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「子ども」は、「子ども」時代を、ちゃんと「子ども」として「親」に自分のしてほしいことをしてもらい、「親」に甘えて過ごすことが必要
『虎に翼』110話から、「親」と「子ども」の関係を考えたい。
ネット上では、航一がのどかにかけた一言「何が食べたい」が話題になっている。これも、どうしてこの言葉、というのも気になるところ。
たぶん脚本を書いた人は、この言葉をひねり出したことだろう。
『虎に翼』航一が父として娘・のどかに歩み寄った“最初の一言” 「ベスト」「優しい愛の言葉」 (msn.com)
だが、この一言でなく、寅子の言葉を取り上げたい。
「最近、よく両親のことを思い出すの。思えば、私は心ゆくまで子どもをやらせてもらえた。二人(朋一とのどか)、優未にも、その時間がなかったのよね。ときどきは子ども扱いさせてくれないかな。」
「心ゆくまで子どもをやらせてもらえた」
朝ドラを見ている方は、寅子のこの言葉はよくわかるだろう。まさに、両親が寅子を大事にして育てる様子が描かれていた。
「子ども」時代を、ちゃんと「子ども」として過ごすことができていた。
反して、朋一とのどか。母親との関係は良好であった様子が描かれたが、父親との関係は・・・。
のどかの言葉。
「私の家は、にぎやかな明るい家じゃない。静かでべたべたしない、干渉しない、そういう家族なの。私の知っているお父さんは、仕事第一で、家族との付き合いが下手な人なの。お祭りにも行かないし、海にも行かないし、入学式の写真で子どもと手をつないだり、散歩にさそったりしない。
朋一もそれに同意。
「それは僕だって思った。正直嫉妬もした。」
父親は、寅子と出会い変わった。そして同居。
その姿に驚く朋一とのどかが描かれていた。
そして、はじめの寅子の言葉につながる。
父親・航一の言葉。
「それは僕がやるべきこと。今までのことは僕の責任です。」
そして、ネットで話題になった航一の「何が食べたい」につながる。
父親には特別な理由があるのだが、子どもはそんなことはわからない。
父親が子どもの関係を絶ったから、今回描かれた二人がある。
父親・航一が二人にしたことは虐待である。ネグレクトである。いくら理由があるとはいえ。母親の死後、二人はどんなに「父親」を求めたことか。
しかし、それでも立派に育っているのは、幼少期にしっかり母親に育てられたから。そして、母親の死後、祖母がしっかり誇りをもって育てたからだろう。
「子ども」は、「子ども」時代を、ちゃんと「子ども」として「親」に自分のしてほしいことをしてもらい、「親」に甘えて過ごすこと
が必要なのだ。