平成風俗放浪記③ 女王様とぼく③ 栄 マットヘルス
ある日、わかめ嬢からいつもと様子の違うメールが届いた。
090・・・ついに彼女の携帯番号をゲットした。
自分から教えてとお願いしておきながら、すぐにかけるのにもなんか気が引けてしばらく放置していたら向こうからメールが来た。
「電話して」
彼女のメールはいつも一行。さっそく電話してみると、
「もしぃ」
不機嫌さがありありと伝わる。
「あっ、ぼくだけど」
「ど」を言うか言わないかの間で「なんですぐ掛けてこんの!」と怒気を含んだ声。
「仕事中かと思って」
実際はただ怖気づいてかけられなかったのだけど、もっともらしい言い訳をする。
「ありがとうは?」
番号を教えてくれたことに礼を言えということか。
「ありがとう」
「お礼は?」
今、ありがとうって言いましたよねと思いつつ、彼女は何か物質的な返礼を欲しているのがわかった。
「何がいい?」
「映画!」
「何の?」
「考えとく」
高い商品じゃなくてホッとしたし、映画はぼくも大好きだから嬉しい。
しかし、浜崎あゆみを聴いて「ミナミの帝王」をたしなむ彼女が観たいと思う映画がなんなのか想像もつかなかった。「ぴあ」を眺めて上映中の作品をチェックしても彼女の好きそうな映画が見当たらない。
その答えはメールが来た。
「どらえもん」
ああいうのは春休みとかにやるイメージだけど、春休みはとうに終わっていて、さすがに今はやっていないよなあと思いつつ「ぴあ」をめくるとまだ上映中の劇場があった。
そこは名古屋市内の郊外にある風俗街の古い映画館だった。その劇場はかなり特殊な営業スタイルで、基本はピンク映画の上映館でありながら、週末や連休のタイミングだけ子供向けのアニメ映画をかけていた。
とりあえず上映している映画館があったことを彼女に電話で報告すると、
「でしょう!こないだ看板見たんだて」
彼女に指定された場所へ愛車のカローラⅡで迎えに行くと、そこは上映館の近くの住宅街の公園だった。彼女をピックアップして映画館につくと上映開始までにまだ時間があった。暇つぶしに近所をブラついていると、すぐ近くにヘルスがあった。
「こういう所のお店ってお客さん来んのかなあ」
「バックはけっこういいっぽいから客は来るよ。多分」
彼女はその店に貼ってある求人広告を見ていた。
小腹もすいていたので近くのコメダに入った。わかめ嬢は大きいシロノワールを一人でほとんど食べて「あといいよ」と、ひと口ほどのデニッシュが残っている皿をこちらに寄せる。
ぼくは久し振りのシロノワールを噛みしめながら、なんだか今、幸せなのかもって感じていた。
映画が始まる15分くらい前に劇場へ戻る。もぎりにチケットを渡すと半券と一緒に袋に入ったオモチャを手渡された。彼女はそれを受け取るなり子どもみたいに袋を引き裂いて中身を見た。そのオモチャはスライドパズル的なものだったが彼女の興味をひくものではなかったのか、すぐさまヴィトンのバッグに放り込まれた。
劇場版「ドラえもん」は、ぼくが小学生の頃から毎年上映されていたが、映画館で「ドラえもん」を観るのはこれが初めてだった。
前の回のエンドロールが始まると劇場からぼくの腰くらい背丈の子どもたちが駆け出してきた。
「煙草吸ってくる」
彼女はトイレ前の喫煙所へ入るとマイセンに火をつけている。
館内が明るくなったところで劇場へ入ると、なかなか席を立とうとしないお客さんがいた。椅子にへたりこむ親御さんたちはみんな号泣していて、子どもたちは泣きじゃくるパパママを外へ引っ張っり出そうとしていた。
この頃の劇場版「ドラえもん」のオマケの短編はある意味ヤバかった。
そんな大人たちの姿にひるみながら、30歳目前にして初の劇場版「ドラえもん」を体験する。
