「Fallen Grace」 第1話 君の駄目な天使
あらすじ
人物表
アリス(761・800)天使
コルト(283・322)天使
クロノ(1000・1039)七大天使
ザックオー(797・836)七大天使
トーチェ(777)七大天使
ジャンルカ(614)七大天使
ユピティ(945)七大天使
リリ(21)修道女
OL
高校生
サラリーマン
本文
○(回想)クラレンシア教会・中(朝)
質素な教会の中、窓からは朝日が差している。木製の椅子がいくつも並んだ先には講壇が置かれており、入り口から正面の壁には十字架が架けられている。講壇の手前には修道服を着たリリ(21)が十字架に向かって祈りを捧げている。講壇の上ではアリス(761)がしゃがみ込んでいる。アリスは黒髪で、背中には巨大な翼が生えている。頭上には光輪が浮いている。講壇の上でしゃがみ込むアリスは、左の手のひらに顎を置いて、見下すように祈るリリを見ている。リリにはアリスが見えていない様子。
リリ「……届いてるかな」
アリス「届いてるよ」
リリ「届いてるといいな」
アリス「俺しかいないけどな」
リリは手を胸の前で組み、目を瞑って讃美歌を歌い始める。アリスは歌うリリを黙って見ている。
アリス「(M)……馬鹿な女だと思った。俺らのことなんて見えやしないのに、毎朝毎朝讃美歌を歌って、どうしようもない女だと思った」
アリスは歌うリリをじーっと見ている。静かな教会内にリリの歌声だけが響く。
アリス「(M)救えない女だと思った。哀れな女だと思った。名前も知らない女だった」
×××(時間経過)
瓦礫の山と化したクラレンシア教会。憔悴した様子のアリスが瓦礫の間に立っている。
アリス「(M)毎朝神に祈りを捧げていた女が、このことを知ったらどう思うのだろうか」
アリスの目下には、瓦礫の下敷きになって血を流すリリの右腕が見える。辺り一体の建物も全て瓦礫と化している。
アリス「(M)君を殺したのもその神なんだって、知ったらどう思うのだろうか」(回想終わり)
○天界・エデンの園(朝)
宙に浮いた直径50m程の円形の大地。大地の輪郭は雲で覆われている。大地の中央には巨大な大理石の円卓が置かれており、七つの椅子が用意されている。円卓の周囲には、実が成った木々が数多く植えられている。円卓の椅子には天使であるクロノ(1039)ザックオー(836)ジャンルカ(614)ユピティ(945)トーチェ(777)がの5人席についており、二席は空いている。5人の天使はそれぞれ、背中には大きな翼が生えており、頭上には光輪が浮いている。
クロノ「12月25日、人間を滅ぼす。これは主による決定事項だ」
クロノはスーツ姿で黒髪のオールバックに眼鏡をかけており、左腕には腕時計をつけている。
ザックオー「ンな重要な話、7人揃ってない時にしていいのかよ」
ザックオーは金髪のロングヘアーで黒のレザージャケットを身に纏っている。
トーチェ「主のご意志だ。揃っていまいが関係ないだろ」
トーチェは赤髪の刈り上げたボブカット、左手の指に煙草を挟んでおり、座りながら両足を円卓に乗せている。ザックオーはトーチェを睨むが気にも留めない様子。
ジャンルカ「んー、まぁそろそろだろうなーとは思ってたけど、想像より200年くらい早かったね」
ジャンルカは巻き毛の茶髪が肩まで伸びており、ベレー帽を被っている。エプロンを身につけており、頬には赤い絵の具が付いている。
ユピティ「……一応、理由を聞かせてくださる?」
ユピティは貴族のようなドレスを身に纏っており、頭には派手なボンネットを被っている。ユピティは目を瞑ったまま、クロノに尋ねる。
クロノ「わかってるとは思うが、人間から上質な魂の搾取が難しくなったからだ。生まれながらに絶望を抱えるような生き物には期待できない」
ジャンルカ「これまでみたいにさ、災害起こして信仰心を高めるのはダメなの?」
トーチェ「もうそのレベルじゃないんだろ。人間という器が腐ってるんだ」
