アジア オーケストラ ウィーク2023公演レポート
こんにちは、日本オーケストラ連盟です。
今回は「日本オーケストラ連盟ニュース vol.112 40 ORCHESTRAS」に掲載いたしました、アジア オーケストラ ウィーク(以下AOW)2023の公演レポートをお届けいたします。
毎年、アジアのオーケストラを招へいして開催しているAOWですが、今年は日本とトルコ、韓国からそれぞれオーケストラが参加し、各楽団の個性が光る演奏を披露しました。
公演の様子はYouTubeで配信していますので、ぜひご覧ください✨
地理的には遠くとも、オーケストラ音楽を通して近しい〈なにか〉を強く感じ取る̶̶毎年一度、音楽芸術の原点に立ち返る機会でもある〈アジア オーケストラ ウィーク〉(以下AOW)が、今年も東京オペラシティコンサートホールで無事に3公演開催された。
アジア環太平洋の諸地域からプロ・オーケストラが参加、自国の作曲家やソリスト、得意演目などを中心に披露するこの催しは、そもそも西洋発祥の〈器〉であるオーケストラを、アジア各国それぞれの土で練り上げ、美しく焼き上げてきた、その歴史の賜物が一堂に会する年に一度の機会でもある。2002年にスタートして以来、2020年だけはコロナ禍により中止のやむなきに至ったものの、このように色彩豊かな催事が21年の長きにわたって続いてきたことは、国際交流という点においても深く確かな足跡を残しているに違いない。
常に新しい出逢いを広げながらも、13回目の2014年からは再招聘される楽団も登場しており、今年もトルコから20年ぶりの再登場オーケストラを迎えた。再会を果たすまでの歳月は、それぞれの国とその楽団にも変化をもたらしているが、時が流れてふたたび逢う機会にも、オーケストラ音楽の〈一期一会〉の喜びに賭ける奏者側の熱意はもちろん、聴き手の側の温かくも真摯な姿勢が変わらぬこと̶̶そしてそれを実感できることも、AOWがたゆまず歩んできたがゆえの喜びであるだろう。
2023.10.5(木)
千葉交響楽団
■ボロディン/交響詩「中央アジアの草原にて」
■團伊玖磨/管弦楽組曲「シルクロード」
■ムソルグスキー(ラヴェル編曲)/組曲「展覧会の絵」
初日(10月5日)は日本から千葉交響楽団。音楽監督・山下一史の指揮で、前半は木管ソロも美しいボロディン《中央アジアの草原にて》に続いて、團伊玖磨《シルクロード》の色彩感を豪放に解き放つ演奏と、遙かな絹の道へ日本から思いを馳せるプログラム。後半はムソルグスキー(ラヴェル編曲)《展覧会の絵》で楽団の各ソロに丁寧な表現を聴かせつつ、各曲の絵を彫り込むよりも全曲の世界観を大きくまとめるような視界の広い音楽を一気呵成に響かせた。終曲の壮麗なエンディングを晴れやかな熱量で鳴らしきった演奏には盛んなブラヴォーも飛び交い、アンコールではチャイコフスキー《白鳥の湖》より〈マズルカ〉を賑やかに響かせて愉しく終演。
AOWへの参加は今回初めてとなるが、群雄割拠する首都圏のオーケストラでも(東京に近すぎるがゆえに)東京で聴ける機会が少ない楽団だけに、響き美しいホールでその爽やかな覇気をたっぷり聴けた今回の公演は、新たな可能性に繋がるものだったのではなかろうか。未来への手応えも感じさせる好演だった。
2023.10.6(金)
イスタンブール国立交響楽団
■芥川也寸志/弦楽のための三楽章(トリプティーク)
■ウルヴィ・ジェマル・エルキン/ヴァイオリン協奏曲
■チャイコフスキー/交響曲第4番 ヘ短調 作品36
2日目(10月6日)はイスタンブール国立交響楽団(トルコ)、1827年創立のオスマン帝国オーケストラに祖を持つという伝統あるオーケストラ、AOW2003以来の再登場となる。前回出演時にはいなかったであろう若いメンバーも多くみられるオーケストラ、同国出身でアメリカなど広く活躍してきたベテランのギュレル・アイカルが指揮台に立ち、まずは芥川也寸志の《弦楽のための三楽章(トリプティーク)》から。作曲家自演を知る聴き手なら仰天するほど腰の重いテンポ感から、芥川のソ連音楽への傾倒ではなく、アジア音楽としての色が濃く立ち上がるのは今回ならではの体験だ。演奏伝統から自由な立場からの、作品の芯を深く掴んだ表現は荒々しくも圧巻だった。
