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数年来の思いと葛藤。それでも私は自然と人を繋げたい。

鳥に救われた話

今朝、街中で売り物の車の上に乗っているイソヒヨドリを見かけた。
青味を帯びた体に、胸元からお尻の方までを覆う炎のような朱色の羽毛。よく見かけるヒヨドリとは少し違う見慣れないその見た目は、妙に魅力的で心が躍った。

と、同時に、私の中にいつかの感情が湧き上がった。

それは中学校時代に遡る。私は毎朝、川沿いの道を通って登校していた。
比較的流れの速い川では、鴨や鷺がよくいるのだ。

彼らは、速い水に流されたり、石の上で休んだり、餌を探したりしていた。時に飛んでいる姿を見ることもあった。

純白の白鷺は清らかでいて、優美だった。
鴨たちの、そのふっくらとした胸とコロンと水に潜る姿が愛おしかった。

彼らは、意図せず私を救った。

そのころ家庭で地獄のような苦しみが続き毎日のように泣いていた私を慰めたのだ。それはもう、言いようもなく。私の目には、彼らがどうも自由の象徴であるように見えた。彼らを見ていると、檻の中にいる感覚から解き放たれるように感じた。どうしようもない人間の醜さとはかけ離れた存在。それは、神聖な幻想をもって私の心を生き長らえさせてくれたのだった。私は度々その美しさに涙を流した。

それからというもの、水鳥を始めとしたあらゆる鳥は、私にとって神的な存在となった。

環境問題への関心

丁度それくらいの頃に海洋プラスチックなどの環境問題について知ることになり、私の思いは、人類の発展の弊害とあらゆる自然の神秘を行き来することになる。自然と向き合うということは、あらゆる葛藤にまみれていた。

高校生の頃には、部活の遠征のバスの中で何故かプラスチック製品に頭を巡らせ、呪った。自分の好きなキャラクターのグッズも、あらゆる日常の道具がプラスチックでできているという事実を受け入れられず、病みかけた。

大学生になると、より深く環境問題について学ぶ機会を得る。ビジネスや政策、科学技術の中に、環境問題に関わる解決策があることも知る。同時に、国際規模の環境問題解決のために部分的な生態系が犠牲になる実態もあることも知る。例えば電気自動車の生産のためにリチウム産出国で環境汚染が問題になること、ソーラーパネルの設置のために里山が犠牲になること、二酸化炭素を出さずクリーンだと言われる原子力発電も、一度事故が起これば環境汚染は免れないことなどだ。

あらゆる環境問題を、同時に解決することは困難である。
それを悟った。

そして人間が発展し続ける限り、高い生活水準を維持し続ける限り、自然の資源は利用され枯渇していく。またある場所で高水準の生活を維持しながら環境に配慮した生活を送ろうとすれば、地球のどこか別の場所で問題が噴出することもある。

勿論、なるべく問題を転嫁させないような技術や策は沢山あると思う。
でもなんだか。なんか違うんだ。そう思った。

私は一時期、過激な環境思想のようなものに傾きそうになった。そもそも、私が自然の大切さに導かれたきっかけが人間に嫌気が差したことだったからというのもあるだろう。極端な話、鳥たちがこの地球に生き延びるのであれば、人間なんて絶滅して良いじゃないかと思っていた。人類に対して、どこか冷めた見方をしてしまう自分がいた。でも自分も人間で、私の身の回りの人を考えると、それは守りたいと思うのだった。圧倒的矛盾だ。けれど、本当にその時が来たら、私は鳥類、ひいては地球のためにだったら死んでもいいと思っている。鳥は、私にとって地球の象徴である。死ぬのは怖いけど、そういう理由だったら仕方ないと思う。いや、こんな偏った正義感を持たなくても鳥は私なんかよりも強いのだろう。でも、人間の行動によって居なくなってしまう鳥がいることも事実だ。

とにかく、私の頭は堂々巡りだった。自分の生活に罪悪感を持っていた。
いわゆるエコギルティというやつだ。

栄養価の高いアボカドは生産に多大なエネルギーが使われていると知って、なんだか罪悪感で買わなくなったし、輸送に係るCO₂のことを考えてなるべく国産品を買うようになった。しかしアフリカ産のルイボスティーは飲む。はたまたアニマルウェルフェアの観点から、普通の卵は到底買えないぞと思い、平飼いの卵を高い値段で買うようになった。が、今では財布の事情で泣く泣く諦めることが多い。そして牛は環境負荷が高いというが、月に一回は牛丼を食べている。また人にも環境にも優しい商品は高価なことが多いが、それを買うためのお金を稼ぐ手段もエシカルでない限り、本当にエシカルとはいえないと思ってしまう。

結局、キリがないのだ。

そんな私に響いた本は、福岡伸一さんの『動的平衡』、斎藤幸平さんの『人新世の資本論』、鬼頭秀一さんの『自然保護を問いなおす』などだった。

動的平衡の考え方では、全ては巡り巡りながら、形を保っているんだと納得がいき、ある意味私を安心させた。

また鬼頭秀一さんの本を読んで、そもそも人と自然が分離してしまっている今の現状が私の違和感の原因か、と附に落ちたのだった。ああ、ならばいっそのこと私は私は自給自足の生活をしてみるべきだろうか、と何度か考えた。けれども、私は私の生活を根本からはとうとう変えることはできなかった。現代社会にどこか安住し続けることで自分の生活を守った。斎藤幸平さんの言うようなコモンが各地で実現したら素敵だなと遠目で願いながら。

そう、私は例に漏れず現代社会の恩恵を少なからず受けている。
Amazonを利用するし、洗剤やティッシュを人並みに使うし、電気がないと生きていけない。
幼い頃は、自然と戯れるよりもゲーム機に熱中する時間の方が長かった。
小さい頃から、エネルギーを沢山使う環境の中で、生きている。

