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おかえり、『来てけつかるべき新世界』

ヨーロッパ企画の本公演『来てけつかるべき新世界』を観に行った。大阪のおっちゃんたちがわちゃわちゃするコメディ、大感動だったので興奮が冷めないうちにここに刻みつけたい。

時代に追いつかれてもなお面白い

この公演は2016年の再演で、前回は私は直接観に行っていなくて数年後にDVDで観た。そのときの印象は、「近い未来を描いたSFで、大阪のこてこての感じとバチバチのテクノロジーのコラボが新鮮で面白い」という感じで、ドローンとかAIとか既にこの世にあるテクノロジーたちであってもその躍動に確かに強い未来感を感じたものだった。

しかし、2024年に観るこの作品は未来というよりすぐ隣にありそうな、冗談と笑うだけでは済まされないようなリアリティを多分に孕んでいた。例えば冒頭のシーンで歌姫が自分の曲のダウンロードができるQRコードを配るのだが、QRコード決済なども浸透した今見るとだいぶ普通な感じがする。

時代が進んだのだからそれに合わせて脚本ももっと未来っぽく変えているかなと思ったらそうでもなくて、令和の語彙を巧みに取り込んではいるものの基本的なストーリーに変更はなかった。これは意外なことで、なぜなら私は昭和を燻したようなおっちゃんたちと未来のテクノロジーというギャップこそがこの物語の魅力だと思っていたからだ。しかしギャップが少し減った今観てもめちゃくちゃ面白かった。テクノロジーが私たちの肌に馴染んできた2024年に観てもなお面白いというのは、やはり人物造形やら会話のテンポやら、構造だけでない魅力に溢れた劇だからである。

愛すべきおっちゃんたち

ここからは登場人物の魅力をずらずら書いていく(若干のネタバレあり)。諏訪さん演じるトラックのおっさん、土佐さん演じるパチンコのおっさん、石田さん演じる将棋のおっさんは本当に新世界のおっさんたちを象徴している感じで、いつものように集まってきて串を片手に酒に将棋に興じる感じがリアル。彼らのなにげないけど畳み掛けるようなやりとりが絶妙だしヨーロッパ企画らしくて好きである。

中川さん演じるラーメン香港は、不味いと評判のラーメン屋で、ドローンを配達に使ってみたりロボットに追いかけられたりして色々ダサい感じが最高である。上に書いた3人のように常にいるわけではなく、随所随所で出てきて滑稽に振る舞うのがいいスパイスになっている。

永野さん演じるトラやんが私はとても好きである。みんなから乞食と呼ばれてやや馬鹿にされている感じのこの男、とても嫌いになれない。阪神のコアなファンの設定でいつも汚いユニフォームを着ている。衣装のせいもあってかだいぶ小さく見えて、「小さいのがわちゃわちゃしている」感がだいぶ出ていた。一つ一つのリアクションがある種無垢な感じもあって素敵だった。こんなに汚らしくも美しいものってあるのか。唯一のシリアスなシーンはこの男が中心だったのだが、感情の発露がすごくてとても心を掴まれた。

町田マリーさん演じる歌姫はいちばん謎な人物なのだが、自分との掛け合いのシーンが特にすごかった。人格が暴走するというだんだん背筋が寒くなる現象を巧みに描いていた。

角田さん演じるワカマツは、主人公の串カツ屋の向かいにあるクリーニング屋のおっさんである。特にテクノロジーに対する態度の変化が顕著な人物で、そのいかつい見た目も相俟って滑稽である。角田さんはヨーロッパ企画では筋肉オタクとして名高いが、その堂々たる肉体の底力は今回もだるだるのタンクトップによって発揮されていた。人につかみかかるシーンではみんなが止めきれない感じになっていて「ちゃんと止めろや」という台詞が入っていたのはきっとエチュードで出てきたのだろうなとか想像した。そして間口の狭いクリーニング屋の窓から身を乗り出しているのが本当に狭そうだった。

金丸さんが演じたキンジはワカマツの息子で、芸人を目指して東京に行くも芽が出ず帰ってくるという人物だ。金丸さんは世界一周に行っていたらしいので、中盤で初登場した瞬間、金丸さんおかえり!と思ってしまった。東京から帰ってきたばかりの頃のキンジの絶妙なツッコミセンスのなさ、例え話の分かりにくさがすごくて、ちゃんとしっかり滑っていたのでこんなに客席をコントロールできるものなのかと感心した。キンジのストーリーの中でAIがお笑いというものに食い込んでくるのだが、この日は観劇前に行った場所でもAIの発明を認めるかという論点が話題になったばかりだったのでAIとお笑いってどうなっていくんだろうと真剣に考えてしまった。

酒井さん演じるテクノはテクノロジー系のトラブルに端からしっかり対応して解決していくので便利な存在なのだが、それだけでなく主人公への恋心からくるキモい言動が際立っていてよかった。

岡田義徳さん演じる散髪屋のおっさんは飛田新地のAIにガチ恋してしまうという重要人物である。前回は本多さんが演じていたので、本多さんの不在をさみしく思う気持ちもあったけど、岡田さんバージョンもキモさと憎めなさがいい塩梅でとてもよかった。

なんといっても感動したのはお父ちゃん役の板尾創路さんだ。前回は角田さんが演じていて、角田さんの場合はしっかりキャラを作っている感のある演技でそれもいいのだけど、板尾さんの場合はただ存在しているという感じでとても自然で印象的だった。ナチュラルな発声に、娘を頼って2階でニートをやる父の気だるさが薄っすら混じっているのがすごかった。ちょうどいい存在感に惚れ惚れした。

藤谷理子さん演じる主人公のマナツは串カツ屋「きて屋」を切り盛りする若い女性だ。めんどくさいおっちゃんたちと渡り合っていくしっかり者のマナツを、そつなくそして感情豊かに演じる様は見事だった。

みんなが集まる

この演劇は5つの章に分かれていて、それぞれの章の冒頭でマナツによる語りがある。最初は串カツ屋のところで語っていたのが、話が進むにつれてステージの中程のみんながいるところに移動していく。また、ワカマツやお父ちゃんなどの建物の2階にいるメンバーや、画面越しだったテクノもみんな集まってくる。この変化が、どこか彼らを縛っていたものからの解放を表しているように感じる。そして、俺ら全員いるからこその新世界だよ、と言っているような気がするのだ。全員がチャーミングで、彼らが日々色々な要素を持ち込んでくるのに溢れかえったりしない舞台があって、美しい劇だった。

テクノロジーが瞬く間に変化していく今こそ、一度完成された脚本に再び息を吹き込んでくれたのが嬉しかった。しかもこんなにも生き生きと。8年で劇の見え方が随分変わったことに気づけたのは面白かったし、この先も年月を経てどんなふうに変わっていくのかも楽しみだ。

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