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自立

割引あり


「だからあなたはかなしいの」

prologueを含む全5partからなる短編小説。音楽作品のような構成です。



prologue 旅する瞳

夜、寒さと星の瞬きで私はカーテンを閉めた。
あなたのことを考えていた。
揺らいでいた瞳。

私は今日、嘘をついているか、いないか、確かめるために、目を見た。
繊細な動きをしたその瞳を忘れない。

私を心配しているけど、そして、時々傷つけないで、と揺らぐ。

瞳の奥の真剣を知れば、
あなたが、私のために考えていた時間の様々は想像できた。
あなたはスキルなんかを使わない、真っ直ぐに話す人だった。
それは言葉じゃない。
私を信じてくれた賭け。
あなたは私を諦めたろう。
だって、あなたは一人しかいないから。
私が、あなたを無視した場合、私はこの先の出来事が途切れることも心のどこかで知っていた。
「伝わってほしい」
その度、自分の改善を試みてきたであろう、氷のような暗い影が、悲しく見えた。
ただの笑顔で話すあなたが、とても熱心な人に思った。
なるべく悲しい思いはしたくないですね。

深く痛みを感じたのはあなたなのだろう。
突然気づいた、あの日のあなたの嘘に、身動きがとれないでいた。
きっと、胸の痛み、感じていないはずがないですよね。
あなたは、私の言葉を受け止めた。

あなたを壊す前に、治癒してよかった傷の一つは、誰かのためになるのだろうか。
あなたが言ってくれた、私の作品などが、誰かのためになるのだろうか。

「猜疑心がないあなたのことが好きですよ。」
いつか私が言った言葉だ。

あなたが誰も信じてないことを知る。期待なんかされていない。だからあなたは優しいの。

ひとりだけの世界に落ちていく私は、心の中で思ったよ。
その後ろ姿を見て、
だからあなたは悲しいの。


1part 埋めていく心

風は冷たかった。朝、遠回りして道を歩く程、色んな人が目に映る。

今年は雪が降るのだろうか。雪の日が特に好きというわけではない。絵を描き始めてから、写真を撮るのをやめた私は、時々物をよく見るようになった。

例えば、電球の汚れ、ロッカーのサビ、ピカピカの机、雲の流れ。雪は、綺麗だ、そんな印象がある。海は綺麗だのように。
降る雪や、落ちる桜に自分の気持ちを重ねていた頃、私が盲目だった世界に、光が灯ったのは、いつからだろう。

気持ちの中にいた私は、でっち上げた世界と、目の前にあった世界を行き来している。
あなたがひょいと現れたあの日から、私の死角は、あなたが埋めていた。その死角を、私は暗闇と例えてみよう。
あなたが隣で見守ってくれていたことを知る。

私はちゃんと手を伸ばしたんだ。もう一度。

まるで日記のように書き込んでしまった文章は、絵に似ている。

これが埋めていく作業ですね、barのマスター。

大切にしたいものが多すぎて、触れることが億劫で、私はひとりぼっちだった。
空を見れば、透き通る感情が好きだった。

誰かの言葉は、私にとって雨に似ていた。私の心を突き刺して、悲しくさせるだけの、痛みだった。

だから私は嬉しい。
粉雪のような言葉に出会えて。
粉雪は特に綺麗じゃなかった。想像を膨らませれば。

part2 伊織さんの存在

ふとした時、伊織さんの名前を思いだす。
伊織さんは、私よりも20も年上の女性だ。

伊織さんの謎は耐えない。

伊織さんに抱く敬意は、なんの関係とも言えず、同性であるないにも関わらず、尊いものとして私の中にあった。

伊織さんに生きていてほしい。
そうでなければ、私はきっと死んでしまう。
存在する意味も、見つけられなくて。

「苦しいから、勉強を続けてみました。そうしたら、余計に苦しくなりました。」

伊織さんはいつでも笑う。笑うだけで正直何もしてくれない。
私は伊織さんが生きているから生きてる。

この先にきっと光があるんだと、伊織さんの存在が証明しているような気がして。
私は伊織さんにつきっきりだ。
懐くように。

伊織さんの言葉はいつも余白があった。まるで苦行でも与えられているかのように、私に考える余白を与える。その余白が好きだった。
だから時になりふり構わず私は生きたんだ。

涙が溢れるとは、こういうことを言うんだな。

伊織さんの言葉を考える度、私は何度伊織さんを責めたかわからない。
伊織さんが私にくれたものは、言葉じゃなくて、言葉にならない余白だったからだ。

私は、この余白を涙でしか消化できない。

伊織さんとの出会いや、伊織さんの言葉を書かないのは、私たちは嘘のない世界で繋がっているから、これ以上小説のように嘘をつくことはできない。

part3 だから

だから、あなたの言葉を考える私と、あなたと話したい私。
また一人の時間が増えれば、悲しくなるから、どうか見捨てないでね。

涙があふれる朝、ピアノ。

希望なんて、知ること以外にないのかな。まだ私は苦しいから。
だからあなたは悲しいの。

やめられなくて生きてるの。と心の底が尽きるほど、伊織さんがそばにいた。

last part

時は経つ。時間が経たなければわからないこと、そしてまだわかっていないこと。

あの日大切な人の安否を願った不安の中、私の意志が全てになればいいと思った。

大切な人は、もういない。
私の中にもういない。

風の知らせで、生きていることを知った。

私の死角を埋める誰かの存在は暗闇に指す光のように、
時を超えても生き続ける言葉だ。

だから、私は、悲しいの。

希望を見るために、空白を埋め続けることが、私の中のあなたが、消えていく作業だから。


end

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