続いて〈トルコ五人組〉の一人でもある大家ウルヴィ・ジェマル・エルキンが1947年に発表したヴァイオリン協奏曲を、同国のヴァイオリニストで古典からトルコ音楽まで録音も数多いチハト・アスキンの独奏で披露。めまぐるしい拍子の変化が民族音楽的な旋法を生かした詩情をかきたてる第1楽章から、ソリストのフレーズ感とアンサンブルのリズム感との齟齬が目立つが、陰翳豊かな緩徐楽章のソロといい色彩感の豊かさに惹かれる。疾走感ある終楽章でもオーケストラの重さが気になるが、これは解釈の問題でもあろうか。アンコールで日本古謡《さくらさくら》をソリスト自身の無伴奏編曲で披露、これまた音色の深みをみせて客席も沸いた。
後半はチャイコフスキーの交響曲第4番、自由なアンサンブルも徐々に歯車がはまってゆくような高まりに重厚な印象を彫ってゆくなか、時折意外なためもみせつつ豪放磊落な音楽を展開。熱い拍手に応えたアンコールにエルキンの代表作、舞踊狂詩曲《キョチェクチェ》からの1曲が披露されたが、これが解放感と色彩感のないまぜとなった昂揚も鮮やかな秀演で、次に楽団を聴ける日にはぜひ全曲も、と思わせる良き贈り物だった。
2023.10.7(金)
韓国チェンバー・オーケストラ
■シューベルト/序曲 ハ短調 D. 8
■ピアソラ/ブエノスアイレスの四季
■ユン・イサン/弦楽のためのタピ
■ドヴォルザーク/弦楽セレナーデ ホ長調 作品22
最終日(10月7日)は韓国チェンバー・オーケストラ。1965年創立、世界各地での演奏も重ねている歴史ある弦楽アンサンブルのAOW初登場だ。音楽監督を務めるヴァイオリニスト、キム・ミンの弾き振りで、シューベルト若書きの《序曲ハ短調》D.8から、手応え美しい重厚にも緻密と流麗の良き昇華を聴かせる。ピアソラ(デシャトニコフ編曲)《ブエノスアイレスの四季》では、国際的に活躍を広げるヴァイオリン奏者ユン・ソヨンを独奏に迎え、奔放な表現も絶妙なコントロールで惹きつける彼女の表現を、アンサンブルも緩急自在に受けとめて素晴らしい。首席チェリストの独奏も美音にこく深く見事。ユン・ソヨンがアンコールにイグデスマン《ファンク・ザ・ストリング》を弾いて熱い拍手に応えた。
後半はまずユン・イサン《弦楽のためのタピ》を、この曲のみキム・ミンが指揮者として立って披露。つづれ織りを意味するタイトルを持ったこの傑作を、しかしほどけることない緊迫感にもしなやかさを失わず歌い切ったのち、最後はドヴォルザークの弦楽セレナーデ。典雅な優しさとまろやかな響きをメンバーが共有しあったアンサンブルは、アンコールのマルムステン《別れの手紙》、韓国民謡(キム・ヒジョ編曲)《キョンボックン・タリョン(景福宮打令)》まで、どこか幸福感に包まれたものだった。
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土地も歴史もアンサンブルの特色もまるで異なる3団体を聴き比べるという希有の機会を通して、それぞれの豊かさと美しさの差異を感じ味わうことも、あらためて良き体験だった。こたえの限られない多種多様な価値観を表現し、実感できるオーケストラというメディア̶̶その力と可能性をあらためて実感できたことは、AOWが長らく継続されてきたがゆえの実りでもある。各位の尽力と豊かな出逢いに感謝しつつ、来年以降も引き続き楽しみにしたい。
文:山野 雄大(音楽評論家) 写真:藤本 史昭
2023年11月30日発行
「日本オーケストラ連盟ニュース vol.112 40 ORCHESTRAS」より
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