白夜
白夜
石畳の小道を抜けたら、ラベンダーのにおいがする。
僅かに残るラベンダーの香りを思い出しつつ、
壁紙の色が絶妙で、いつもまじまじと見てしまう。
この淡いブルーはどうやってだすのだろうか?
なんでも素直に話したくなる、そんな壁紙の色。
わたしは彼女とのおしゃべりタイムによくこの店を使う。
住宅街を抜けると現れるこの店で、私と彼女はお互いの近況を報告しあう。
ケーキとかハーブティーとか、ちょっとした雑貨とか、
そういった女性好みの物が置いてあって、
新作が入れば「お好きそうなものが入りましたよ。」と女性店主が連絡をくれる。
その日はもうすぐ夏になりそうな雨上がりの日で、
店の庭先のアナベルとかミントとか、
たくさん生い茂った植物たちが昨日の夜に降った雨露でたくさん濡れていて、
すごく透き通った空気で店の周りを包んでいた。
「ほら、今はやってるオカルト映画でさ、白夜のお祝いするやつあるじゃない?
アレをやりたかったんだよね。」
そういって彼女は事前に私に白い洋服で来るようにチャットアプリに連絡をしてきた。
「白夜のお祝い?」
「そうそうヨーロッパの小さな村でさ、村人みんな白い服着て一日中食べて飲んで踊ってってやる。あれ。白夜だから夜もずっと昼間みたいに明るくて。」
わたしは自分が注文したレモンクリームのタルトを少しだけ食べながら、
彼女の話を聞いていた。
彼女の指定した通り、白いノースリーブのシャツに白い麻のパンツ姿できた。
かという彼女は真っ白なワンピースだ。
映画で見たシーンそのもの。
あれほんとはめちゃくちゃ怖いオカルト映画なんだよねぇ。
そういう彼女の話を私は半分上の空で聞いていた。
なんとなく過ぎる、平日の午後。
いつからか、旦那と話すことがなくなった。
何のために一緒にいるの?
みたいな感情すらなくなって、
家の中で一人でいるものなんとも思わなくなった。
自分たちの家には帰ってくるけど、お互いに別の恋人もいる。
それでも私たちは同じ家に住み、
仕事が終われば、各自の恋人と過ごしてから家に帰る日々を続けていた。
彼はそれでよかったのだろうけど、
私の中では何かがずれ始めていた。
旦那と過ごすことも、恋人と過ごすことも。どちらも。
それでも時々旦那と一緒に食事をしたり、
休みの日には百貨店に出かけて一緒に食器をえらんだりする。
それもどこか自分という体を使ってほかの誰かがやっているような気持になっていた。
いつのころからか、セックスレスになって、
そのあたりから、私のほうから先に恋人をよそに作った。
旦那とはセックスをしないのに、恋人とはする。
天秤にかけているわけではなくて、そっちのほうが自然な流れだった。
私がよそに恋人がいることを目の前の友人は知っている。
そっか、そうだよね。
「あのね、離婚しようと思うの。」
「そうなの?」
「今決めた。」
「理由は?」
「セックスレス。」
「そう、じゃぁ、お祝いに二人でおいしいもの食べよう。」
彼女は淡々とかつ、面白そうに笑った。
わたしはそんな彼女が友達でいてくれてよかったと思う。
勝手だとか、先に恋人を作ったのはあなただ。とか、いろいろ言わず、
ただそのままを見て、そして実務的に離婚を進めようとするわたしに、
いいねと笑えるのは地に足がついた
わたしと彼女の間柄だからこそ、笑いあえるのだな。と思った。