「和風」その1:天守、屋根、石垣を考察する編。
城郭建築と「和風」とは何ぞやについて、お話しします。
旅先で偶に現れる、あのフレーズ。
「伝統的な町なみ」とか「和の趣を残す」とか「雰囲気ある」とかいった、そういう宣伝文句。
あとは、県下第二第三くらいの町を歩いている時によく見る、明らかに外堀っぽい大き目の水濠であったり。
そういう場所を実際に歩いてみると、確かに歴史を感じるなァ、日本ぽいなァと思う場面はあるのだけれど…
その正体が何なのか、イマイチよくわからない。
日本の建築物の大半が木材メインであることを考えると、そもそも前提として、古い建築物が町なかに乱立しているわけではないはず。
都会の生活に慣れ親しんでしまった身の上では、廃れつつある地方都市のアーケード商店街を歩いている時ですら「古いなァ」と感じてしまうもの。
それでは、伝統的とは?古いとは?
それこそ、以前紹介した擬洋風建築や煉瓦隧道などが、身近に体感できる、かつ現役の建築物としては最古級なのでは??
いやいや、もっと古い建築物、そしてある意味で日本の歴史的建造物の代表なら、あるでしょう。
そうだ、現存十二天守を観に行こう。
寺社と並んで、最も「歴史」感があり、かつ江戸時代以前には遡る程度に「確実に古い」物件ではないでしょうか。
ということで今回は、「伝統的」「和風」などといった概念の正体を探るための第一段階として、まずは現存十二天守から分かる城郭建築のイロハについてを語っていこうと思います。
具体的には、天守の構造の形式、屋根の積み方、そして石垣。
創作物なんかで出てくる似非日本っぽいお城に「そんな建築様式はないやろwww」とツッコミを入れられる程度の知識を身に付けたいですね!
現存十二天守と城郭建築
ではまず、現存十二天守とは何か。
江戸時代以前に建てられた近世城郭の天守が、さまざまな修築を経て現存しているもの。
対立概念としては復元天守、模擬天守など。
具体的には、弘前城(青森県弘前市)、松本城(長野県松本市)、丸岡城(福井県坂井市)、犬山城(愛知県犬山市)、彦根城(滋賀県彦根市)、姫路城(兵庫県姫路市)、備中松山城(岡山県高梁市)、丸亀城(香川県丸亀市)、伊予松山城(愛媛県松山市)、宇和島城(愛媛県宇和島市)、高知城(高知県高知市)の12の城が該当。
そもそも今日想像するようなこうした天守の出現が、松永久秀の信貴山城とか、織田信長の安土城とかに遡る程度の時代なので、それよりも古いものは無いですね。
それでは分類定義の時間ですが、天守について語る前に、地勢による基本的な城の分類についてを、まずは前提として確認。
すなわち山城、平山城、平城の3種類。
字義の通りではありますが、山城は険しい山を利用して築かれた城、平山城は平野部にある台地など微高地を利用して築かれた城、平城は平地に築かれた城を指します。
防衛機能に特化した山城のイメージは、たとえば古代の朝鮮式山城などが想起しやすい。
あるいは平城は、中世以降の環濠を張り巡らせた武士の館などがわかり易いでしょうか。
しかし、東京の山手、武蔵野台地などはまさに典型的でありますが、日本の国土は平野と云えど坂や谷が連続してあります。
いやむしろ、沖積平野にイイ感じの坂が連続している、というのが日本の市街地の特徴にも思えます。
そんな沖積平野の特徴を活かしたのが平山城。
敢えて住むには適さない小丘陵の高まり部分を城郭に転換することで、防衛機能を担保しつつ威厳も確保する。
そしてその麓には城下町を形成させることができるという、政治、軍事、経済上の諸々の観点からも利点が大きい。
山城は集住には適さないですし、平城は防衛能力に限界がありますからね!
