つれづれ雑記 *校庭にクスノキがある話
私が通っていた小学校は、明治から大正時代頃に創立されたかなり歴史のある学校だった。(その頃は今の名称ではないと思うが)
のどかな田園地帯、と言えば聞こえはいいが、早い話、田んぼや畑、溜め池に囲まれた中に、昔ながらの木造二階建ての校舎が立っていた。
そこそこ広い校庭の、その中央より4分の1ほどずれた辺りに大きなクスノキが生えていた。
どのくらい大きいかというと、当時で高さは二階建ての校舎の屋根まで届いていたし、幹の太さは2人の小学生が両手を広げて囲めないくらいだった(と思う)。
校歌の中に、くーすのーき、しーげーる、という歌詞があるので、もしかしたら創立の頃からあったのかもしれない。
いくら広い校庭でも、そんなところに大きなクスノキがあったら邪魔で仕方がないだろうと思われるかもしれない。
でも、もう最初からそこに立っているので、皆、それが当たり前のようにクスノキに接していた。
鬼ごっこをするときはクスノキの周りが基地になったし、ドッジボールをするときはクスノキを避けてコートの線を引いた。
投げたボールがクスノキに当たって跳ね返った場合はノーカウント、というローカルルールもあった。
クスノキが校庭に落とす大きな木陰は季節や時間によって場所や大きさが変わる。
夏の暑いときの体育の時間や全体集会で陰に入れるとラッキーだったし、冬の寒いときに陰に入ってしまうと不運だった。
クスノキは常緑樹で、葉は春から初夏にかけて一斉に入れ替わる。今年の新しい葉が生えてくると、昨年の古い葉が落ちるのだ。
毎年、葉の入れ替わり時季の校庭にはかさかさになった古いクスノキの葉が風に飛ばされ、あちこちに散らばっていた。
薄紅色をしたクスノキの新芽は光に透けるほど薄くていかにも柔らかそうだ。クスノキの枝々の先で微風にも頼りなくひらひらする若葉は、初夏までに淡い緑色に変わり、そして季節が進むうちにもう少し濃い緑色に染まっていく。
風が吹くと緑の葉々がさやさやと音を立てて揺れ、その音を授業中ずっと聞いていると眠たくなってくる。
悪天候のとき、ざわざわと葉を揺らして枝の間を吹き抜ける風の音が怖かった。
よく晴れた日に校庭に出て木陰から見上げると、クスノキの葉々の中で小さな太陽がたくさんきらきらと光っていた。
私は小6の夏に転校したので、この小学校で卒業式はしていない。
小学校の近くに住む知り合いから聞いたところでは、校庭にクスノキはまだあるそうだ。
ただ、当然だが、あの木造二階建て校舎はもうなく、立派な4階建ての鉄筋コンクリートの校舎になっているらしい。
機会があればクスノキに会いに行ってみようかと思ったりしたこともあったが、けっきょく一度も行っていない。
懐かしい思いはあるのだが何となくためらわれるのは、たぶん、もし現在のクスノキが私の記憶の中のクスノキと違っていたら、という気持ちがあるのだろうと思う。
もしかしたら、小学生だった私にはとてつもなく巨大に見えたクスノキは、意外と普通のクスノキで、そんなに巨木ではなかったのかもしれない。
たとえそうだとしても、私がおぼえているクスノキは、校舎の屋根まで高く枝を伸ばし、校庭を抱くように緑の葉々を豊かに繁らせ、その葉が風にさわさわと揺れている姿だ。
立派な鉄筋コンクリート校舎に見下ろされている姿は見たくないなと思う。
クスノキにも花が咲くのをご存知だろうか。
初夏の枝の先の若葉の間に、小さな小さな淡緑色の花が咲く。ほんとうに目立たないが、微かに清涼な芳香があって私は好きだ。
毎日通る道沿いに、クスノキがずらっと植えられている。
ここ数日来、この季節の薄紅色の新芽と、それから薄緑色の若葉が風に揺れている。
若葉の先には小さな花の蕾がたくさんついていた。
もうすぐ、初夏だ。