
おすそわけ日記 266「焼きたてのパン」
雨降る日曜の朝、かじかむ手を握りしめながら、パン屋へ向かう。
「あー、もう、店内に待ちの列が…」思わず、肩を落とす。
新居の近所に美味しいパン屋があるのだが、美味しすぎて、毎日、列が出来る。土日はパンを買いに行くのを諦める程に。
だが、三連休で無性にパンが食べたくなってしまった。目が覚めたら、まだ九時前。今なら!とスッピン、部屋着にロングコートで飛び出した結果が、これ。待っている人はパンの焼き上がり待ちだったものの、続々と店に入って来る人の姿に、ブルータス、お前もか、な気分。
私も列に並び、パンが焼けるのを粛々と待つ。わずか数分が長い。
「きなことくるみのパン、焼き上がりましたー!」の声に、はいはいはいはい、私です、と手を上げそうになる。パンを受け取り、わー、ホカホカだよーと満面の笑みで、家路を急ぐ。寒い中、わざわざ出かけてよかった。パン好きの母の笑顔が浮かぶ。
家に帰ると、母がまだ寝ている。じゃあ、私ももう少し寝てよーっと。パジャマに着替えて布団に入ったら、さっきより寒い。これは当分、布団から出ない方がいいな。ぬくぬくしながら、漫画を読みふける。
「お腹空いたなぁ」ふと、時計に目をやると十一時。あっと云う間に二時間が経ち、それでも母はまだ起きる気配がない。
仕様がないから、先に一人でパン食べるか、と伸ばした手に触れたのは、すっかり冷めたパンだった。
「あんなに温かかったのに!焼きたてだったのに!?」つきあって三ヶ月後に恋人の態度が醒めてきたのをなじる位の勢いで嘆く。
いや、ここは冷静になろう。焼きたてをすぐ食べなかった私が悪いんだ。母が起きてから一緒に食べようなんて、そんな生っちょろいことを考えていた二時間前の自分に鉄拳制裁を加えたい。
もう、母が起きるのを待たずに、一人、パジャマでパンを食べることにした。冷めても美味しいな、もぐもぐ。焼きたてだったら、もっと美味しかったのかな、もぐもぐ。
ひとしきり、満足と後悔を繰り返した後、お腹がいっぱいになったので、また布団に入る。これで私の一日は終わった。もう起きずともよい。
その二時間後、母と遅い昼食を取る私の姿があった。仲良しだもん、一緒に食べますよ。今度は違うパンを。私がパンを買ってきたことを歓ぶ母の顔を見ていたら、やっぱり、焼きたてじゃなくても、二人で食べるパンは幸せで美味しいな、としみじみ思う。
だからね、お母さん、それは聞かないでやってくれ。
「焼き立て、美味しかった?」
【今日の一枚】きなことくるみのパンに最近、ハマっています。固そうに見えて、ふわっふわなのです。
【#つづく日々に】のタグをつけて、日常で心ときめいたことを投稿中。日常のよろこびをみんなでシェアしあって、笑顔が増えたら嬉しいです。
今日もおつきあい頂いて、ありがとうございます。
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