クロノ「あぁ、死んだ土地からは上質な野菜は穫れない。人間を一掃して新たな生命体を作り出し、それを器として魂を磨いてく方が効率的とのご判断だ」
ジャンルカ「そっかぁ。忙しくなっちゃうねぇー」
ザックオー「後から困るよりかはマシだろ。知ってるか? 日本なんて酷いもんだぜ? あんな痛めつけたのに欠片ほどの信仰心も得られねぇ」
ユピティ「……今、日本を担当してる天使は?」
トーチェ「キュート、アリス、キルベックと……」
ザックオー「ンなもんだろ。無能とやらかし組の墓場だな」
ジャンルカ「え? アリスって天啓者じゃなかった?」
トーチェ「降格させたんだよ」
クロノ「あぁ、例の一件でな」
ジャンルカ「あ、あったねそんなこと。もったいないなぁ。良い天使だったのに」
ザックオー「扱いが難しかったから都合良かったけどな。面倒だったろ、アイツ」
トーチェ「持ってる奇跡も厄介だしな」
クロノ「……優秀な天使だったんだがな」
○渋谷・スクランブル交差点(夜)
雪が降っている。交差点周辺の木々はイルミネーションで装飾されている。スクランブル交差点の歩行者信号は赤。多くの車が行き交い、多くの人々が信号を待っている。横断歩道の手前ではコートを羽織ったOLが眠そうにウトウトと信号が青になるのを待っている。信号待ちする人の身体がぶつかり、OLは車が行き交う道路に弾き出される。木材を積んだトラックの前にOLが出てくる。トラックの運転手は急ハンドルを切る。
○同・SHIBUYA109・看板上(夜)
SHIBUYA109の看板の上に、パーカーを着てフードを被ったアリスが、翼を広げて座っている。
アリス「……」
アリスの頭上の光輪がリンと音を鳴らして光る。
○同・スクランブル交差点(夜)
道路に飛び出たOLがいつの間にか、元いた位置に戻っている。
OL「……ん?」
急ハンドルを切ったトラックの車体が揺れ、タイヤがスリップする音が響く。積まれた木材が一斉に傾き、空中に浮かんでいく。宙に舞った木材の下には高校生が信号待ちをしている。
高校生「えっ……」
周囲の人は驚きの表情を浮かべその場に立ち尽くす。リンと音が鳴る。次の瞬間、木材は高校生を綺麗に避けるように落ちていく。
高校生「き、奇跡か……?」
○同・SHIBUYA109・看板上(夜)
看板の上にアリスが座っている。風が吹きつけ、アリスのフードが落ちる。アリスの黒髪が肩ほどまで伸びている。アリスが退屈そうに街を眺めていると、ビルの縁に立つ人影が見える。
アリス「……」
アリスがビルの上の人影を凝視していると、その人影がビルから転落する。
アリス「マジか……」
アリスは翼を羽ばたかせ、目にも止まらぬ速さで飛び降りる人影に近づく。アリスの光輪がリンと音を鳴らす。その瞬間、転落していた人影がアリスの目を見てニッと笑う。人影は翼を広げ、頭に光輪を浮かべた天使コルト
(322)の姿になる。
アリス「……!」
コルト「アリスさん! いつぶりですかね!?」
アリス「コルトか……?」
コルトは茶髪で長い髪を後ろでひとつ結びにしている。
コルト「えぇ! コルトです! またお会いできて嬉しいです!」
二人は翼を広げたまま、その場に舞っている。街ゆく人々には、二人の姿が見えていない様子。
アリス「……何の用だ?」
コルト「冷たいなぁ。お知らせがあってきたんですよ? 貴方の可愛い後輩であるこの僕が!」
○オスカーフィルムズ・スクリーン8(深夜)
誰もいない映画館の劇場内、アリスとコルトがスクリーンの前に立っている。コルトは劇場内を興味深そうに見渡している。
コルト「これが映画館ですか! 陳腐ですねー!」
アリス「映画を観る空間だからな。劇場自体はシンプルでいい」
コルト「へー、外はあんな騒がしいのに。人間って変なの」
コルトは楽しそうに劇場内を歩き回る。
コルト「知ってますかアリスさん? 人間って今際の際に走馬灯っていう都合の良い映画を見るらしいですよ? みっともないですよね。器に過ぎないのに生に縋っちゃってさ」
