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番外編【創作】Ⅺ

この物語はフィクションです。
世の中には、形から入る、ということ(人?)がままあります。
そのほうが、よりパフォーマンスを発揮しやすい、ということもあるのかもしれませんね、時と場合によっては。(たぶん)


*名探偵はプリンがお好き

 うん、現場は間違いなく、ここだ。
 
 腕組みを解き、左手の中指で赤いセルフレームの眼鏡を押し上げた。ルーペを手に流し台に目をやる。
 そうか、やっぱり。

「ただいま……。ちょっと洋輔、あんた、何やってんのよ」
 声に振り返ると、キッチンの入り口に、学校から帰ってきた葵が立っていた。洋輔の5つ上の姉で、高校1年生。そして、目下のところ、本件の最有力容疑者だ。

「それ、わたしの伊達メガネじゃん」
 洋輔は度の入ってないレンズ越しに眼光鋭く姉を見上げる。
「お帰り。姉ちゃん、何かボクに隠し事してない?」
 葵が明らかにギクリとしたのを見て、洋輔は口元を歪め、ニヒルに微笑んだ。
「やっぱりね。証拠は挙がってるんだ」
 葵は吹き出した。
「大げさねえ。ちょっと借りただけじゃない。返すわよ」
 葵がカバンの中を探る。洋輔は慌てた。
「いやいや。今さら返されても。て言うか、食べなかったの?」
「食べるって、これを?」
 葵が取り出したのは洋輔のグローブだった。
「えっ、どうしたの、それ」
「今日の体育の授業でソフトボールやってさ。グローブが家にある人は持ってきてって言われてて。昨日、貸してって頼むの忘れてたのよ。今朝、洋輔、起きてこないしさ、事後承諾で悪かったけど。え、何? この話じゃないの?」
 そうだった。洋輔は気を取り直す。
「姉ちゃん、ボクのロワイヤル・プリン・ア・ラ・モード、食べただろ」
 
 そう。ロワイヤル・プリン・ア・ラ・モード。新発売の大人気コンビニスイーツで、いつも売り切れ、なかなか手に入らない。
 これを何と、昨日、クラスのマドンナ、美希ちゃんに貰ったのだ。
 正確には、風邪で休んでいた美希ちゃんの家にプリントを届けたお礼に美希ちゃんのママに貰ったのだけど。
 いきなり食べるのはどうにももったいないので、そのロワイヤル・プリン・ア・ラ・モード(長いので以下はプリンとする)はとりあえず、冷蔵庫に入れた。
 翌日の今日は、創立記念日で小学校は休み。昼近くまでのんびり寝て、起きてくると当然だが誰もいない。
 父親は会社、母親はパート、姉の葵は学校。1人だけの気楽な平日休み。
 ……素晴らしい。
 そうだ。あの美希ちゃんに貰ったプリンを食べよう。ちょっともったいないけど、賞味期限のこともある。
 洋輔はウキウキしながら、冷蔵庫を開けた。が、しかし。
 洋輔は信じられない思いで、冷蔵庫の奥の奥まで探した。やっぱりない。美希ちゃん(のママ)から貰った大事なプリンが。
 こんなことがあっていいのか。必ずや犯人を捕まえてやる。

 洋輔は、老眼が始まった(とは本人は絶対に認めないが)母親が新聞を読むのに使っているルーペを食器棚の引き出しから取り出し、姉の伊達メガネを無断借用する。やはりこういうのは形から入るのが大事だ。

 昨夜、洋輔が寝る前にはプリンは確かに冷蔵庫にあった。それは間違いない。つまり犯行時刻は洋輔が寝た後か、今朝だ。

「ちょっと待って。私じゃないわよ。その、ロワイヤル何とかだって、あったのも知らないし」
 葵が洋輔の推理を遮り、憤然と抗議する。
「だいたい、証拠って何よ」
「あれだよ」
 洋輔はビシッと流し台の横の洗いカゴの中を指差す。柄にウサギの飾りのついた金色のスプーンがあった。
「あのスプーンは、姉ちゃんが特別なお菓子を食べるときにしか使わない」
 葵が「あっ」と小さく声を出して肩をすくめた。洋輔が葵を睨む。ほら、やっぱり。
「でも、違うんだよねえ」
 何を今さら。往生際の悪い。
 葵はため息をついた。
「実はさ、夕べ、洋輔が寝た後で、パパが会社の人に貰ったって、ゾロモフのティラミスを持って帰ってきたんだよね」
 ゾロモフだって? 超有名高級洋菓子店だ。
「ひとつしかないからさ、洋輔と半分こにしようと思ってたんだけどね。あんまり美味しかったんで、ついね。今朝、学校に行く前にペロッて」
「全部、食べちゃったのか」
「だから、ごめんだって。だって洋輔、起きてこないんだもの。でも、あんたは、そのロワイヤル何とかっていうのがあるんでしょ。じゃあ、いいじゃん」
 だから、それがないんだってば。
「とにかく、私は知らないから」
 じゃあ、犯人はいったい誰だ。洋輔は再び腕を組む。

 そのとき、パートから帰った母親がキッチンに入ってきた。
「ただいまー。あら、どうしたの?2人とも」
 洋輔と葵は思わず顔を見合わせる。まさか。

「あ、そうだ。洋輔、あの貰い物のアイスクリーム、食べたの?」
 アイスクリーム?
「冷蔵庫じゃ溶けちゃうと思って、冷凍庫に移しといたんだけど」
 洋輔は急いで冷凍庫を開ける。見覚えのある半透明のプラスチックカップ。
 嘘だろー。

「ママ、これ、アイスじゃなくて、プリンだよ」
 言葉もない洋輔の代わりに葵が母親に説明した。
「あらー、そうなんだ。ごめんごめん」
 洋輔はカップの蓋を開け、カチカチになったロワイヤル・プリン・ア・ラ・モードを茫然と見つめた。
        (了)
 
#創作 #名探偵
#自然解凍でイケるかな
#何事もちゃんと確認しましょう