いいとこどりの平山城は近世城郭様式のスタンダートとなり、私たちがふつうに想起する城と城下町の多くはコレです。
なお現存十二天守でいうと、
山城 → 備中松山城
平山城 → 弘前城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城、丸亀城、高知城、伊予松山城、宇和島城
平城 → 松本城
に該当。圧倒的な平山城の多さですね!
ようやく天守についてのパートです。
分類する視点はふたつ、天守の平面構成的な繋がりと、屋根の組み方です。
まずは前者、建物の平面的な連結による分類から紹介。
独立式天守:天守のみが独立して建つ。弘前城、丸岡城、丸亀城、高知城、宇和島城。なお、高知城は天守台がなく御殿が天守に連結している。
複合式天守:天守に隣接して櫓が連結する。犬山城、彦根城、松江城、備中松山城。
複合連結式天守:天守に隣接して櫓と多重櫓と呼ばれる小天守が連結する。松本城。
連結式天守:天守を中心に櫓・小天守が環状に連結する。姫路城、伊予松山城。
文字の定義だけでは少々難しいですが、実際に行ってみるとすぐに理解できるはずです。
たとえば弘前城(工事中)は、天守台の上にポツンと天守のみが乗っかっている様子を容易に確認できます。
あるいは備中松山城、コチラは小さな天守にもっとちっちゃな櫓がくっ付いています。
まァ、観光客は誰も注目してなかったけど…
そして続いての分類要素は、天守の屋根の構造についてです。
望楼型:入母屋造の建物の最上部に望楼を載せたもの。丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城、高知城。(慶長期を境に前期・後期に分けることもある。後期型は屋根の逓減率が減り、全体的に物見としての印象が薄くなる。彦根城、姫路城、松江城が後期望楼型。)
層塔型:慶長期以降の様式で、寄棟の同じ平面を少しずつ小さくしながら順に重ねたもの。弘前城、松本城、備中松山城、丸亀城、伊予松山城、宇和島城。
切妻屋根・寄棟屋根・入母屋屋根
続いて、屋根についても考えていきたいと思うのですが…
この説明だけでわかりますか??私にはわからない。
ウーム、もっと専門的な知識も必要ですね…。
とりあえず、今回は以下の3つを覚えることにしましょう。
切妻屋根:単純な山形の屋根。
寄棟屋根:四方向に傾斜する屋根。
入母屋屋根:上部において切妻造、下部において寄棟造となる屋根。
また、屋根の両端の妻にあたる三角部分を破風といいます。
由緒ある寺社建築、そして近世以降の城郭建築にふつうに見られるスタイルこそ入母屋造でありますが、後者の層塔型では寄棟の屋根を重ねていくため破風はありません。
城郭建築で覚えるべき破風の種類は、以下の4つ。
屋根の解説回じゃないのに… どんどん増えていく余計な知識…(困惑)
入母屋破風:入母屋造の妻にある山形の破風。天守の最上部は必ずこの破風となる。
千鳥破風:山形の出窓で、装飾用。入母屋破風と比較して屋根の隅棟と接続しないため、屋根の上に載せてどの位置にも作ることができる。同じ階層にふたつ並んでいれば「比翼千鳥破風」。
切妻破風:山形の屋根が軒先まで突き出した破風。切妻屋根ならば必ずできる。
唐破風:半円形に持ち上がった破風。軒先の身のみを丸く持ち上げたものは軒唐破風、屋根全体を丸くなるように持ち上げたものは向唐破風。
あるいは望楼。
これは建物の上にちょこんと載せた、物見櫓上の構造物のこと。
すなわち、望楼型天守は「載せた天守」、層塔型天守は「重ねた天守」と評するのがよいでしょうか。
とはいえ望楼型であっても、ドーマーのよう千鳥破風を連続して取り付けるがために、印象としては層塔型と同じく「重ねた天守」にも見えてしまうのでは…?
