私と母とお留守番
埼玉県で条例化されようとした「留守番禁止条例」
そんな条例が既に昔から施行されていたら、
私の幼少期はどんな幼少期を過ごしていたのだろう。
少なくともこんな幼少期はなかった。
私事ですが、意見を述べさせてください。
幼少期の生い立ち
埼玉県出身、両親共に公務員
母は看護師。
物心ついた時には、仏教系の保育園に通っていた。
早朝保育の開始時間からから延長保育の最終時間まで経験。
小1の時は学童に通う。
小2~3の時、8個下の弟の出産の為に、母が公務員看護師を退職した。
普通の小学生として、お家に毎日帰って、放課後は親の元を離れ、同じマンションに住んでいた友人と毎日遊ぶ他、
新体操・ミュージカルダンス・水泳・ピアノのお稽古の際は毎週1人でバスで稽古場まで向かっていた私。
この人生、「両親と過ごしていない時間」の方が幼少期に関しては、
誰よりも長かった自信がある。
寂しい時間は人一倍長かったと思う。
だけど、
その中で得られた経験が
今の私の人生を彩っていること。
お話させてください。
毎日看護師として働く母の姿
母は、とても「仕事の出来る女」だった。
東京の病院で働いていた為、朝5時台に家を出て、片道2時間くらいの職場へ出勤
そして、看護師として、多くの患者に寄り添い、
そこで得た収入を生活費、住宅ローン、私達の教育費の貯蓄に回してくれていた。
この母の収入が無かったら、私は、
中学受験、習い事のお月謝、
大学受験、薬学部への進学は
叶わない夢だったのではないかと思う。
舞浜を初めとする家族旅行
幼少期の私、何回舞浜に行ったのか、覚えてないくらい、遊びに行った。
年パスユーザーではなかったけど、
毎月のように、家族皆で、父、母、私、そして3個下の弟と、車で舞浜・浦安へ向かい、
そこで、色んなホテルに泊まりながら、
舞浜のテーマパークは特別、回数が多かった気がするけど
舞浜に限らず、
両親の実家、富山や神戸の方面にも沢山連れていってもらった。
那須高原、勝浦、木更津、日光、越後湯沢、軽井沢
色んな関東周辺の観光地にも連れていってもらった。
それでも、あんなに沢山遊びに行った場所は舞浜だけな気がする。
シンデレラ城がある、夢と魔法の国へ
家族皆で定期的に遊びに行ってた。
常に長い時間、一緒に過ごす時間が取れない両親と私や弟。
その家族の大切な思い出のほとんどは、
数々の観光地と
舞浜にあると私は考えている。
「今日は車酔いしないで無事にパークまで着いたね」
「今日の目当てはダンボでずっと高く飛ぶこと!」
「今、身長が102cmを超えたよ!」
「じゃあ、スターツアーズ皆で乗れるね!」
「弟くん、身長まだ足りなかったみたい」
「じゃあ、パパとママの交代で、このアトラクションに乗ろうか!」
「ベビーカー、どこに置いておけばいい?」
「あそこに、置き場あるよ!」
「ママ、お化け怖いから、クリスマスの時以外はホーンテッドマンションに行きたくない!」
「大丈夫、最初だけだから。」
そんな会話を覚えている。
幼少期の自分の成長のほとんどは
舞浜で経験させてもらった。
脳内に、ほとんどそのテーマパークの地図は思い描くことは出来て、
新アトラクションの場所以外は余裕で案内できるくらい。
こういう風に、休みの日に家族皆が集まれる時間を作って沢山遊びに行けたこと。
どうしてそれができたのか。
ホテルの予約を取っていたのは、
その料金を払っていたのは、
いつも母だった気がする。
母には感謝の気持ちが絶えない。
私が医療の道を進む理由
これは、私が「健康」に興味がある理由とか
未来に薬関係の知識を用いて、やりたいことがあるとかいうのもあるけど
やっぱり、「看護師」として働く母の
「女性が自立して働き続けることが出来る」という姿を見てきたから、
「薬剤師」の道を考えた、というのは紛れもない事実だ。
自分がこれまでの人生、沢山の経験をすることが出来たのは、
母が、「医療現場」で働きながら、子育てをしてきたのを、私が子供の目線で実感して育ってきたから。
沢山の人の命を支えながら、
家族の「楽しい時間」も支えてくれて
子供達にも沢山の経験をさせることができる。
女性としての、生き方として、
とても尊敬できる母だった。
「自立」
これはずっと私が言い続けてる言葉。
母の働く姿を見て、「こうなりたい」と
私が考えるようになったと思う。
もし、留守番禁止条例が施行されたら。
今回は、医療現場に飛び立つ身として、「医療」にフォーカスして、この話を進めよう。
世の中には、子育てと両立しながら働いている医療従事者はどれだけいるのだろうか?
私の母みたいな、医療従事者。
特に、看護師は9割以上が、
薬剤師の半分以上は、「女性」である。
この「留守番禁止条例」をテレビで見た時、待機児童、経済崩壊、そんな問題がニュースでは浮上していた。
それと同時に、私は「医療崩壊」が起こるのでは無いか?と考えた。
小学校3年生までは留守番を、させてはいけない。
遊ぶ時も、学校の登下校も、親が付き添いでいなきゃダメ。
学童保育なんてもってのほか。
こう、条例で出されたら、
現在社会で働くお母さんをやってる女性にとって、
経済的、精神的苦痛が起きるのは目に見えているが、
私は、「結構な人数の看護師・薬剤師が医療現場から消えるんじゃね?」と思った。
看護師、薬剤師に限らず、
理学療法士、臨床検査技師、作業療法士、放射線技師、
その他医療従事者の中にも、女性は多い。
今の世の中、ジェンダー云々の話はご法度だとも考えられているが、
現実は、女性が子供の子育てをしているのが、目に見えている。
そして、女性の比率が高い職業は医療現場なんて、結構あるあるなのでは?と思う。
留守番禁止条例のニュースを見た時に、母と私で真っ先に話したのは、
「医療現場、潰れるんじゃない?」
ということ。
女性でも子育てをしながら、沢山稼いで堂々と働きやすい場所
「医療現場」
こういう考え方も存在する中、
「留守番禁止条例」が埼玉県で施行されようとした事実に驚きを隠せなかった私であった。
最後に
色々綴ってきたけど。
私が薬剤師を目指している理由の1つに「お金目的」があることは否定しません。
だけど、お金だけではない理由も、ちゃんとある。
それは以前に投稿したnoteを探ってみれば、書いてあると思うし、私の活動のキャッチフレーズ
「夢を応援する健康ファシリテーター」
という夢があるから。
お金よりも大切なもの。
それをどう捉えるかは、
その人次第だと思うけど。
私は夢を叶えるためなら、
必要なお金は自分の力で作るべき
だと思うし、
それは家族のためだったりもするんだから、
家族を支えるためにも
家族の「夢」を叶えてあげるためにも、
「留守番」や「学童保育」「保育園」「習い事のお稽古場」はあるものだと思うし、
親元から離れているからこそ、見つけられる子供たちの「夢」や「世界」、「家族の楽しみ」があるんじゃないのかな?って思う。
夢を見せてくれた母への感謝と、
敬意を共にここに記し、
私は「留守番禁止条例」を施行しようとした埼玉県に「何があったらこうなった」と
現役薬学生(女性)の立場として言いたい。
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