場内を見渡すと、かつては一般映画の劇場であったらしく緞帳や2階席の手すりの装飾がやけにゴージャスだった。地元にあった古い映画館もこんな感じだったなあ。
「はよ座りゃー」
と一服を終えて入って来た彼女がせかされ、とりあえず中央列の通路側に座った。夕方に近い回だったせいか開演のブザーが鳴っても空席が目立つ。
上映が始まるとアニメ映画の予告が続き、ポケモンには無反応だったけわかめ嬢もコナンくんは好きらしく、「次、これ観たい!」と興奮している。
本編の方から上映が始まるとぼくはウトウトしっぱなしで彼女から強めのエルボーを何度も喰らわせられた。わかめ嬢は子どもたちと同じところで笑い、同じところで盛り上がる。彼女より10歳上のぼくは子どもたちの親に近いが、彼女はまだ子どもたちの側なのかもと朦朧とする意識の中で思う。
短編の「ドラえもんズ」になると絵柄がガラッと変わった。
同じ劇場版「ドラえもん」でも長編と短編ではこんなにも絵が変わるのかと驚く。続く「おばあちゃんの思い出」を観て、席を立てなかった親御さんたちの気持ちがわかった。これは明らかに引率の大人たちの為の作品で、途中から涙と鼻水が止まらなかった。まわりの子どもたちは退屈していたけど、ぼくも彼女も嗚咽しながら劇場を出た。
それは初めてにして一生忘れられないぼくの劇場版「ドラえもん」体験だった。
「買い物したい」
と言われて「おばあちゃんの思い出」でぽかぽかした心地がすっと冷めていく。多少の持ち合わせはあるけど、そのお金はこの後、彼女のお店へ行くため用意してきたもの。
「どこ行きたい?」
「この近くにでっかい百均があってさあ、欲しいものがあるんだわ」
100円ショップでホッとした。彼女の雑なナビゲーションで行きつ戻りつしながらなんとかお店に到着。そこには大きめの駐車場があって、百均とドラッグストアが並んでいた。
目的の百均へ入ると、彼女は目にとまる物をいちいちいじくりながら、ゆっくり店内を物色する。
「何か探してんの?」
「いーの!」
半ギレでされて凹んでいると、
「あった!これいいよ、絶対!!」
彼女が手にしていたのはレンズの部分に細かな穴があいたプラスティックのメガネだった。彼女はぼくのメガネを奪い取ると、代りにそれを掛けさせてきた。細かな穴の間から見える景色はレンズもないのにちゃんと焦点が合っていた。
「それ掛けると目がよくなるんだって」
そのプラスティックの奇妙なメガネはぼくの視力を矯正するための商品だった。
その後、わかめ嬢はプチプラコスメを躊躇なくかごへ放り込んでくる。
それはいつかテレビで観たマイケル・ジャクソンのお買い物の勢いだった。
百均を出ると今度はドラッグストアへ。
「はい、これ持って!」
こちらも安売りの店とはいえ、百均に比べれば単価が高い。彼女が進む売り場にはペットフードが並んでいた。
「うちさぁ、ネコ飼っててエサこれしか食べないんだわ」
と言いながらペットフードの缶をひと山かごへ落としてきた。
「あと1個だけ」
と小走りで進むわかめ嬢を重いかごを持って追いかけると、彼女は手の中に何かを隠し持って笑っていた。
「いいよ!レジ行こ」
おそるおそるレジにかごを置く。まだそれをかごに入れてこない。レジ係はキャットフードをかぞえていく。最後の2個くらいのところで、それがかごへ投げ込まれた。
赤ちゃん用のおしゃぶりだった。このおしゃぶりはいったい誰の子の為の物なのか。彼女には子どもがいるのか?それとも彼女の姉の子どものためなのか?気になってしようがないけど、あそこまで隠されるとなんか聞きづらい。とりあえずそれで買い物は終了した。
車に乗り込むと、彼女は100円ショップの袋からドリンクホルダーを取り出し、助手席側に設置。そこへ2缶100円で買った見たことのないメーカーのコーラを入れ、タバコに火をつけると買ったばかりのファンシーな灰皿へ吸殻を落とした。