これもうわかんねぇな
まァ、以上の天守様式を総合した呼び方はどうなるのかということでWikipediaを見てみると、「X式Y型α重β階」という呼称になるらしい。たとえば彦根城ならば、「複合式望楼型三重三階天守」。
「重」「階」というのは、前者は屋根の数、後者は階段で登ることのできる実際の床の数であると思われます。
しかし思い返してみると、「γ層」という呼称も見たことあるような…?
どうやらこちらのウェブサイト様によりますと、学説や流派に依りけりで呼称が異なるとのことなので…。
今回は手を付けないことにします。煩瑣が過ぎるのでね!
石垣について考える
さて、次に注目するのは石垣。
広義では石組みの壁・法面全般を指す語でありますが、今回は建物の基礎部分に使われる石垣へと対象を絞ります。
すなわち、城の天守・櫓・廊下・塀の下に連なる法面のことですね!
そんな石垣についての視点は、石の加工程度による分類と、積み方による分類です。
まずは前者!
野面積み:鎌倉期以降の手法で、加工していない自然そのままの石を積み上げる。
打込接ぎ:慶長期以降の手法で、表面の角を叩いて減らし平たくした石を積み上げる。
切込接ぎ:慶長期以降の手法で、方形に加工した石材を密着させて積み上げる。排水口が設けられる。
文字で語るのは容易だが、しかし実際に観察しようとすると全て野面積みに見えてしまうという問題。
…自信をつけるために、切込接ぎが目白押しで楽しい積み方の紹介もしちゃいましょうか。
布積み:方形に加工した石を目地が通るように積み上げる。
乱積み:大きさの違う自然石、加工した石を不規則に積み上げる。
谷積み:切込接ぎで、石の対角線が垂直に交わるように積み上げる。
亀甲積み:六角形に加工した石材を積み上げる。
玉石積み:玉石を積み上げる。
算木積み:隅角部の処理について、長方形の石の短辺と長辺を交互に重ねて積み上げる。
重箱積み:隅角部の処理について、立方体の石材を積み上げる。
正直なところ、サンプルが足りず何とも確実な事実が言えない。
そもそも、今回のテーマとしてわざわざ選択するほどの「和風」要素を構成しているのか…?
土台や基礎ならば全て石垣&「和風」認定してもいいのか…?いやよくないよな。
やば…やば…わかんないね…
ということで、今回は解説を留保して紹介のみです、はい。
ごめんなさい!!!
おわりに
以上、城巡りを通じて「和風」という曖昧な概念の要素を抽出しようと試みました。
今回得た「和風」についての理解を総合すると、すなわち「和風」とは、大きく屋根の印象なのかなァと思いました。
和瓦に入母屋、寄棟、切妻屋根。それっぽい石垣の上に乗っかっている生け垣や塀。
これがあるとなんでもかんでも「和風」に見えるような、そんな気がしてきました。
そして、それらが醸し出す「和風」を体感できる歴史的建造物こそ、現存十二天守たちであると。そういうわけでありました。
しかしながら、今回紹介した現存十二天守たちも数百年の時を経て多大な改修・修理の手が入っており、本来の姿からは大きく姿を変えて我々の前に顕れているというのもまた事実。
端的に換言すれば、わかり易く古い時代の「和風」であっても、ある意味では「創られた伝統」としての、歴史的な振る舞いなのかもしれないと、思ってしまうのです。
とはいえ、そういった施設に価値が全く無いのだと言いたいわけでは決してない。
まァ、テーマパーク的な楽しみ方ですね!
わたし的には、そういう雰囲気も嫌いじゃない。たのしい。
かくして!真の「和風」とは何なのか…
まだまだ検討が必要だということですね。
となると、さらに寺社建築と瓦についての分析が欲しくなりましたね…。
あと、擬洋風建築回もそうでしたが、やはり門外漢からすると建築はとても難しいっス…。
でも… 頑張って分析を続けていきたいですね!