年間ベスト10〜2024〜
年間ベスト
①マスターゲーム
シュテファン・ツヴァイクの『チェスの話』を50年代のハンガリーの動乱を交え翻案。西側に亡命する列車に乗った若い男女。ひょんなことから始まったチェスの試合。不穏さ、違和感…様々なピースが繋がっていった先にあるもの。かつての闘志、名もなき人々に捧ぐ。見事!
『この世界に残されて』のバルナバーシュ・トート監督作ということで、期待してたが、いやあ良かったな。『この世界に残されて』はその年のベストに入れたくらい好きな映画。また、前作に続きカーロイ・ハイデュクが司祭役で『マスターゲーム』にも出演している。
シュテファン・ツヴァイクの『チェスの話』の映画化に『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』がある。こちらは精神世界と現実の境界線が曖昧になっていく。『マスターゲーム』は、ハンガリーの動乱が背景にあり、列車を通して精神世界とはまた違った世界を演出するのも良い。
②けもの
『ジャングルのけもの』と同じくヘンリー・ジェイムズの小説を映画化。様々な時代をこえ何かを求め合う2人。求めていたものにやっと気づいたというのに、遅すぎた…と気づいた時の絶望。近未来スリラーの世界観も、レア・セドゥの演技も見事。そして、ジョージ・マッケイの役は、当初ギャスパー・ウリエルだったらしく、それも見たかったな…。
③ジャングルのけもの
クラブで踊りもせずただぽつんと“あれ”を待っているというジャン。メイはそんなジャンを好奇心から付き合い続ける。時に離れようとして、離れられず。時代は変わりゆくなか変わらぬジャン。終始勿体ぶって何をしてるのかという映画なのに嫌いになれないから負けた気持ち。
④ハム・オン・ライ
グッチーズっぽい青春ムービー。前半はこの空間にいたら自分が惨めになるだろうな〜という。ひたすら馴染めない子に何とも言えない気持ちになる。きらめきとイタタとまぶしさと。
⑤すべて、至るところにある
行方知れずの監督を追ってバルカン半島を彷徨うエヴァ。出会った人々やインタビューが物語と不思議な作用をもたらし、ドキュメンタリーとフィクションの狭間でエヴァと共に観客も彷徨い、気づけば自分自身をも見つめている。
⑥すべての夜を思いだす
かつてのにぎわいは去りつつも、静かに息づき続ける多摩ニュータウンを舞台に3人の女性のある日を描く群像劇。なんて事ない日常がマジカルで、懐かしさと親近感と。自分の中にあるあの頃が呼び覚まされるような、日常の延長にある心地よさ。描き過ぎない余白も良い。
⑦怒りの河
娘が自殺したことを知り、出稼ぎ先から戻ってきたフー・ダンジエ。娘が自殺するわけがないと、娘の死に関わっているらしいジー・ホンを探し、何と国境まで越え、ミャンマーに。こんな簡単に国境を越えられてしまうのかという驚きと、国境を越え犯罪に巻き込まれる過酷な現実に驚く。
そして父親に見放された娘と、娘を守れなかった父親の関係性の変化も興味深い。そしてフー・ダンジエ役のワン・イェンフイがどことなくマ・ドンソクに近い雰囲気もあって良かった。
⑧ルボ
1人の男の半生を通し、第二次世界大戦下、保護の名目でイェニシェ(移動型民族)の子を強制的に施設に入れ、劣悪な環境に追いやった事実を浮き彫りにする。昨今、ナチスに加担した人々や、ユダヤ人だけではない加害の歴史を見つめ直す姿勢が増えてきたように思う。興味深い映画であった。
⑨またヴィンセントは襲われる
目が合ったら襲われる。シンプルなようでカオス。コロナ禍、SNS社会における見知らぬ人の暴力を可視化したような。対話の限界ではなく、根源的な愛に帰結するところが良き。
⑩エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命
ユダヤ人家族の元に教皇の命を受けた人々が訪れ、“洗礼を授けられた”という理由でエドガルドを半ば強制的に連れ去る。浮き彫りになる権力の衰えに恐怖するローマ教会の傲慢さ。しかし、引き摺り下ろしたところで奪われたものは返ってこない。
俳優賞
河合優実『ナミビアの砂漠』
私も誰かと暮らしたいな〜と思った。可愛いとか、優しいとか、家庭的とか、そんなのばっかり求めないでほしい。ちゃんとしていたくない。泣き叫んで当たり散らして意味不明でも愛してほしい。こっちも別に優しい人も仕事ができる人もいらない。
監督賞
ゼロ・チョウ『流麻溝十五号』
白日テロ時代を舞台に、政治犯として緑島に送られた女性囚たちを描く。確かに白日テロに限らず、社会運動が男性中心で描かれることは多い。そんななか様々な背景を持った女性囚たちの信念のため、それぞれの闘いと連携を描く。そんな映画が作られたことの意義を噛み締める。
オンライントークショー内で、時が経ち男性は緑島にいたことを世間に言うこともできたが、女性は過去が知られれば結婚も就職も難しくなるため言えなかったという。英題はUntold Herstory、“そこに女もいた”ことを語り継ごうとする制作者の意志を感じてに胸が熱くなる。
戒厳令が解除されるも、まだその頃の名残を感じさせる時代を舞台に学生運動を描く『青春の反抗』も女性を主人公に学生運動と女性たちの関係性を描いていた。民主化運動のその先にやってくるであろう、女性の社会進出への運動も感じさせるところが良い。
レア・フェネール『助産師たちの夜が明ける』
鳴り止まぬコールのなか休む間もなく駆け回る。ドキュメンタリーを見ているのではと錯覚するほどのリアリティで描く助産師の実情。しかしそこに新人助産師の成長というしっかりしたドラマもある。夜明けは新たな闘いの始まり…助産師も人間だという叫びが突き刺さる。
偏愛枠
成功したオタク
ある日推しが犯罪者になった……。まさにファンの1人であった監督が改めてあの時の心情や、時間が経っての心境を追う。もっと多角的な視点を期待していたが、個人間のヒーリングにとどまっていて残念。結局、ファンタズムの害悪さを自ら露呈しているだけでは?とすら思った。
映画を見て気になるところや不満点も多かったが、オ・セヨン監督の『成功したオタク日記』を読んで印象が変わった。
1番気になっていた、被害者への言及が映画の中であまりなかったことについて、葛藤がありありと綴られていて驚いた。素直じゃない、映画でも、日記でも格好をつけているとオ・セヨン氏は言うが、私からすると正直で誠実だと思った。