今は、ファストファッションの倉庫で働き、生活のためのお金を得ている。一方リユースショップでも働いているのは、この視点から見ればせめてもの信念との一致が見いだせるかもしれない。色々な見方はあると思うが、物を長く使い続けること自体は純粋に良いことだと思う。かといって私自身は、まだ着れる服を売りに行ったり再生させることも面倒で、捨ててしまうことが多々ある。買う服は今ではほとんどリユースのものだが、それは単に安いからという理由も大きい。

なんだろう。自然への思いは大きいが、一向に中途半端な自分。

それでも、自然を知るための体験に踏み込んだこともあった。

例えば学生時代、里山保全のNPOの活動にインターンで参加したことがある。木を間引いたり、池で外来種のザリガニを駆除したり、子供たちと自然を観察したり。木を切る作業は、真夏の季節でとにかく蚊に刺されまくった。池での作業は、臭かったという記憶しかない。ひらすら網にかかったザリガニや他の生き物の数を数えて長さを測ったんだっけ。ブルーギルの稚魚の生々しさをふと思い出す。

また自然観察会で子供との接し方が分からない私は、怖じけず虫を捕まえまくる勇敢な子供達をそっと見守っていた。彼らの姿を見て背中を押され、バッタやカマキリを素手でつかまえられるようになった。

その団体では、定期的に里山で見られる生き物の記録を溜めており、温暖化の影響で姿を見られなくなった種や、逆に北上してきて姿を現すようになった種もいることが分かった。いくつかの種に詳しくなった。そしてその団体は、市の開発の手から里山を守ることにも精力を尽くしていた。

そこではたくさんの学びがあったが、インターン終了後はめっきり参加しなくなってしまった。会報だけ読んでいた。里山に行こうと思えば行けるのだが、何かと理由をつけて距離を置いてしまっている。

また大学卒業後の進路として、直接的に環境保護に関わる職、例えば環境保護団体などで将来働くことを何度か考えた。でも、結局怖じ気づいて、あるいは葛藤の結果、ビジネスで環境問題を解決しようとする企業へ入社した。でもこれはたまたま住む場所の近くに本社があったからという理由も大きかった。そうとはいえ、これは運命の巡り合わせだと意気揚々と入社したのが1年半前。会社で学ぶことは面白いことは面白かったが、やはりどこか私の信念とは根本がくい違っていた。その時の上の上の上の方とはびっくりするくらい価値観が異なり、あぁ私はこの世界ではやっていけないなと悟ったのだった。

私の思いと夢

ここまで書いてきたことで既に分かると思うが、私の思いは矛盾だらけだ。

私は、「自然を大切にしたい」という思いで生き物を愛でる。けれど、特定の生き物は苦手だ。例えば、ゴキブリは薬剤で殺す。これはもはや身を守るために当然だと思っているから不思議だ。

その他、「環境負荷をかけたくない」という私の信念はどこで担保されているかというと、無論「車を持たないこと」であると思う。これは、自分が住みやすい街で一人暮らしをしているからできることだ。家族を持つ、あるいはど田舎で普通の生活をしようと思ったら、それはもう車がないとなかなか生きていけないだろう。それでも私は車社会よりも自転車あるいは徒歩で生きれる社会が広がることを望んでいる。

一緒くたに語ってしまったけれど、私は結局いいとこ取りしかせず、それ故あらゆるジレンマに苦しむだけの一人の人間。
いっそのこと出家でもするかと一瞬思ったこともあるが、その考えも結局没である。

私より自然と一体となって生きる人達は、沢山いる。
この国でも、世界でも。
自然に救われ、自然に揉まれ、生きる人々。

私は、そこに踏み込んでいく度胸も気力もない。
食べている肉がどの個体のものかも知らない。
そして結局、人間一人の行動はちっぽけだ。
だが人は自然の一部であり、力を持ってしまった一つの種として生きている。

私は、無力だ。それでも私は、少しでも自然と人を繋げることに関わりたい、そういう思いはどこか持ち続けていた。

今、ヘルマン・ヘッセの『ペーター・カーメンツィント』という小説を読んでいて、主人公のペーターが私と似た思いを抱いていることに共感を覚えた。

私は、小説などの創作の中で自分なりの自然を表現したいと思うし、そこで人と自然の繋がりを感じさせられるものが作れたら素敵だと思う。

そう、「自然と人を繋げたい」という観点からも私が行き着いたのが、創作だということ。

ある意味逃げなのかも知れないけれど。
だって本当は農業をしたり、自給自足をしたり、あるいは環境保護に直接関わったり、そういうことをする方が遥かに実践的で、自分の理想を深めることができると思うから。

でも、私の中にはどっちつかずの色々な私がいるのも確かで、それも含めて全てが私である。
そして良くも悪くも繊細な私がいて、冷たい私もいて、怖がりで弱い私がいる。

こんな私に少なくとも今できることは、何かしらの形で表現を試みることなんだと思っている。それだけは、やっぱり日々迷いある中でも確信をもっていることだ。

自分を追い込みすぎては元も子もないから、時には自分の重い気持ちから離れながらも何かを書き続けていきたい。

何かに囚われすぎてダメにならないように、エネルギーを上手に分散しながら思いを実現していく。

その思いとは、自然と人を繋げたいという思いだけではないと思う。
でもいずれ、書いていけば自分の色々な思いが見えていくはずだ。

私なりに思いを乗せた渾身の物語を沢山作り上げていけたら素敵だな。夢。

ふと色々湧き上がってきてここに思いを書いてみたけど、収拾がつかない。少し自分の凝り固まった部分も表れているかもしれない。ここで終わりにしよう。では、おやすみなさい。



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