「これ私専用だでね!灰はマメに掃除しときゃあよ」
基本的にこの車にはぼくしか乗らないし、タバコも吸わない。だから元から車にあった灰皿は小銭に入れに変えてあり、使えない状態だったのを彼女はチェック済みだった。
「どこに行けばいい?」
「迎えに来たとこ」
最初に彼女を迎えに行ったところは住宅街の一角の公園で彼女の家がどこかまではわからなかった。彼女はそこで降りて、百均とドラッグストアでマイケル買いした品物を両手いっぱいに持って車を降りた。
「それ、家の近くまで運ぼうか?」
「いい!」
戦利品をよろよろと運んでいく彼女をぼくは車の中から見送った。
ぼくは一旦家に帰ってシャワーを浴び、カミソリで髭を剃ってからわかめ嬢の待つお店へ行った。
プレイルームに入ると彼女はベッドの上であぐらをかき、映画館でもらったドラえもんのスライドパズルで遊んでいた。
「あの荷物ちょー重かったで手えしびれたわ。はよもみゃー!」
前回お店に来た後、マッサージの本を買って予習していたのでその知識をさっそく実践してみた。何に効くのかは忘れたけど、まずは親指と人差し指の間の水かきみたいな部分を指先で挟むように押してみる。わかめ嬢の反応がイマイチなので今度は二の腕をもみ込むとやっと気持ちよさそうな顔になった。はじめは対面してやっていたが、しばらくすると脱力した彼女が崩れるように寝そべった。
横向きになった彼女の片腕をとり、指先から肩へ向けて少しずつもみほぐしていく。目を閉じて指先の感覚だけでもんでみた。肩まできたので彼女の向きを反対に向けようと目を開くと、彼女はもんでいない方の手におしゃぶりを持って、口にふくんでいた。あのおしゃぶりは彼女自身のためのものだった。幼児のように丸まっておしゃぶりを吸うわかめ嬢を前にぼくはどうすべきなのか?
一応、指名料まで払ってプレイをしにきているけど、きょうは放置プレイなのか?
彼女のじゃまにならないようベッドの余白に寝転ぶと何かがぼくをぎゅうっと掴む。
「変態!ギンギンじゃん」
パンツが一気におろされるとさっきのおしゃぶりの代わりにぼくのギンギンな部分が彼女の口に吸い込まれた。目の前にはわかめ嬢のわかめがあった。お互いを口でせめぎ合い、ただただ気持ちが良くなった。わかめ嬢は大の字になると、
「きょうは特別だで、舐めてもいいよ」
彼女の最も大人な部分、そして、色といい形といい高級フルーツのようなおっぱいが、今や目の前にある。これまでずっとお預けだった禁断の果実を万感の思いでほおばった。ああ、ずっとこのままでいたい。
「はい、終わり!」
髪の毛を引っ張られて強制終了させられたが、ぼくのよこしまな想いのたけを彼女は口で受け止めてくれた。
「ボーナスいつでんの?」
終了5分前のタイマーが鳴り響き、ぼくが帰り仕度をしはじめると名刺に何かを書き込みながらわかめ嬢が言う。ボーナスはちょっと前に出たばかりだったが、
「もうじきかなあ」
とお茶を濁す。
「じゃあさあ、ボーナス出たらまた買い物行こみゃあ」
「今度はどこ?」
彼女はそれに答えず、書き終わった名刺を突き出した。
「帰ってから見やあ!」
と言われたがお店を出てからすぐに見た。
「テレビ」
ひとくちにテレビと言ってもピンキリだし、どのレベルのテレビを彼女に求められているのか怖くなった。奮発して20万円もするノートパソコンを買ったばかりでボーナスの残額も少ない。そもそもぼく自身14型の古いテレビで我慢しているというのに彼女に新しいテレビを買えと?とか思いながらも帰り道に家電量販店に寄ってみた。
※このお話は実体験を元にしてはいますが、基本的にフィクションです。