコ先生が満面の笑顔で迎えてくれた。小柄で色白。なかなかの美人だ。
 啓太、と見れば、赤くなってやがる。すごくわかりやすい。

 園長先生に挨拶し、その後、マユコ先生に会場になるホールに案内してもらう。
 途中で啓太のスマホが鳴り、「ちょっとすみません。先に行っててください」という言葉に従って、俺はマユコ先生と2人でホールに向かった。
 
「啓太とは、幼なじみだそうですね」
 マユコ先生は、ニコニコしながら答える。
「そうなんです。幼稚園も小学校中学校も同じで。啓太さん、カイさんのこと、いっつも自慢してますよー。ウチの先生のマジックは世界一だ、って」
 あはは。そりゃどうも。

 ふと、マユコ先生の表情が変わった。その視線をたどると、1人の男性が向こうから足速に歩いてくるのが見えた。
「マユコ先生」
 男性が声をかける。
「こんにちは」
 マユコ先生が挨拶した。気のせいか、さっきまでより表情が固い気がする。
「園長先生に御用ですか」
「ええ、そうです」
 男性は俺に気づくと、コートのポケットに入れていた手を出して会釈した。俺も返す。
「カイさん、こちらはタカギさん。私の担任の年長クラスのアキちゃんのお父様です。タカギさん、こちらは来週の会に出演してくださるカイさんです」
 男性は、ああ、という顔をして微笑んだ。穏やかな優しそうな笑顔だ。
「アキから聞いてます。みんな楽しみにしていますよ。もちろん私もです」
 そいつはどうも。
「あの、お引越しは?」
 マユコ先生が唐突に聞いた。タカギは、眩しそうにマユコ先生のほうを見た。
「桜の会の翌日には。もう荷物はほとんど送ってあるんで」
 マユコ先生は「そうですか」とうなずいた。少し、声が掠れている。
「じゃ、私はこれで」   
 タカギは、もう一度、頭を下げて園長室の方へと歩き出した。
 
 見送るマユコ先生は固まったままだ。
 うーん。気まずい。
「どこかへ行かれるんですかね」
 沈黙に耐えかねて、俺は聞いた。
 マユコ先生は初めて見るような顔で俺を見たあと、不意に我にかえったようだった。慌てて答える。
「タカギさんは3年前に奥様を亡くされていて。ずっとアキちゃんをおひとりで育てておられたんですが、アキちゃんが小学校へ上がるのを機会に、ご実家のある九州へ戻られることになって」
 言葉を切る。

 俺は横目でマユコ先生を観察した。
 顔がこわばって、噛み締めた唇が白い。
 なるほどね。

「タカギさん、何か言いたそうでしたね」
 俺が言うと、マユコ先生はこちらを見た。
「マユコ先生、気づいておられたんじゃないですか」
 マユコ先生がうつむいた。
「もう、遅いです」
 耳をすまさないと聞き取れないような声がした。
 
 そうかな。俺はそうは思わないけど。
 さっきタカギがコートのポケットの中に入れた手で何かをぎゅっと握りしめていたことを思い出した。
 
 
 発表会の当日は、晴天だった。
 下見のときはまだつぼみだった園庭の桜が満開だ。
 
 マジックショーは、当然だが大盛況だった。(俺を誰だと思ってる)
 ステージや客席のそこここから現れるぬいぐるみやオモチャの車に、小さな観客たちは大喜び。
 そしてその興奮は、ラストでステージ上の園長先生がかぶった黄色いヒヨコ帽の下から本物のヒヨコが出現したときに最高潮に達した。

 俺は万雷の拍手を受けて、ステージ中央でいつものとおり優雅なお辞儀をする。
 お前たち、大人になったら絶対自分の金でショーを見に来るんだぞ。

 さて、会が終わりホールの外に出るとこれがまた大変だった。黄色いヒヨコ帽子をかぶったガキ、もとい、お子様達が怒涛のように一斉に押し寄せてきたのだ。
 俺は後のことは啓太に任せて、慌てて走って逃げた。

 俺が逃げ込んだのはプールの横の裏庭。こっちはこっちで、取り込み中だった。俺は木の陰に身を寄せる。
 柔らかな春の風の中、大きな桜の木の下には問題の2人。
 2メートルほど距離をあけて黙って立っている2人に花びらが降りかかる。
 おいおい、中学生日記かよ。
 
 タカギは、コートのポケットの中に入れた手でまた何かを握りしめていた。
 何か言おうと口を開けたとき、
「あ、パパだー」
と1人の女子幼稚園児が走ってきた。後ろからもその友達なのか、女子が数人。
「アキ」
 タカギはポケットから手を出して、アキを抱き上げる。
「あのね、リンちゃんとヒナタちゃんがね、アキ、いつ帰ってくるの、って」
 タカギは曖昧に微笑む。
「あ、マユコ先生」
 マユコ先生に気づいたアキが、かぶっていた黄色い帽子を脱ぐと丸めてクシャクシャのまま差し出した。
「はい、あげる」
 いや、そんなものもらっても。俺のツッコミをよそに、マユコ先生は2人に近づき、手を伸ばして帽子を受け取った。
 タカギとマユコ先生は一瞬見つめ合ったように見えたが、タカギはすぐに目を逸らし、腕の中のアキを揺すり上げる。深々と頭を下げた。
「お世話になりました。アキ、じゃ、行こうか」
「うん。先生、バイバイ」
 アキが手を振った。マユコ先生はニッコリ微笑んで、手を振り返した。
「アキちゃん、元気でね」
 語尾が震えていた。

 アキを抱いたタカギが見えなくなると、マユコ先生はうつむいた。肩が震えている。アキの帽子をきつく握りしめた。
 ふと、何かに気づいたように帽子を開く。中から現れたのは白い封筒だった。長い間誰かが握りしめていたらしく、端がよれている。マユコ先生は中の便箋を取り出して開いた。
 読み始めたマユコ先生の頬がみるみる紅潮した。俺のいるところから見てもわかるほど、彼女の目は潤み、キラキラと輝いている。
 マユコ先生は封筒とヒヨコ帽を抱きしめ、タカギが立ち去ったほうへと走り出した。
 やれやれ。
 
 タカギがずっとポケットの中で握りしめていたのはマユコ先生宛の手紙だった。このご時世に、えらくまた古風なことだ。
 また、余計なことをしてしまった。 
 ああいう2人を見てると、お節介をしたくなる、困った性分なのだ。
 
 
 えっ、何をしたのかって?
 簡単なことだ。タカギのポケットの中の封筒を、アキがマユコ先生に渡した帽子の中に転送した。まあ、俺にしたら、朝飯前…、あれ、まだ言ってなかったか。
 
 俺は、マジシャンだけど、超常能力者でもある。
 俺がショーをするときにはちょっとした工夫がいるというのは、そういう事情だからだ。殊に大人とは違う視点を持つ子どもの前では気をつけないといけないというのはそういうことなのさ。
 
 あと、この話は啓太には言わないほうがいいだろうな。下手に凹まれても困る。
 そこんとこ、よろしく。
 
 マユコ先生を見送って、俺は満開の桜を見上げた。

              (了)


 *前回のカイのお話はこちらです。


           

 
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