アリス「……本題に入れ。何の知らせがあって来たんだ」
コルト「あ、そっか。忘れてた。人間、滅ぼすことが決まったんですよ」
アリス、唖然とした表情。
アリス「滅ぼす……?」
コルト「はい。12月25日に。もう三日後ですねー」
アリス「随分急に……」
コルト「まぁ確かに急ですけど、何となくそんな雰囲気はあったじゃないですか。日本なんて特に信仰心終わってるんだし、薄々感じてたでしょ?」
アリス「……」
コルト「地球ごと無くす訳じゃないんで、二、三日もすれば主が新しい生命体をご創造なさりますからねー。ちょっとわちゃわちゃするだろうけど。大変そうだなぁ」
コルトは淡々と話す。
アリス「……もう決まったことなのか?」
コルト「はい。クロノ様からのお達しなので間違いないです」
アリス「なんで……」
コルト「は?」
コルトは真顔になってアリスの元に近づく。
コルト「主のご意志なんですよ? なんでってなんですか?」
アリス「……いや」
コルト「僕達は主の手足に過ぎないんですよ。与えられた指示を全うするだけ」
コルトはアリスの眼前まで迫り、冷たい目でアリスを見ている。
アリス「……分かってるさ」
二人の間に沈黙が訪れる。
コルト「……うん! 良かったです! 今度こそ堕天しちゃうんじゃないかと思って心配しましたよー!」
コルトがアリスから離れる。
コルト「じゃ、それを伝えに来ただけなんで、僕適当に観光して帰りますね! アリスさんも早めに天界に戻った方が良いですよー」
コルトは翼を広げ、劇場の壁をすり抜けて飛び去っていく。アリスはその場に立ち尽くしている。
アリス「主のご意志か……」
○(回想)天界・回廊(夜)
神殿まで続く長い回廊。石材の屋根が柱で支えられ、辺り一体は雲海が広がっている。吊るされたランタンがほのかに照らす回廊を761歳のアリスとコルト(283)が歩いている。
アリス「大体、俺は人間が嫌いなんだよ」
コルトは不思議そうにアリスの顔を見る。
コルト「何でですか? 天啓者なんて人間と直に関わる仕事なのに」
アリス「馬鹿みたいだろ。魂を育てるための器でしかないのに、あんな狭い世界で愚かな争いを繰り返してる。他の生き物よりも優れてると思い込んで、我が物顔で地球を造り変えてる。所詮人間なのに」
コルト「そんなこと言う割に、最近一人の人間に夢中になってるじゃないですか」
アリス「……そいつも愚かな人間のうちの一人だよ。こんな世界で、まだ祈りが届くなんて思ってるんだ」
コルト「あるべき姿じゃないですか。主は祈りを捧げさせるために人間を創造されたんですから」
アリス「あんなに物が溢れた地球で、見えないものを本気で信じてるんだ。よくやるよ」
コルト「……確かに珍しいですね。アリスさんにそこまで言わせる人間なんてよっぽどだ」
アリス「本当に、馬鹿な人間だよ」
コルト「堕天とかしないでくださいよー? 天使であるうちは人間の目に触れないんですから」
アリス「……余計な心配するな。俺は天使なんだ」
○天界・天啓の神殿(朝)
大理石の柱に囲われた神殿内、外は雲で囲われている。神殿内部にはアリスとクロノ(1000)が立っている。アリスは焦ったような表情でクロノを見ている。
クロノ「あぁ、主のご意志だ。ブランデルサンズに地震を起こす」
アリス「……お言葉ですが、その地域にある教会には非常に信心深い修道女が毎朝祈りを捧げています。少々早計なご判断かと……」
クロノ「二度言わせるな。主のご意志だぞ。これは決定事項だ」
アリス「……! ……承知しました」
クロノ「……先刻の発言は聞かなかったことにする。私達は神の手足に過ぎないんだ」
アリス「……決行は何時頃でしょうか?」
クロノは左腕につけた腕時計を見る。
クロノ「……丁度今頃じゃないか?」
○ブランデルサンズ・上空(朝)
翼を広げたアリスが焦った表情で、風を切るように空を飛んでいる。地上から地響きが聞こえる。
