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研究書籍「恨の誕生」が出版されました

ドラマファンも、恨(ハン)という言葉は聞いたことがあるのではないでしょうか。2003年「冬のソナタ」ブームも、2019年「82年生まれキム・ジヨン」フィーバーも、恨(ハン)で説明されることがあります。

「恨み」と書いて「ハン」と読む。「恨の誕生」は、韓国における恨(ハン)の構築から、現代の日韓問題でも頻繁に取り上げられる言説までをおよそ70年にわたり追いかけた私の初の大作(400頁強)です。今日はそこから、「恨の情緒」について紹介したいと思います。

韓国人らしさとは何かの追求

恨の情緒は、植民地解放後60年代に韓国文学の中で盛んに議論される中で、民族の固有性、民族的感情、審美性つまりは「韓国人らしさ」として見出されました。朝鮮半島に生きてきた人が古来から持っていた感情・思想であるとして、この時代に「発見された」のです。

恨はそれまで韓国の人々が、日常的に用いていた語でもありました。しかし、文学界において民族的情緒として発見されて以降、民俗学、心理学、神学・宗教学など他分野にも研究が広がっていきます。また、思想界では「恨とは何か」が追求され、難解かつ高尚な思想へと高められていきました。

ここでは、韓国の人々がイメージする「恨の情緒」の典型となる詩を紹介します。この詩は韓国で最初に教科書に掲載された詩ともいわれ、韓国で義務教育を受けた人なら誰でも知っている詩です。

「つつじの花」   金素月

わたしを見るのもいやだと去っていかれる時は
なにも言わずに送ります

寧邊(ヨンビョン)の薬山に咲くつつじの花
一抱え摘んで あなたの行く道に撒きましょう

あなたの行かれる一足ごとに 置かれたその花を
そっと踏みしめながら行ってください

わたしを見るのもいやだと去っていかれる時は
決して涙を見せません

筆者訳

未来に訪れる離別を歌うこの詩を書いた金素月(1902−34)は、韓国を代表する詩人です。「オンマヤヌナヤ(母よ姉よ)」「山有花」など、彼の詩にはメロディーが付けられたことで、よく知られているというのもあります。「つつじの花」は応援歌としても親しまれています。

せっかくなので、一般的によく知られている声楽曲として作られたキム・ドンジン作曲(1957年)の「つつじの花」を聞いてみましょう。

次に、応援歌として歌われているバージョン。東国大学の応援団である白象(ペクサン)応援団で80年代に歌われたのが始まりとされています。その後、東国大学に限らず、広く応援歌として歌われています。同バージョンの曲をロック歌手Mayaが2003年にリリースしています。

こちらは、金素月のひ孫で声楽家のキム・サンウンさんが歌う「つつじの花」。金素月生誕110周年(2012年)を前に、イ・グォンヒさんが作曲し直したものです。(これは私も初めて聞きましたが、意外にステキなメロディーです)


さて、本題に戻って。この詩のどこが「恨の情緒」なのでしょうか。「つつじの花」にはさまざまな解釈がありますが、典型的な解釈の一つを紹介しましょう。

「自分を捨てて去って行く人を恨まずに送り出している」「別れを受け入れるにとどまらず、つつじの花を蒔く行為がその人を祝福していることを表している」「自分の分身ともいえるつつじの花を踏んでいけという表現が、自虐的(自己犠牲)である」「最後の決して泣かないという宣言は、相手への配慮であり感情のセーブであり忍従の姿勢である」というものです。

こうした解釈にも見られるように、「つつじの花」は自分の運命や人生を自虐的に捉えている、その自虐を美しく表現したものだとされました。こうした情緒を、戦前の日本人民芸運動家である柳宗悦が韓国の伝統芸術を「悲哀の美」と呼んだことに重なります。柳の「韓国の芸術=悲哀の美」説は、「韓国らしさ」は「恨の情緒」にあるという論拠とされていきます。

こうした、自虐を美しく捉えた情緒が「恨」であり「韓国人らしさ」であるという認識は、その後どうなっていったのでしょうか。(次のブログへと続く)


恨について、ドラマ話も交えながら深掘りしていきたいと思っています。10数年にわたり研究してきた恨に関する研究書籍はこちらです。


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