巣からちょっとずつ出てこ
残り一ヶ月を残す今年、自分の中で色々なことがあったと思う。
一時期は自分の巣に籠もりきっていた時期もあった。
誰とも話したくない、会いたくない。誰かに本音を話してしまうと、自分がギリギリで保っているペースが崩れて何もできなくなる気がした。
自分を一番分かってくれるのは、お気に入りのぬいぐるみを介した自分。
それなりの外面を繕って、なるべく自分だけの巣に籠もることで、安心を得ていた。
籠もっていた時期は、これでもかというくらい自分を見つめることができた。色々な感情を知ることができた。
抑え込んできた自分の部分、純粋な部分を、まだ癒やしきれてはいないけれど、分かってあげることができた。
でも、籠もれば籠もるほど、本当は自分の中にある明るさや外向性が失われていく感じがしていた。
今やっと、少しずつ、段々と、本来の素の自分で人と交流できるようになってきたと感じている。
と同時に、自分で自分の好きなところを認められるようになってきた。
私は、人間が嫌いなのにめちゃくちゃ人間味があるところがある。
ポーカーフェイスを装うこともあるけど実は感情豊かだし、無意識に色々を「心」で感じて生きている。
それに気づかせてくれたのは友人との会話。
自分のことに気づかせてくれるだけじゃなくて、やっぱり友人との交流は温かい。自分が大事と思えるそういう繋がりは疎かにしてはいけない。
一時期の自分は、籠もることが必要だったのだから仕方ないけど、これからはもっと巣から出ていきたいと思う。
想像だけで外の世界を理解しないで、交流を通じて色々な人がいることを体感しながら生きていきたい。
偏りすぎた思考に固まらないためにも。
ここ最近の私は、どん底にいたいつかの私よりも圧倒的に生き生きしている気がする。
鏡の中の自分の目を見れば分かる。
人と話している時の自分の声を聴けば分かる。
結局全部は無駄じゃない。
暗い時期はとことん沈んでいいと思う。
絶対にまた浮かんでくる時期は来る。
まあ、どん底だったと思う時期だって、どん底というどん底でもないかもしれないなとも思う。私はなんだかんだギリギリのところで自分で自分を甘やかしていたし、多分なんだかんだ誰かに少しずつ甘えていた。
自分が浮かんできているなぁと感じると、また沈むことが怖くなってしまうのだけど、あんまり考えすぎないようにしたらいい。そのときはそのとき。
内向的な自分と、外向的な自分の、最高なバランスでいきたいなと思いつつ、そう上手くはいかない。
でも、持続的に自分が生き生きしていられるように工夫していこう。