○クラレンシア教会・前(朝)
地響きが鳴り揺れる教会。教会の前にダンデライオンの花を持って不安げな表情を浮かべたリリが立っている。辺り一体は地震に見舞われ、建物が大きく揺れている。リリは恐怖した様子でその場にへたり込み、震える手を胸の前で組む。祈りを捧げるリリに向かって、倒壊した教会の壁が上から押し寄せる。
アリス「届いてるからッ……!」
次の瞬間、空から全速力で飛んできたアリスが現れる。アリスはリリに向かって右手を伸ばすが、リリに触れようとした直前、リンという音が鳴る。アリスの動きが、時が止まったかのようにピタッと止まる。アリスの目の前でリリが瓦礫に押しつぶされる。
ザックオー「問題行動じゃねェの、アリス」
アリスが動けるようになる。振り向くと、頭上の光輪を光らせたザックオー(797)が翼を広げて舞っている。
アリス「ザック……」
アリスは憔悴しきった表情で、リリを押しつぶした瓦礫を見る。
ザックオー「なんだ、人間に情でも湧いたか? お前ともあろう天使が」
地響きが鳴り止む。辺り一体の建物は倒壊し、見るも無惨な街並みになっている。
ザックオー「主のご意志に背く行いだ。いくらお前とはいえ、七大天使サマに報告させてもらうぜ」
アリスにはザックオーの言葉が届いていない様子。ザックオーは翼を羽ばたかせ、天に向かって飛んでいく。
アリス「(M)……馬鹿な女だと思った。目の前で起きたことから目を瞑って、自分の無力さを認めるかのように祈ることしかできない。心底馬鹿な女だと思った。それでも……」
アリスは瓦礫の下敷きになったリリの右手を握る。
アリス「なんて名前だったんだろうな……」
アリス「(M)俺は、君だけでも救いたかったんだ」(回想終わり)
○渋谷・スクランブル交差点(夜)
Tー12月25日
多くの人で行き交うスクランブル交差点。パーカーを被ったアリスが力無く歩いている。周囲の人にはアリスの姿は見えていない様子。アリスがぼんやりと待ちゆく人々を見ていると、何人かが立て続けにスマホを空に向けて撮影を始める。辺りがザワザワし出す。アリスが釣られたように上空を見ると、スクランブル交差点の真上にラッパを持ったコルトが翼を広げて空を舞っている。
コルト「初めまして! 僕は天使のコルト! 愚かな人間の皆さんに天啓と贈り物を持って来ました!」
交差点を走る車も運転を止める。運転手は窓から身を乗り出してコルトを見ている。
コルト「聞いてくださーい! 僕達は困ってます! 貴方達人間が腐ってしまったせいで上質な魂が採れなくなってしまいました! ホント、困ったもんですよぉ!」
周囲の人々は興味深そうにコルトをスマホで撮影し続ける。
コルト「どうして腐っちゃったんでしょう? 社会が人間をそうさせた? 産まれながらにしてもう腐ってた? 原罪を背負った時点で人間は駄目だった? 確かにそうかもしれない! 人間は端から終わってたんだ! なら! もう生かしてる意味なんてない! 滅ぼそう! 滅ぼそうよ!」
コルトの光輪が光り、リンと音が鳴る。次の瞬間、交差点に停まっていた車が次々と爆発し出す。辺り一体は悲鳴に包まれる。アリスはその様子をボーッと眺めている。
アリス「……」
コルト「今のは手始め! 僕の爆発の奇跡だよ!」
コルトが右の人差し指で渋谷スクランブルスクエアのビルを指差す。リンという音と同時に、指さされたビルが爆発する。
コルト「本命はこっち! 練習して来たんだから聞いてよね! みんな!」
コルトは持っていたラッパを掲げ、真剣な表情になる。
コルト「……主よ、この者達に裁きを与えよ。全てを灰に帰し、麗しき大地を清めよ。この命により星々よ、この地に降り注げ」
コルトはニヤリと笑い右腕を掲げる。
コルト「ハレルヤ」
コルトはラッパを吹き、右腕を振り下す。コルトの背後には、地球に迫ってくる流星群が見える。人々はパニックに陥り混沌と化す。
コルト「んじゃ! バイバーイ!」
