恥の多い相談事
人物表
佐々木遼太郎(17)高校生
江口悟志(16)高校生
浅野太陽(17)高校生
本文
○東第三高校・教室(夕)
閑散とした教室内、外からは夕陽が差している。教室後方の席には学ランを着た佐々木遼太郎(17)と江口悟志(16)が机を挟んで向かい合う形で座っている。
悟志「……で、相談ってなんだよ。誰にも聞かれたくないんだろ?」
遼太郎「いや、誰にも聞かれたくないっていうか、知っちゃったら迷惑かけちゃうかもしれないんだよ」
悟志「え、何? 面倒な事だったら俺ヤだよ?」
遼太郎「いや面倒な事かどうかもまだわかんないんだよなぁ……
悟志「どういうこと? とりあえず聞かせて」
遼太郎はキョロキョロと周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。
遼太郎「……悟志ってさ、去年浅野君と同じクラスだったでしょ?」
遼太郎が声を潜めて話す。
悟志「あぁ、一緒だったよ。でもあんま喋った事ないな」
遼太郎「浅野くんってどんな人か分かる?」
悟志「いやホントに喋った事ないんだよなー。いっつも本読んでるなーって印象だけ。何? 仲良くなりたいの?」
遼太郎「まぁそうっちゃそうなんだけど……」
悟志「でも優しい人っぽいじゃん。普通に話しかけてみれば?」
遼太郎「うーん……」
悟志「……ってか、遼太郎の方が接点あるだろ。今日の研究発表同じ班だったじゃん」
遼太郎「そう。そうなんだよ。一緒に資料作ったりしたから喋ったことはある」
悟志「どんな感じだった?」
遼太郎「悟志の言うとおり、優しい人」
悟志「でしょ?」
遼太郎「だと思ってたんだよ、俺も」
悟志「え?」
遼太郎「もしかしたら、とんでもなく怖い人かもしれない」
悟志は興味深そうに笑みを浮かべる。
悟志「何それ。詳しく聞かせてよ」
遼太郎「資料作ったって言ったじゃん?」
悟志「うん」
遼太郎「三日前に俺と浅野くんの二人でパソコンルームに残って資料作ってたんだよ」
悟志「おぉ」
遼太郎「そん時俺がミスっちゃってさ、その日作った三時間分くらいのデータを間違って消しちゃったんだよ」
悟志「何やってんだよ」
遼太郎「そう。で、めっちゃ謝って、そしたら完全下校の時間になっちゃって、スゲー気まずかったんだよ」
悟志「そりゃ気まずいだろうな」
遼太郎「浅野くんも電車通学だから駅までは同じ方向で、流石に別々で帰るもの白々しいから一緒に帰ったんだけど話すことがなくてさ。だからとにかく喋ろうと思って、なんかオススメの本無い? って聞いたんだよ。読書好きって知ってたからさ」
悟志「遼太郎全然本読まないのに」
遼太郎「そしたら浅野くんが、じっくり考えたいから今度持っていくねって」
悟志「やっぱ優しいじゃん」
遼太郎「で、その本を今日の朝受け取ったんだけどさ……」
遼太郎は机の中から文庫本を取り出す。
遼太郎「これなんだよね……」
遼太郎の手には『人間失格』の文庫本がある。
悟志「人間失格だ」
遼太郎「そう。人間失格」
悟志「人間失格か」
遼太郎「これってさ、俺に言ってるの……?」
悟志「……人間失格だ、って?」
遼太郎「そう。人間失格だ、って」
悟志「浅野くんが遼太郎に人間失格だって?」
遼太郎「……そう」
悟志「データ消されてブチギレてるかも知れないってこと?」
遼太郎「……どう思う?」
悟志「……いやいやいや。考えすぎでしょ」
遼太郎「考えすぎか? 考えすぎだと思うか? ホントにそう思うか!?」
悟志「ちょっとちょっと、落ち着けよ」
遼太郎「俺もう怖くてさ、浅野くんのこと考えたくないのにずっと考えちゃって……」
悟志「恋みたいだな」
遼太郎「恋だったら良かったのに……」
悟志「でもやっぱ考えすぎだろ。そんな陰湿なことするような人には見えないって。渡された時浅野くんになんて言われたの?」
遼太郎「君に……ピッタリだよ……って」
悟志「人間失格が?」
遼太郎「人間失格が」
悟志「じゃあ人間失格か」
