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ごごしま音楽プール2023の記録 (3)


まかせた。 まかせとけ。

5月13日のプール掃除を終えてから本番前日の6月3日までの間、メンバーと直接会うことはなく連絡手段はメールやラインであることに変わりはなかったけれど、僕の中では変化があった。送られてくるメッセージの文字を読むと、プール掃除の時に交わしていたメンバーたちの声が聞こえる。顔も浮かぶ。必要以上に相手を推し量る必要もない。人に会うってすごいことだと思った。たまに意見の食い違いから軽い言い合いのようになっても、それはそれとしてして次へ行こうとする空気がある。自分からメンバーへの返信は、日に日に「まかせた」が増えていった。「まかせとけ」と返ってくる時の気持ちよさ。向こうからの「まかせた」に応えることの気持ちよさ。藤内さんとは時々、進捗の報告を兼ねて電話で話をした。「で、来年はどうなりそうですか?」という藤内さんからの問いに「うーん・・・分からんです」と答えると、笑いながら「そんな寂しいこと言わないでー!」。

フライヤー。素敵なイラストは北村人さん。
フライヤー裏面。

プールに虹をかける。

本番まであと3日。ここ数年は雨に悩まされてきたごごプーだったが、今年はなんと前日、当日ともに晴れが確定。ラッキー。気がかりだった台風も去る見通しがついた。それを受けて会場の装飾やパンフレット、グッズデザイン、広報PRなどを担当しているスタッフの矢野からグループLINEが入る。「ねーねー体育館の装飾なんだけどさ、せっかくだからプールの方に虹作らんかね?」実はここ数回のごごプーは当日に雨が降る確率が高い中で前日の準備をしていたため、体育館に雨天開催用の「第2プール」を作りダブルスタンバイでお客さんを迎えることが続いていた。これがなかなか大変な作業だったのである。

ここ数年は体育館に第2プールを準備していた。

今年は確実に晴れる!と言うことは第2プールの作業が不要になる。であれば今まで手が回らなかった屋外プールに虹をかけたい、というのが矢野の提案。いいね、やろう、と徳永。でも体育館を何もしないで開放するのは味気ない。手間をかけず、今までよりもさらに小さな「ミニプール」を作って風船で装飾し、熱中症の予防も兼ねて涼める場所にしようということになった。矢野はいつも素敵なアイデアを出してくる。それは本番が近づいたギリギリのことが多い。「今それ言うか?」というタイミングで出てくる思いつきは面白くなるのが世の常だから仕方がない。むしろここ数ヶ月、なんだかとても忙しそうではあるものの、それほど楽しそうにも見えない様子が気になっていたから、こうしてまたギリギリのタイミングでアイデアを出す矢野が戻ってきたことが嬉しかった。

本番前日。

6月3日。本番前日。仕事の都合で僕はこの日に大阪から松山に入った。昼過ぎに乗った興居島へのフェリー「しとらす」の船内で、たまたま矢野と一緒になった。プールに虹をかけるアイデアをくれたことに礼を言うと、やっと最近ごごプーのことを考えられる余裕が出て来た、とのこと。「ある仕事からスパッと手を引いた」のがその理由の一つらしいが詳細はわからない。「ごごプーのメンバーとおるんは、ほんとラクでええよねえ」としみじみ話す顔はなんだかすっきりしていた。会場となる旧・泊小学校の校門をくぐると「しまのテーブルごごしま」の藤内さんの姿が見える。挨拶を交わし校庭に目をやると、マルシェのエリアに日除け用の寒冷紗がずらっと立てられていて、フェス立ち上げメンバーの中川さんと彼の会社のスタッフたち(毎回ボランティアで助けてくれる)が作業に当たっていた。彼らにお礼を伝え、脚立の上でロープワークをしている中川さんに遅れた詫びと礼を言うと「ほんとっすよ。僕にちゃんと感謝してください。ちょっとぐらい僕の老後の面倒みてくださいよ」といつもの返事。そのままプールサイドへ。先日の掃除できれいになったプールの水色をした底面に黄色いミカン箱が並べられていた。この色の組み合わせはいつ見ても気分がいい。少しずつ傾きはじめた太陽の影をまとった山の緑が風にゆれてざざーっと音を立てる。それに合わせて大きく深呼吸。ボランティアスタッフにプールへの虹のかけ方を伝えていた矢野が「ほんなら後はまかせた」と言い残して体育館の準備へと去っていった。

すずらんテープで虹をかけていくスタッフ。
夕方に虹が完成。

「今年は間に合わんかったけど。」

プールの底へと下りて、前々日からの会場準備で手を動かしてくれていた徳永と話す。高校の同級生だった徳永と夕暮れ近い学校のプールなんぞにいると、なんだか放課後みたいな気分になった。徳永「客席とステージの向きなんやけど、今やってる横向きから縦向きに変えた方がいいかもしれん」僕「そうなん?なんで?」徳永「今年けっこうお客さんでいっぱいになるやろ?音の届き方や全体の見渡しを考えたらそろそろ限界が来てるんよな。縦向きでやってみるのもいいかもしれん。中川さんと、かっちゃん(PAスタッフの勝間田さん)ともそのこと話しよったとこや」僕「なるほど。ええかもしれんな」徳永「今年は間に合わんかったけど」そう口に出して、来年の話をしていることに気づいたみたいだった。徳永「いやまあ、今年で終わるんやとしたら、それはそれでな、もしお前がまた来年もやりたいってなったら、そういう方法もあるなと思って」しばらく間があった。僕が話す番だった。「正直おれもわからんなっとるんよ。こうやってみんなで準備とかしてたらやっぱり続けたい気持ちにもなる。藤内さんが、思い止まれないか、と言うてくれたこともすごいありがたかったし。やけど、ここまでよく辿り着けたなっていうくらい今回いろいろ大変やったしな。俺も含めてみんな4年前よりも忙しなっとるし。この先もしばらくそれは変わらんやろ」徳永「まあな」僕「プールもワシらもだんだん歳を取っていくからなあ」それを聞いた徳永は少し笑った。僕もつられて笑った。僕「まあまずは、やり切って、それから考えてみるわ」徳永「わかった」僕「明日よろしく頼むで」徳永「まかせとけ」。

(つづく)


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