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【第245回 開催レポート】「寒椿」宮尾登美子

開催日:2025年2月1日
課題図書:「寒椿」宮尾登美子

第245回赤メガネの会は、宮尾登美子さんの「寒椿」を取り上げました。
宮尾さんは、申し上げるまでもなく、昭和から平成を代表する女流作家のひとりです。高知の花柳界に生まれ育った自身の体験を生かして、緻密な構成で、風土や時代の中でひたむきに生きた女性の生きざまを描きました。受賞歴が多数あり、「連」で女流新人賞、「櫂」で太宰治賞、「一絃の琴」で直木賞、今回の課題図書「寒椿」では女流文学賞、等々です。2009年には文化功労者に選ばれています。

彼女の作品は、赤メガネの会の課題図書にはこれまで取り上げられていませんでした。実は、私は今回初めて課題図書の担当を仰せつかったのですが、245回と回を重ねている当会なので、取り上げられていない作家さんがはたして見つかるかしらと最初ちょっと不安でした。宮尾さんが残っていてくださって、よかったです。ほっとしました(すでに取り上げられている作家さんをまた選んでももちろんいいのですが、最初なのでできればそれは避けたいと、変なところで頑張りました)。

「寒椿」は連作短編集です。松崎という子方屋(こかたや)に仕込みっことして売られてきた4人の芸妓たちの半生を描いたお話です。容姿も性格も家庭事情も異なる4人が、松崎の実子である悦子(宮尾さん自身がモデル)と共に育てられ、その後様々な苦労とともに生き抜いていく様を、悦子の視点を織り込みつつ、精妙な陰影と確かな厚みで描いています。作者に直接の体験あればこその大変なリアリティだと思いますが、4人と自分とを対比しつつ生き様を見事に描き分けるその感性の鋭さには、ただただ感服です。

本日参加のメンバーに、本作の印象を聞いてみました。

・Aちゃん:今、母が入院しているのですが、澄子はその様子に近い。でも澄子は前向きで、母もこう思ってくれたらいいなと思いました。当時は今の時代とは違いすぎて、とてもつらそうだが、でも前向きなところがよかった。
・Yくん:読めて良かったです。でも疲れた。100年前と現在はあまりに違う。これがリアルか知っている人がどれだけいるのか、というくらい違う。だからギャップに疲れながら読んだ。当時は、子供は親の所有物で、それは今ではあり得ない。今の状況に感謝です。とにかく登場人物が魅力的な作品で、4人の中では澄子が一番好きかな。しゃれっ気のある、男にはたぶんわからないだろう粋な生き方がいい。寒椿というタイトルもいい。

・Sさん:これまで宮尾さんの作品で読んだのは天璋院篤姫のみでした。今回寒椿を読んで、義理の母が澄子さんのようになっていて、思うところもありましたが、描かれている本物の貧困のありようには驚きました。自分が知りえない世界のことが多面的に語られていたのもよかった。ちょっとしんどかったけど。

・Yさん:宮尾さんは初めて読みましたが、冷めたような味わいがきれいで、独特の文章で、筆力というか、4人の個性を描き分ける文章力が素晴らしいです。設定してまとめあげる力、宮尾さんが感じて生み出す世界はすごい世界ですよね。タイトルもいいですね。椿の咲き方には個性があるが、4人の描き分けられ方の個性にそれが通じているというか、よく考えられたタイトルだと思う。

・Kくん:やべーというか、宮尾さんの文章が好きすぎる。その力で最後まで読んだかな。大学の時に尋ねた高知の太陽の暑さ、濃く青い空と海、満州の描写。どれもいちいちその通りだと思います。澄江の個性が4章を読むにしたがって次第に浮かび上がってくる味わいや構成もすごく良かった。日本語うますぎるし、言うことないです。

・Mさん:宮尾さんは好きです。描写がうまい。人の気持ちを描くのがうまい。舞台装置の描写がきっちり描かれているからこそ、人の気持ちがしっかりその上に描き出されるというか。台本にしたらいいような。でもねちねちはしていない。与えられた環境の中で、如何に前向きに生き抜いていくのか、その姿、生き力、息遣いが素晴らしいと思います。

・M(レポート担当):懐の深い構えと精緻な描写が両立する見事さかな。当時の社会背景と4人(5人)の心の襞が、宮尾さんの独特の文体の中で高知の風土と一体となって一つの世界を築き上げているすばらしさとでも言いますか。大変好きな本でした。今回レポート担当になれたことに感謝しています。宮尾さんとご縁ができて、読めてよかったです。

ざっとそのような感じで、メンバーの感想では、宮尾さんが紡ぎ出す世界やそれを可能にする文章力への称賛と、当時の貧しい女性が置かれた環境の厳しさの、大きく分けて2つがポイントだったでしょうか。

文章力に関しては、宮尾さんの作品をまた課題図書にして、ぜひみんなで読みましょう。深い魅力を湛えた作品たち。まだまだ掘り出せるものがあるはずです。私は、高知ものはもちろんですが、歴史ものを読んでみたいですね。彼女が直接の体験を持っていない世界で、宮尾ワールドはどう出現可能なのか、どう構築され展開されるのか、大変興味があります。

いま、世間では某有名タレントや某放送局が絡んだ事象が大きな問題になっています。この本に描かれた、戦前の恵まれなかった女性のありようは確かに苛烈なものでした。しかし現代社会でも私たちの意識や行動の底に、戦前に連なる何かが、決して少なくなく残されているのかもしれません。大変難しい問題だと思います。子供の貧困の問題もあります。子供の7人に一人が貧困といわれる今の日本の現実は、本作の4人の過酷な境遇や生き方を、もう過去のものだとは言い切れなくしているのではないでしょうか。そんなふうに考えたとき、宮尾さんの「寒椿」に描かれた世界は、今につながる問題提起としてもしっかり捉えておくべきものなのかもしれません。

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