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ヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチ監督 映画『リフレクション』『アトランティス』ネタバレ感想/この地で生きていく、生きている

2022年2月。ロシアがウクライナへ侵攻した。侵攻直後の3月に緊急上映されたのが、ヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチ監督の『リフレクション』『アトランティス』であった。(その後6月に一般公開された)

2作とも2022年のロシアによるウクライナ侵攻以前に制作され、監督を務めたヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチは、ウクライナで生まれ育ち、ウクライナを拠点に映画制作を行う。ミロスラブ・スラボシュピツキー監督の全編手話で制作された映画『ザ・トライブ』の撮影や編集などの制作にも携わっている。

また、『リフレクション』『アトランティス』の2作はベネチア国際映画祭のコンペティションにも選ばれており、『アトランティス』は、第76回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門作品賞を受賞した。

それぞれの映画について見ていこう。


リフレクション

2021年制作(ウクライナ)
原題:Vidblysk
監督、脚本、制作、撮影、編集:ヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチ
キャスト:ロマン・ラツキー、ニカ・ミスリツカ、アンドリー・リマルク
配給:アルバトロス・フィルム

キーウで暮らす医師のセルヒーが、仲間を助けるため従軍医師として東部戦線に向かうが、捕まり捕虜となってしまう。拷問を受け、医師だと知ったロシア軍は、セルヒーを生かす。

拷問によって死んだかどうかを判断させるためにセルヒーを使い、医師として助けることも許されず、死んだら他の兵らと共に遺体を処理する。

本作で1番恐ろしかったのはその処理のシーンであった。一見すると普通のトラックだが、そこには焼却炉があり、遺体を焼いて灰にしてしまうのである。1人の人間の痕跡を消してしまう、そんなことが許されるのかという衝撃であった。

セルヒーはそこで知人が拷問によって亡くなったことを知る。火葬せず埋めて欲しい、後で取りに来ると知り合った処理を任されている人々らに頼み込む。

それはただ生かされて何もできない己の贖罪でもあり、人を弔うという残された人間としての尊厳を取り戻す行為でもある。セルヒーは後に捕虜交換としてキーウに生還することができる。

キーウでは変わらない日常が続いていた。しかし、地獄を体験したセルヒーはその当たり前の日常を送ることができない。娘とのぎこちない交流と何とか前を向こうとするセルヒーの姿。

戦争がもたらす傷の深さは、2度の大戦を経て学んできたはずなのに世界から戦争はなくならない。


アトランティス

2019年制作(ウクライナ)
原題:Atlantis
監督、脚本、制作、撮影、編集:ヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチ
キャスト:アンドリー・リマルーク、リュドミラ・ビレカ、ワシール・アントニャック
配給:アルバトロス・フィルム

戦争が終わった近未来のウクライナ。PTSDに悩む元兵士のセルヒーは、ある日、戦死者の遺体を掘り起こして身元を確認するボランティアに参加する。そこで知り合ったカーチャとの交流を経てセルヒーは、己の傷と向き合い、この地で生きていこうと強く思う。

ディストピア映画であるが、SFと思えないリアルさに衝撃を受ける。地雷の残る土地、核による汚染、それでもこの地に残り生きていくと決める姿は希望でもあり、哀しさでもある。

『リフレクション』でも、死者を弔うことが描かれていたが、本作においても死者の身元を確認し弔うということが描かれている。弔うという行為は、基本的には残されたもののためではあるが、故人の尊厳のためでもある。

まさに2025年2月9日の毎日新聞の記事で、戦士遺体を敵味方区別せずに回収し、家族の元に届けるボランティアについて取り上げていた。フィクションの中の出来事が現実になっている恐ろしさも感じるが、「人間らしくあるため」、戦争の最中であっても人の尊厳が守られねばらならい。『リフレクション』のように、拷問の末焼いてしまうことがいかに恐ろしいことか。

戦争は終結してもそう簡単に全て終わらせることはできない。誰が戦争の後始末をするのか。戦争による傷は、人の心だけでなく、その土地にも暗い影を落とす。それでも生きる、生きていくしかない。

その覚悟を、2014年からドンバス紛争が始まりいつ全面戦争になるかわからない2019年の時点で描いたヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチ監督は、今どんな思いだろうと思うとやるせない。


同じくロシアの2022年の侵攻以前に作られたセルゲイ・ロズニツァ監督の劇映画『ドンバス』では、ウクライナ政府に対して痛烈に批判する。しかし、ヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチ監督は、体制に対する批判は描かず、戦争に翻弄され、それでも生きていく人々を描く。その姿勢には、祈りに近いような希望を強く感じる。

それはウクライナで生きているヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチ監督とウクライナから離れたセルゲイ・ロズニツァ監督の違いかもしれない。勿論どちらが良い悪いの話ではない。

ヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチ監督はロシアによるウクライナ侵攻間も無くカメラを撮り撮影を始めたという。その後の動向はわからないが……。

戦争と日常が紙一重であるかのような恐ろしさが描かれている『リフレクション』、架空の戦争を通して戦後の人々の傷とそれでも生きていく姿を描いた『アトランティス』。いつ戦争になるかもわからぬ状況で、それでも生きていく人々のかすかな希望を映し出す苦しさに揺さぶられ、『アトランティス』はその年の年間ベストに選んだ。


見出し画像(C)Best Friend Forever


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