11時59分の空
洗い立ての夜空の上
跳ねる足
沈む心
沈む足
跳ねる心
跳ねて、沈んで
沈んで、跳ねて
何処にも辿り着かない
そんな気がしながら足を取られて背中を押されて
何処を見渡しても深い霧ばかり
目的地があるわけでも無いから箒と塵取り
積もり積もった塵の塊を夜空の下に撒いている
どんな事も片付けてくれば、それはそうさ
片付きすぎてしまう
空っぽの四角い缶の真ん中では、片づきすぎた空白が生きる意味を教えてくれる
幸せってつまりはこう言うことで
幸せってなんてあっけない
こんなに片付いてしまったら、まるで何もないみたいじゃないか
『これだから幸せはあまり好きじゃない』と慌てて安心を不安に変えようとする
特技のガラクタ集め
ここまで歩いてくるまでに集めた一生分のガラクタは
こんな時には役に立つ
ガラクタ袋の底を漁り
慌てることはないと眠りにつく
目など覚まさなくても良いようなそんな気がしながらいつまでも
トランポリンの腹の上では
持ち上げられたり落とされたりする体の揺れ
それでも、まだ眠りにつく
そのうち東の空からお日さまが昇ってくる
人生に揺られるまま
お日さまの帰りを待っている
akaiki×shiroimi
この詩のタイトル
11時59分の“空“は
ソラでありカラでもある
人生の答え合わせに必要なこと
姿の見えない道を作る時に必要なこと
そして、人生で迷子になってしまった時に必要なこと
それはきっと静寂だと思うのです
当たり前の毎日に揺られながら、静寂なかで自分とお話をする
そして、空っぽになれば、そこには意図せずとも何かが入ってくる
私自身、人生の迷子になった時やあらた道を模索するときは
いつもこの詩のように道を見つけて来ました
まるで迷子になったかのような人生の道でも、あなただけのお日さまはやがて訪れる
それは私が人生で学んできたこと
そんなことを、詩として表現してみました
akaiki×shiroim
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