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【第194回 開催レポート】「模範郷」リービ英雄
開催日:2021年11月27日
課題図書:「模範郷」リービ英雄
「読むのがしんどかった。何を言いたいのかよく解らない―」
今回、「よく解らない」という感想は、わからないものに対して自分がそれをどう捉えるか、大いにメンバーの感情を刺激した読書会でもあった。
作者の紹介著者のリ-ビ英雄氏は、小説家・日本文学者、法政大学の教授である。1950年 アメリカ・カリフォルニア州生まれ。東欧系ユダヤ人の父と、ポーランド人移民の母親をもち、外交官である父親について少年時代から台湾、香港へ移住、両親は離婚したが、その後、再婚(上海人)した父に会いに日本を訪れる。母国語は英語、第二外国語として中国語、日本語等を操る。
<あらすじ>
1950年代の台湾は、蔣介石が中華民国総統職に就任、日本は1945年ポツダム宣言後、敗戦に伴い大部分はすでに台湾から引き揚げていた。著者は、台・日・米・中が入り混じる旧日本人街「模範郷」で少年期を過ごす。文化とも、言葉ともつながりのない場所、彼は長い間行くのを拒み続けていた故郷へ、半世紀ぶりに訪れる決意をする。
小説は著者が故郷に対して、知りたいけど知りたくない、という複雑な感情を抱いて、中国の奥地や、子供のころの記憶へと大きく迂回しながら現在の台湾へと導く。
この作品を読み始めた時に、「読みにくい…」と思った。まず、作者の育ってきた環境が特殊すぎて、背景がよくわからない。ゆえに、著者が何に対して悩み、葛藤しているのかがよく分からない。しかしたとえ共感できなくても、このような背景を持つ人が隣にいる、存在している、というのを認識するだけでも、とても大事な事だと思うのだ。
ここで赤メガネメンバーに、あなたにとって「故郷、地元」とは何かを質問した。
今回の本にとても心を動かされた、と言っていたメンバーは海外暮らしの経験を持つ。「自分には出身地はあるが、地元が無い、地元がある人が羨ましい」
出身は東京だが、地元から少し遠くなってしまい、そこの友達との繋がりが薄くなってしまったのが寂しい。
故郷は観光地で有名な場所、自分はそこの地元メンバーである、という誇りがあるが、東京に出てきた今、なにか取り残された感がある。
皆それぞれ故郷に対して薄いベールのような哀愁を漂わせていた。そう、これはこの作品の根底に流れている哀愁、喪失感に似ていると思った。もしかしたらここに書かれているこの感情は、普遍の気持ちなのではないだろうか?
今回気になったのは、人は、何によってアイディンティティを形成するのかという事だ。本の中では、著者が自分と似た環境にいた、パール・バックについて関心を寄せていた。国、文化、言葉、自然、住居ももちろんそうだが、私が思う最も影響力があるのは、家族と呼ばれるグループだと思う。子供の時に染み込んだその情報は、おそらく一生その人の血となり、何らかの影響を与え続けるのだと思う。それが時に何かと反応し、その人独自の感情を呼び起こすのではないだろうか?この本は、大きな懐でもって様々な背景の人々を肯定してくれると言っていたメンバー、おかげで、なんとも前向きな気持ちになれた読書会であった。
リービ英雄氏のいたこの時代の台湾を知るには、映画もおすすめしたい。エドワード・ヤン監督の「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」は、1950年末期~60年を背景とした、この時代の空気を見事にスクリーンに閉じ込めたといわれている傑作である。
故郷とは、体に染みついた記憶の中に存在するのかもしれない。