見出し画像

「Fallen Grace」第2話 誰かの為の神様

人物表

アリス(800)堕天使
クロノ(1039)七大天使
トーチェ(777)七大天使
ジャンルカ(614)七大天使
ユピティ(945)七大天使
丸井藍(20)アリス信者
田尻孝太郎(36)避難民
リリ(21)修道女
アナウンサー
避難民1
避難民2
キメラ

本文

○ニュースウェーブジャパン・報道室(朝)
ヘルメットを被ったアナウンサーがカメラに向かって原稿を読み上げている。
周囲にいるスタッフも全員ヘルメットを被っている。
アナウンサー「隕石が落下してから三日が経ちました。東京都心を除くほぼ全域が壊滅的な被害を受けており、街は瓦礫の山と化しています。建物は無残にも倒壊し、広範囲にわたる火災が発生、消化活動すらままならない状態です」
アナウンサーは真剣な眼差しでカメラを見る。
アナウンサー「さらに、この被害は日本だけに留まりません。世界各国でも同様の隕石落下による被害が報告されており、各地で緊急事態が宣言されています」
アナウンサーは原稿を見て、意を決したように軽く息を吐く。
アナウンサー「……特に注目すべきは、被害が確認された地域で天使の姿が目撃されたことです」

○天界・エデンの園(朝)
エデンの園の中央に置かれた大理石の円卓にクロノ(1039)トーチェ(777)ジャンルカ(614)ユピティ(945)の四名が座っており、三つ空席がある。トーチェは気だるそうな目で両足を円卓に乗せている。
ジャンルカ「隕石は第一段階なんでしょ?」
ジャンルカがクロノに対して言う。
クロノ「あぁ。まず大雑把に人間を減らす手段として隕石を落とした。次は……」
トーチェ「なぁ……」
トーチェがクロノの言葉を遮る。
トーチェ「堕天は計画の中に入ってるのか?」
四名の間に緊張が走る。
クロノ「……計画外だ」
トーチェ「だろうな」
言い淀むクロノ。
クロノ「……考えなかった訳じゃない。だが、人間に情が湧く天使なんているはずないと思ってたんだ」
ジャンルカ「分からないでもないけどね。人間だって猿のためには死なないだろうし」
トーチェ「予め言ったよな? 全員で出た方が早いだろって」
クロノ「最低限の奇跡で遂行したかったんだ。人間を滅ぼすとなれば暫くの間。信仰心も魂も取れなくなる」
トーチェ「結果面倒なことになってちゃザマァないぜ」
ジャンルカ「トーチェの案こそめんどくさいじゃん」
トーチェ「主のご意志を全うするためだぞ」
四名の間に沈黙が訪れる。
クロノ「……俺が浅慮だった、すまない」
ユピティ「……主はお急ぎではないのよトーチェ」
ユピティは目を瞑ったまま、トーチェに向けて言う。
トーチェ「仕事なんて早く終わらすに越した事ないだろ」
ユピティ「それに、人間を使って遊べる最期の機会だわ。じっくり楽しみましょう?」
ジャンルカ「そうだよ。やりたいこと全部やっちゃおうよ」
トーチェ「……勝手にやってろ」
ジャンルカ「じゃあ黙ってて」
ユピティ「……で、次はどのように?」
クロノ「あぁ……、キメラを投入する」

○渋谷・スクランブル交差点(朝)
人気の無いスクランブル交差点の大型ビジョンにニュースが映し出されている。黒い翼を広げたアリス(800)が辛そうな表情でニュースを見ている。顔には蛇の刻印があり、頭上には紫色に光る光輪が浮いている。
アナウンサー「……複数の目撃証言が寄せられており、天使の存在が全世界で確認されています」
アリスの隣に丸井藍(20)が歩いてくる。藍は全身真っ白な服で、胸の前で手を組んでいる。
藍「……アリス様が心を痛める必要はありませんよ」
アリス「……やめろと言ったろ。俺は神なんかじゃない。様なんて付けるな」
藍「そんなつもりじゃなくても、私達にとっては救いの神様なんです。どうかお許しを」
アリス「……手の届く範囲の人間しか救えなくて何が神様だ」
藍「手の届く範囲を救ってくださったじゃないですか。十分ですよ。私が今ここにいられるのもアリス様のお陰ですから」
アリスが俯く。
藍「駅に避難者が集まっています。どうかお力添えを」
アリス「……」

