死にゆくアップル社(死ななかった)に向けた弔辞を読む

※オススメ本として紹介しようとした『アップル ー世界を変えた天才たちの20年ー』という本について、すでに4年前に別のブログで紹介していました。これはその記事を一部書き直したものです。

今回紹介する本は『アップル ー世界を変えた天才たちの20年ー』。アップルとはもちろんあの、iPhoneとかマックブックとかで有名なアップル社です。この本はそのアップル社の創業から、出版当時の1998年までを膨大な記録やインタビューをもとに振り返るノンフィクションです。 

この本の何が面白いかって、アップル社がスティーブ・ジョブズのもとでiMac、iPod、iPhoneなどを開発し大成功を収める直前に書かれているんです。

現在、スティーブ・ジョブズはアップルを躍進させたカリスマ経営者として世界的に有名で、数々の映画や書籍のテーマにもなっています。

しかし、この本にはジョブズがほとんど出てきません。具体的には全体で371ページある(上)の36ページでジョブズは追放され、(下)の後半240ページから324ページに出てくるのみです。700ページほどある全体で、ジョブズが出てくるのは合計100ページちょっとです。

ジョブズは1985年にアップル社を追い出されており、戻って来たのは12年後。この本が出版される前年の1997年です。しかも、数字だけを見ると、実はジョブズが追い出されてから戻って来るまでにアップルという会社の規模は10倍くらいに膨れ上がっているのです。その上で経営の状態は最悪。ジョブズが戻って来た時はほとんど死にかけの状態でした。

つまり、この本が出版された当時、ジョブズの位置づけは「かつてアップルが今より小さくて勢いがあった頃に追い出されたカリスマ創業者で、ついこの前瀕死のアップルに戻ってきたけどまだそこまで結果は出してない人」に過ぎないのです。

では、この本は残りの600ページで主に何を書いているのかというと、ひたすらにアップル社内の権力闘争のグダグダと、アップルが犯した間違いを描き続けるのです。アップルはジョブズが追い出されてから、トップだけでもジョン・スカリー、マイケル・スピンドラー、ギル・アメリオと三人も変わっていますし、それ以外の経営陣も入れると本書には膨大な数の登場人物が入り乱れています。

もうこれがひどいのなんの。かなり批判的に書かれているせいもあるのですが、やたらキャラが濃い経営陣が、ひたすら誰かを裏切ったり、立場を守るために現場からの提案を却下したりを繰り返すのです。

面白いのは、2000年以降に似たような本が書かれたら(いや、多分いっぱい書かれてると思うのですが)、こんな書き方にはなってないだろうということです。

アップル社の大躍進が分かっている状態で社史を書けば、きっと様々なところに「その後の成功につながる何か」を見つけるような内容になるでしょう。アップル追放後のジョブズの活動にも、もっと焦点を当てて書かれるはずです。しかし、この本は違います。先ほど書いたようにこの本が出版される当時のアップルはどん底で、ジョブズが復活してようやく首をもたげたくらいの状態でした。

具体的には、かつて40ドルで取引されていたアップルの株価は本の終盤では13ドルくらいまで下落しています。そしてジョブズが来て改革が始まって、その期待感で一次的に30ドルくらいまで持ち直したところで、本書は終わっています。

つまり、この本はアップル成功の秘訣ではなく「パソコン業界であんなに輝いていていた一番星、アップルはどうしてこんなになってしまったのか」という、失敗の振り返りとして書かれているのです。だからこそ経営陣のいざこざや、潰されて日の目を見なかった数多のプロジェクトについてこんなに細かく書かれているのです。

この本の著者は本の最後でジョブズの復帰直後の様々な改革について評価しつつも、こう書いています。


スティーブ・ジョブズなら(アップルを凋落から救済)できるかもしれない。だが確率からいって、彼にできることはせいぜい落下速度を緩めてアップルをおそらくあと数年生き長らえさせることであり、やがてより大きな企業に呑み込まれるかついに顧客が誰もいなくなるのではなかろうか。

もう、完全にお葬式モード。

この本は、アップルという会社が本当にもう死ぬと思われていた時に書かれた、弔辞のようなものなのです。そして、その企業が奇跡的に生き返った後にはもう、その空気感を再現することはできません。

今、アップル関連の書籍やスティーブ・ジョブズの映画を観ても絶対に味わえない、アップルという会社に対する「ほんとうにどうしようもねえ」という絶望と落胆がこの本からはひしひしと伝わってきます。

「カリスマのジョブズ」「おしゃれで素敵なアップル」のイメージが浸透し、スターバックスコーヒーにやたらとマックブックエアを持ち込んで仕事をする人が増えている今だからこそ、どうしようもない死にゆくアップルに捧げられた本書を開いてみるのもまた面白いのではないでしょうか。

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