コルトは翼を羽ばたかせ天へと飛んでいく。隕石はどんどんと迫って来ている。アリスがパニックに陥った人々を見ている。
×××(フラッシュバック)
クロノ「私達は神の手足に過ぎないんだ」
×××
ザックオー「人間に情でも湧いたか? お前ともあろう天使が」
×××
コルト「僕達は主の手足に過ぎないんですよ。与えられた指示を全うするだけ」
×××
アリスが無気力な目でパニックに陥った人々を見ていると、座り込んだOLの姿が見える。OLは両手を胸の前で組んで天に向かって祈っている様子。
アリス「おい……やめろよ……」
祈るOLの姿が、アリスの目にはリリの姿に映る。
アリス「そんなことしたって……主のご意志なんだよ……! 俺らは所詮神の手足で……人間は器でしかなくて……!」
アリスは両手で頭を抱え下を向く。
リリの声「届いてるんだよね?」
アリスがハッと顔を上げる。アリスにはパニックに陥り逃げ惑う人々が全員、リリに見えている。
リリの声「届いてるって言ってくれたでしょ?」
アリス「……でも俺は! 俺は天使なんだ! 主には逆らえない!」
アリスは感情むき出しにして叫ぶ。
リリの声「じゃあ、なんであの時助けようとしてくれたの?」
アリスは静かに涙を流しながら逃げ惑う人々を見ている。
○パリ・ルーブル美術館前
ルーブル美術館の前、多くの人々が空を見上げている。空には、地球に迫る隕石が見える。
○ニューヨーク・タイムズスクエア(朝)
多くの人々が空を見上げている。街に隕石が降り注ぎ、辺り一体が白い光に包まれる。
○オランダ・アムステルダム中央駅前
アムステルダム中央駅は跡形もなく、巨大なクレーターができている。
○上海・上海タワー前(夜)
上海タワーは倒れ、街は隕石の影響でボロボロになっている。辺りには爆発によって死んだ人間の体がいくつも倒れている。
○ブラジル・リオデジャネイロ(朝)
隕石が落ちたリオデジャネイロはボロボロになり、一切の音が聞こえないほど静かになっている。
○渋谷・スクランブル交差点・上空(夜)
翼を広げて光輪を輝かせたアリスが隕石に向かって両手を広げている。両手からは六角形がいくつも連なった巨大なバリアが広がっており、なんとか隕石を食い止めている。
アリス「ああッ! あああああああッ!」
地上では多くの人々が宙に止まる隕石を見ている。
アリス「あッがっ……! あああッ!」
アリスは必死の形相で大声を上げながら隕石を食い止めている。次第に両腕が黒く焦げていく。
アリス「(M)どうして、どうしてこんなことをしているんだ俺は! 後悔か? 罪悪感か? どうして! どうしてッ!」
アリスの翼が根本から次第に黒くなっていく。右の目尻から口元にかけて蛇の刻印が現れる。
アリス「ああアアあッ! ああああああ!」
アリスの翼が完全に真っ黒に変色する。
高校生「え……なんだあれ……?」
OL「黒い……天使……?」
地上で隕石を見上げていた人々がアリスの存在に気づき出す。
アリス「(M)こんなことしたって、こんなことしたって意味ないのに! 君が戻ってくる訳でもないのにッ……!」
アリス「あああああああッ!」
アリスの両腕は真っ黒に焦げている。辺り一体が白い光に包まれる。
○天界・天啓の神殿(夜)
神殿内部、クロノとコルトが向かい合って話している。
コルト「東京への裁きは遂行しました! また奇跡が発動できるようになり次第……」
クロノ「見届けたのか?」
クロノがコルトの言葉を遮る。コルトは虚をつかれた表情。
コルト「……え?」
クロノ「二度言わせるな。東京の裁きを見届けたのか、と聞いているんだ」
コルト「み、見届けてはないですけど確実に……!」
クロノがため息をつく。
クロノ「想定していたとはいえ面倒だな……」
コルト「な、何か問題でもありましたか……?」
コルトが恐る恐る尋ねる。
クロノ「大アリだよ。愚か者めが」
クロノが呆れたような表情でコルトを見る。
クロノ「……世界の至る所で堕天が確認されている」