○副都心線渋谷駅・ホーム(朝)
ホームには電車が停まっている。多くの避難民が集まるホームにアリスと藍が訪れる。避難民は列を作っている。
避難民1「おぉ……!」
避難民達は一斉にアリスの方を見る。アリスは顔を伏せたまま、駅のホームを歩く。
避難民1「あ、アリス様! どうか! どうかご加護を!」
アリス「待っててくれ、順番だから……」
アリスは申し訳なさそうな表情を浮かべてホームを歩く。避難者の列はホームに設置されている楕円のベンチに続いている。ベンチには足から血を流した4歳ほどの少女が眠っている。その隣には避難民2が座っている。
藍「今日はこの方からです」
アリス「……分かったよ」
避難民2は恐縮したように立ち上がる。
避難民2「に、逃げる時に、足を怪我しちゃったみたいで……びょ、病院もやってないし、この子、この子辛そうにしてて……!」
避難民2は必死な様子で言葉を紡ぐ。
藍「御慈悲を、アリス様」
アリスは眠る少女の前に座り、足に手をかざす。リンという音が鳴り、紫の光輪が光る。アリスが手を離すと、少女の足の怪我が治っている。
避難民2「あぁ……! ありがとうございます! ありがとうございます……!」
避難民2は立ち上がってアリスに何度もお辞儀をする。アリスがゆっくりと立ち上がると、列を成していた避難民達がアリスに渇望の眼差しを向けている。アリスはその光景に目を逸らす。
アリス「俺は……神なんかじゃないのに……」
アリスが小さな声で呟く。
藍「では、次の方……」
田尻「待てよ!」
藍の言葉をかき消すように、列に並んでいた田尻孝太郎(36)が立ち上がって大声を出す。田尻は目元に濃い隈がある。
田尻「奇跡を起こせる神がいるって聞いてきたのに……! お前っ、天使、天使じゃねぇか……!」
田尻は大声を上げながらアリスに一歩一歩近づく。
田尻「てんしっ……! お前が……隕石を落としたんだろ! なぁ! おい!」
藍「アリス様はっ……」
田尻「うるせぇ! 黙ってろよぉ!」
アリス「……」
田尻「世界をメチャクチャにして! メチャクチャにした世界で神をきどりやがって! なんなんだよお前はよぉ!」
田尻がポケットからナイフを取り出す。避難民達が悲鳴を上げる。ナイフを右手に持った田尻はアリスまで一気に距離を詰める。アリスは全く動じない様子で田尻を見ている。
藍「危ないっ……!」
アリス「離れろ」
アリスが藍を突き放す。走ってきた田尻が持ったナイフはアリスの腹部に刺さる。
田尻「死ねっ……死ねよっ!」
アリス「君の言う通りだ……」
アリスは、ナイフを持った田尻の手を握る。
アリス「俺は天使だったんだ」
田尻「なんだよ……死ねよ……!」
アリス「何もできない、駄目な天使で……。何もできない癖に目の前の死は許せなくて……」
田尻「早く死ねって!」
アリス「……俺だって死んだ方が良いと思ったよ。でも言われたんだ。言ってくれたんだ。誰かの為に生きてって」

×××(フラッシュバック)
リリ「私の駄目な天使。これからは、私じゃない誰かの為に、貴方自身の為に生きてあげて」
×××

田尻は焦った表情でアリスの顔を見る。アリスは表情一つ変えず田尻を見ている。
アリス「俺は神なんかじゃない。でもそれが誰かの為になるなら、俺は神になる」
田尻はゆっくりナイフを抜く。アリスの腹部から赤い血液が流れ出す。
アリス「……ありがとう。君のおかげで迷いは消えた」
田尻「なっ……だからっ……なんっ……!」
田尻は憔悴した表情でアリスを見る。次の瞬間、轟音が鳴り響く。ホームにいる避難民は一斉に悲鳴をあげる。
藍「アリス様……」
アリス「地上か……?」

○渋谷・スクランブル交差点(朝)
地上に出たアリスと藍。藍は恐怖した表情を浮かべる。
藍「あ、あれは……?」
アリス「……キメラだ」
藍とアリスが見上げる先には、歪な岩のような体に石像の顔、七本の腕を持ち、背中には巨大な翼を持った、全長20m程のキメラと呼ばれる天使が暴れている。キメラの頭上には光輪が浮いている。
藍「キメラ……? き、キメラとはなんでしょうか……?」
アリス「……知らないと思うが、死後の世界は天国しかないんだ」
藍「え……?」
アリス「……人間は死後、魂を神の供物として捧げられる。中でも真に善良な魂は天使として生まれ変わり、罪を犯し穢れた魂は……」
アリスはキメラをじっと見る。
アリス「穢れた魂同士で合成され、意志を持たない実験用の天使へと生まれ変わる。それがキメラだ」
藍「そ、それがなんでここに……?」
アリス「殺しに来たんだろうな。生き残った人間と俺を」
アリスは翼を広げ、キメラに向かって飛んでいく。
藍「あ、アリス様……」
アリス「君は地下に戻ってろ」
キメラが暴れ回り、翼で建物を壊していく。アリスの腹部からは血が流れている。
藍「でも、まだ傷が……!」
暴れ回るキメラとアリスの目が合う。キメラは言葉になっていないような唸り声を上げる。
アリス「心配するな。俺は君達の神様になるって決めたんだ。それに……」
アリスがキメラと対峙する。アリスを視界に入れたキメラは地団駄を踏むかのように暴れ出す。
キメラ「あっ……アっ……あアアあアあッ!」
アリスはキメラに向けて右腕を向け、前腕部を左手で押さえる。リンと音が鳴り、アリスの紫色の光輪が光る。その音と同時に、アリスの右腕がガチャガチャと音を立てる。
アリス「心配されるほど弱くもない」
アリスの右腕が機関銃のような見た目に変化する。


第3話


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集