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私の読書について
どうして、今なのだろう。
母の本棚にぎゅうぎゅうと窮屈に並べ立てられた本たちを思い出す。
あれらを、私は今なら手に取り最後まで読めるだろうか。母の足跡を追うように、母の言葉を探すように私はどれか一冊でも読むことができるだろうか。
わからない。
何度か手に取ったことはある。挑戦しては数ページも読まずに終わったことだらけだ。
私はきっと活字が読めないのだと諦めていた。
それなのに。それなのに、最近本を読むのが楽しい。
御手洗潔と石岡和己のやり取りをみて、そういえば母はシャーロックホームズが好きだったと姉から聞いた言葉を思い出す。
私が、こんなにも2人を好きなのは母から受け継いだ感性だろうかと何かにつけルーツを定めたがる。
自分の中に母を見つけようとする。
どうして、今なのだろう。
母がもし、まだ生きていたなら。
きっと、きっと御手洗さんのことを好きだったろうと思う。澪ちゃんのことだって。
一緒に、読んだ本の感想を言い合えただろうか。
私は、母に勧められた児童書も読まなかった。今でも読めていない。
いつか、いつかと思っていただろうか。
いや、あの頃の私には読めなかった。ページは開いたが、それでも読めなかった。
どうして今、別の本でならできることが、あの時は出来なかったのだろう。
折角母が私に勧めてくれたのに。
その好意を蔑ろにしたまま私は大人になってしまい、母とは時を重ねることなく生きている。
それなのに今は誰かが勧めている本しか読んでいない。
そして感想を共有して、興奮を、感動を、悲哀を、本によってもたらされた様々な感情を伝え合いたいと思っている。
私にとって読書は1人でするものではないのかもしれない。
誰かからお勧めされた本を読み、感想を伝え、家族や友人に私からもお勧めする。
1人では完結できない。
読書すら1人で出来ないと悲観すべきか、周りの人に恵まれていると感謝すべきか迷う。どちらの気持ちもある。
母の本棚に並んでいた本は、恐らく9割方宗教やスピリチュアルや自己啓発系のものだった。残りが料理本と赤川次郎とか。まだまだ読書に明るくないものでジャンルがわからない。覚えているのはその辺りだ。
私は多分、母が必死に求めてきた救いを探すその行為が怖いのだと思う。
自宅から車で5分も走れば道の終わりにまで辿り着けた。
その向こうは見慣れた海と、小さな島々。岩壁とも呼べない岩肌と雑草の中で、作りかけの道の突然終わる場所。私たちの小さな世界の端っこだった。
私は白い小さな軽自動車に乗せられ、夕日が沈む綺麗な海を眺めていた。母は、その夕日が夜に傾くまで熱心に勤行をしていた。母の葬式には誰1人として来なかった信仰宗教の。
そこにある文字を読むという行為は、きっと、母にとっての祈りだったのだろう。
私にとっての今の読書と、あの時代の母の読書は同じ行為だったろうか。勤行は少し、意味合いは変わってくるだろうけれど。
苦しみや痛みへの答えを、恐らく探していたのだとしたら。本棚に隙間なく綺麗に収まりきれないほどのそのやり場のない、終わりのない希望の一端を探す行為を同じ『読書』と括れるのか。
ただ、母はシャーロックホームズが好きだったと私は聴いたのだ。
これは、多分、祈るような救いを求めるような『読書』ではなかったのだろうと思う。
きっと少女だった母が、今の私が御手洗さんの話にワクワクするように、きっと。
『読書』とは、人や本によって様々な行為に変化するのだと思う。
私も答えや聞きたい言葉を求めて読む本だってあった。
一人で完結できる人も、そうでない人も、ただ楽しむだけの人も、悲しみをそこに見ようとする人もいるだろう。
私は母と同じことをするのを恐れているし、しないでいることも後ろめたく思っている。
いつか私も心の救いを求めて何処かの思想に傾倒してしまうかもしれない。
だけど今は、まだ御手洗さんと石岡君のやりとりに軽率に喜んで、澪ちゃんの健気さに素直に胸打たれ、心を元気にする読書をしていきたい。
今の私にとって、読書はそうでありたいと願う。