コルトは驚いた表情を浮かべる。
コルト「だ、堕天ですか!? なんで、なんでそんなことがっ……!」
クロノ「どいつもこいつも、人間なんぞに情が湧いた愚か者だったということだ。それに、それだけじゃない……」
○渋谷・スクランブル交差点(夜)
スクランブル交差点の中央、翼は真っ黒に染まり、両腕を失ったアリスが仰向けに倒れている。顔には蛇の刻印が刻まれ、瞳には生気が無い。
アリス「(M)……これで良かったのかもしれないな。後悔だけが俺を生かしてた……。俺の命の使い所はここだったんだ……」
仰向けで空を見上げているアリス。上空に隕石は無くなっている。アリスは力無く顔を横に倒す。黒く染まった翼が視界に入る。
アリス「(M)翼が黒い……。堕天したのか……。仕方ないよな。主のご意志に真っ向から背い……たんだから……しかた……な……」
アリスが絶命する。アリスの周囲には多くの人間が集まっている。集まった人間はそれぞれ、絶命したアリスに向かって手を合わせたり、手を組んだりなど、各々祈りを捧げている。
○クラレンシア教会・中
真っ白な光に包まれた質素な教会の中、リリ目を瞑りながら十字架に向かって、讃美歌を歌っている。講壇の上にはアリスが座っている。
アリス「聞こえてるか?」
リリにアリスの言葉に反応を示さない。
アリス「……聞こえてなくてもいいから、聞いてくれるか?」
アリスはリリの目をじっと見る。
アリス「……俺は君の、君だけの天使になりたかったんだ。……なにもできない、駄目な天使だけど、どうにか君の力になりたかったんだ」
教会内にリリの歌声だけが響いている。
アリス「……ずっと言いたかったんだ。俺は君の歌声が好きだったから、毎朝聴きに来てたんだって」
リリは歌うのをやめ、呆れたような笑みを浮かべる。
リリ「……知ってたよ。ずっと前から、貴方は私だけの天使だったんだから」
アリスは驚いた表情を浮かべる。
アリス「聞こえてたのかよ……」
リリ「貴方だって、私のことずっと無視してたくせに」
アリスは照れたように笑みを浮かべる。
リリ「そろそろ、御目覚めの時間じゃない?」
アリス「え……?」
教会の扉が開く。扉からは眩い光が差している。
リリ「まだ使命が残ってるんじゃない? 貴方を待ってる人達がいるみたいだよ」
アリス「……いいのかな。俺なんかで。俺なんかが、生きたいと思っちゃうなんて」
リリ「いいんだよ。私の駄目な天使。これからは私じゃない誰かの為に、貴方自身の為に生きてあげて」
アリスは涙を流しながらリリを見ている。
アリス「……ありがとう。俺の中に君がいてくれて良かったよ」
○渋谷・スクランブル交差点(夜)
スクランブル交差点の中央。倒れていたアリスが目を覚ます。アリスは不思議そうに身体を起こすと、失ったはずの両腕が元に戻っている。
アリス「都合の良い……映画……」
アリスはゆっくりと周囲を見渡す。周囲にはアリスに向かって祈りを捧げる人々がいる。
アリス「……そうか、祈りの力か」
○天界・天啓の神殿(夜)
面倒臭そうな表情を浮かべるクロノ。
クロノ「堕天で人間の目に映るようになった影響で、祈りの対象がヤツらに集中したんだ。堕天しても天使だからな」
コルト「そんなっ! そんなこと、聞いた頃がありません!」
クロノ「あぁ、前例のない事態だ。お前のような無能は今までいなかったからな」
コルトはビクッとして憔悴した表情を浮かべる。
クロノ「厄介なのはそこじゃない。人間は目の前で、絶命した生き物が息を吹き返す瞬間を見たらどう思うのか、お前は知ってるか?」
コルト「し、知りません……」
○渋谷・スクランブル交差点(夜)
立ち上がるアリス。周囲には人々が集まっている。人々はアリスに対して祈りを捧げるように手を組んでいる。手を組んだサラリーマンが涙を流す。
サラリーマン「か、神だ……」
アリスは困惑した様子。
クロノ「(M)そんな存在を見たら人間は、神だと認識してしまうんだ」
第2話
第3話