映画『底なし・・・』ネタバレ感想/離婚寸前の夫婦が揃って底なし沼に!?
ポスターからしてB級映画だが、そのような映画が見たい気分の時がある。そして、案外面白かった!と思うこともある。まさに本作は私にとって、お!面白いではないか!と思うような映画であった。
離婚寸前の夫婦が仕事でコロンビアを訪れる。常に気を張っているようなソフィア。そもそもの性格というのもあるだろうが、プレゼンに向け、気を張っている理由が終盤に明かされる。
一方ジョシュは、そんなソフィアを宥めつつも、怒りの矛先が自分に向かわないようにしているような情けなさがある。優柔不断で、ホテルで待っている友人・マルコスに離婚することを伝えていない。
マルコスの様子や、ホテルの部屋が一室しか借りられていない(しかもダブル!)ことで苛立ちを隠せないソフィア。そんなに憎んでいるのなら何で来たのか、と問うジョシュに、ソフィアは仕事のためと返す。
とにかく何かあれば言い争いになり、互いに強く憎み合っている訳ではないが、同じ方向を向いていない、向く気がないのが感じられる。それが如実に表れていたのがハイキングであった。
最初は行かないと言っていたのに気持ちが変わり、ハイキングに行くというソフィア。ジョシュは他の予定があったが、1人で行かせる訳に行かないと共に行くことに。しかし、ソフィアはジョシュを置いてどんどん先に行く。
そんな仲の悪い2人があろうことか揃って底なし沼にハマってしまう。本作はただ2人が底なし沼にハマって言い争いをし、蟻やら蛇やらの被害に遭い、絶望しきったところで互いの本音を語り、どうにか足掻いて最後は救出される。ただそれだけの地味な映画である。
変な回想シーンがないわけでもなく、随所にチープさはある。底なし沼に2人がハマっている最中、別の人物の物語が多少展開されてはいるもののそれもパッとしない。褒めるところはそう多くない映画の何が良かったか。それはソフィアの吐露の切実さである。
医師であるソフィアは学生の頃から優秀で、有名な病院で勤めていた。しかし、妊娠し、子育てのために仕事を休んだ。その選択は後悔していないという。それでも、母であり、妻であるのと同時に自分はソフィアという人間であるはずが、その自分を見失ってしまったという。
ソフィアが今回コロンビアに来たのは、仕事に復帰するための第一歩だったのである。必死になってプレゼンの準備をして、この仕事で成功をおさめなければと肩に力が入っていのだろう。そのピリつきが前半に表れているのだ。
私は未婚で子供もいないが、自身の母や子育てをしている知人、子供を産むことに悩む知人の話を聞いている。そして、私自身その予定はないとはいえ、今の仕事の状態で長期的に休むのは怖い。自分の居場所がなくなる、キャリアのステップアップがしにくくなるのでは……とどうしても考える。
そんなソフィアにジョシュは「君は最高の母親で子供たちと僕は幸運だ。もっと君を気遣って声をかければ良かった」と口にする。その姿に何故か映画『82年生まれ、キム・ジヨン』を思い出す。
映画『82年生まれ、キム・ジヨン』は原作小説と違い、キム・ジヨンの夫側の心情も映し出す。夫の姿を通して希望を描きたかったのだろうが、結果的に小説のラストの衝撃は弱まってしまい、批判もあるところだが……。やはり、夫側を描いたのは映画化において必要な視点だったと私は思う。
そして、恐らく夫はキム・ジヨンが憑依をするようにならなけば、彼女の苦しみに気づかなかったのではないかと思う。映画では、会社側がセミナーなどを行なって意識改革をしている様子を通して、夫がキム・ジヨンの憑依だけでなく様々な場で女性の抑圧に“気づく”姿を描いている。
キム・ジヨンの夫同様に映画『底なし…』のジョシュは、底なし沼にハマるという極限の状態になってソフィアの苦しみに気づいたのでは。
序盤に、ジョシュは、離婚することを決意したのは、どちらかの浮気等ではなく「互いに変わってしまった結果」とマルコスに説明している。
ソフィアが離婚したいと申し出たら多少引き留めたとしても、最終的には君がいうならと離婚を承諾したのでは……と推測してしまうような優柔不断さがジョシュに感じられた(個人的な所感だが)。
ジョシュは蛇に噛まれ生き延びることを諦めていたが、ソフィアは諦めずに、ナイフをライターで炙って首にできた血栓を除去しようとする。
ジョシュは気絶する寸前に何かを言ったらしいがその内容は観客に明かされない。ソフィアにその言葉は本気かと聞かれると本気だと答える。推測だが、離婚せずやり直そうということを言ったのではないか。
ソフィアの苦しみの吐露からのこの展開は、ちょっとグロテスクだなと思ってしまうのが正直なところ。1人で子供を育てて生きていくより、2人で生きていく方が良いことも沢山あるだろう。そして、人は変われるというのも分かっているが、それ以上に変わらなさも痛感しているのでジョシュが都合の良い人に思えてしまった。
さほど期待していないB級パニック映画であったが、終盤の吐露によってぐっと夫婦関係の解像度が上がり、なかなか興味深かった。蟻や蛇などの地味なパニックも程よく、にぎやかなでチープな映像で興醒めすることもなかった。