遼太郎「人間失格なの!? やだよー! 人間がいいよー!」
悟志「言い切ってんのが怖いよな。ピッタリだと思うよー。とかじゃなくて、ピッタリだよー、って」
遼太郎「そうなんだよ! 俺は人間なのに!」
悟志「浅野くんに揺さぶられ過ぎだって」
遼太郎「どうしたらいいんだよ……。気が気じゃなくて読むに読めないよ……!」
悟志「いやでもさ、やっぱ考え過ぎなだけだって。浅野くんの真っ直ぐオススメな本がたまたま人間失格だっただけじゃない?」
遼太郎「……そう思うか?」
悟志「読書好きからしたら、人に勧める本として安定の選択肢なんじゃない? まぁ俺だったらそのチョイスは避けるけど……」
遼太郎「……悟志、浅野くんが普段読んでる本、知ってるか?」
悟志「……いや、分かんないな」
遼太郎「ラノベだぞ」
悟志「え? ラノベ?」
遼太郎「そう、ラノベ」
悟志「ラノベなんだ」
遼太郎「近代文学ばっか読んでる人だったら分かるよ!? でもラノベなんだよ! ライトノベルと近代文学は共存できない!」
悟志「滅茶苦茶なこと言うなよ」
遼太郎「絶対に共存できなあぁぁい!」
悟志「今矛先どこ向いてんだよ」
遼太郎「不安で仕方ないんだよ……!」
悟志「そんな不安ならもう直接聞いてみたら? なんでこれがピッタリなの? って」
遼太郎「えー! 無理だって! どう聞けばいいんだよ! なんて聞けばいいんだよ!」
悟志「普通に聞けばいいだろ」
遼太郎「えぇ……? なんで、僕が、人間失格なんですか、って……?」
悟志「別に浅野くんから失格にさせられた訳じゃないって」
遼太郎「合格点は何点ですか、って……?」
悟志「合格点に届かなかったから人間失格、とかじゃないだろ」
遼太郎「……でもそうか。そうだな。悟志に相談するより直接聞いた方が早いか」
悟志「うん。俺はそうだと思うよ?」
遼太郎「……分かった。ありがとう。明日浅野くんに聞いてみるよ」
悟志「おぉ、どうなったか聞かせてくれよ」
遼太郎「うん。ありがとう。じゃあ帰ろっか」
悟志「おう。あ、ちょっと待って。俺トイレ行ってくるわ」
悟志が教室から出ていく。
遼太郎「とりあえず読んでみるか……」
遼太郎はスクールバックに『人間失格』の文庫本を入れると同時に、浅野太陽(17)が教室に入ってくる。
遼太郎「早かったな……。うわぁ!」
遼太郎は驚いて一歩仰反る。
遼太郎「あ、浅野くん! まだ帰ってなかったんだ……」
遼太郎は狼狽えた様子で太陽を見る。
太陽「進路面談があったから。帰る前に忘れ物取りに来ただけだよ。佐々木くんこそ、どうしてまだここに?」
遼太郎「え、あ、えっと、課題やってた! 家だと集中できないからさ……」
太陽「……あぁ、そうだったんだ」
太陽はロッカーを開き教科書を探す。
二人の間に長い沈黙が訪れる。
遼太郎「あ、あのさ……!」
太陽「ん?」
太陽は遼太郎を見る。
遼太郎「貸してくれた本さ……」
太陽「あぁ、人間失格」
遼太郎「あの本、どうして俺にピッタリだと思ったの……?」
太陽「……え? 嫌だった?」
遼太郎「そういうんじゃなくて……、オススメの理由を知れたら読みやすいかなって」
太陽「あぁ、そっか……」
遼太郎は緊張した面持ちで太陽を見る。
太陽「……カッコよくない?」
遼太郎「……え?」
太陽「人間失格がオススメなの、かっこいいでしょ」
遼太郎は呆気に取られた表情。
太陽「……嫌だったら全然、読まずに返してくれていいから。じゃあ」
遼太郎「え、あぁ、また明日……」
太陽が教室を後にする。
遼太郎「考え過ぎてた。バカみたいだ……」
悟志が教室に戻ってくる。
遼太郎「悟志、考え過ぎだったみたい」
悟志「え? なんかあったのか?」
遼太郎「悟志がトイレ行ってる間に浅野くんが来て直接聞いた。カッコつけで渡しただけだって。良かったぁ……」
悟志「へー、こんな時間まで残ってたんだ」
遼太郎「うん。進路面談で残ってたんだって」
悟志「は?」
遼太郎「え? 何?」
悟志「進路面談、一週間前に終わったぞ?」