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しあわせを見つけていくことは、自分の好みの食べ物を見つけていくのに似ている
しあわせは
「自分にとってのしあわせと感じることは何か?」
を感じ取ることから始まる。
自分が欲しいしあわせって
「わたしが幸せと感じること」で満たされること
だから、自分でしか見つけていくことができない
あなたが幸せになるものを食べないとあなたはしあわせにはならないし
あなたがしあわせになるところに行かないとあなたはしあわせにはならない
あなたがしあわせになる人といないとあなたはしあわせとは
人類が間違っていたすべてのこと
という本があったら、読んでみたい。
昔「地球は宇宙の中心で、太陽は地球の周りを回っている」が「真実」だった。
でも今は、太陽が中心で地球はその周りを回っていて、しかも太陽は銀河の中にあるひとつの天体でしかない。ということがわかっている。
「女性は男性よりも劣っている、政治に関われるほど判断能力がない」だから女性に参政権を与えないのは「正しい」とされていた時代があった。
だけど、いまそれ
今の教育は親も子どもも疲弊して当然だと思う。
親も子どもも、とても頑張っている。いまの社会はとても「急かされる」社会だと思う。
〇歳までにこれができているのが普通とか、これができていなきゃとか、将来のためにはこういうことをしておいたほうがいいとか…それぞれの人が、それぞれの場所で、勝手なことを言っている。
ただ、バラバラなように見えて、そこには、なんとなく共通しているようなイメージがある。
「創造的な子」「頭のいい子」「コミュニケーショ
ふつうに生きるのが合わない人へ
「ふつうに」生きるのしんどいし、周りに合わせてみるけど楽しくない。
会社員として「普通に働く」ことをイメージすると、自分はそれに向いてないだろうと感じる・・・
ノープロブレム。
じゃあ、ほかの道を模索すればいい。
これは、自分で体験してきて意外だったことだけれど、
「普通に働く」以外の選択肢は、思いのほか多いのだ。
私は小学校のころ不登校になり、
「私、会社勤めはたぶん向いてない」というの
どうしてこの子は学校に行けないのか?をつい考えてしまうお母さんへ
子どもが不登校になったとき「なにか自分に原因があったのか」とか「この子に何か問題があるのか?」と不安になったり、自分のことを責めたりはしただろうか?
もしそうなら、私は「原因も問題もないかもしれませんよ」と言おう。
たまたま不登校になったということに、そんなに深い意味を考えなくていい。
不登校という呼び名はそもそも、子どもが学校に行かなくなった時、大人がそう呼ぶことにしただけのものだ。
ただ
これからを変えるために、たった5秒の質問をしよう
ちょっと生き方が変わる質問どどん!
「明日の自分のために、どんな自分をプレゼントしてあげたいですか?」
ポイントは、ちょっとワクワクしながら考えること。
明日の自分にどんなプレゼントを用意してあげたい?
何を渡したら喜ぶかなーってうきうき考えながら明日の自分に渡したいプレゼントを考えるんです。いそいそと。
あなたの今日することは、すべて明日の自分につながっています。
たとえ