「彼らは、人間だったのだ」(アダムとイヴの日記/マーク・トウェイン)
タイトル通りの内容である。本作には、アダムの日記とイヴの日記の両方が収録されている。
アダムの日記が始まったのは、イヴに出会って数日後。
イヴの日記が始まったのは、彼女が生まれた翌日のこと。
アダムとイヴは人類最初の男女だが、彼らを男女の見本とするのは、あまりにもナンセンスだろう。(それは、当時の時代背景を鑑みると差別的な表現が含まれるためではない。)
彼らはたしかに人類最初の男女だが、それが彼らの全てではない。彼らは彼らなのだ。アダムとイヴが人間である限り、彼らは賢者でも愚者でもない。「人類最初」という枕詞を除けば、彼らは「人類最初ではない」人間と同じなのだ。
アダムとイヴが出会った当初、作中のことばを借りれば、アダムはイヴを「おつむが弱い」と思っており、反対にイヴはアダムを「利口ではない」と思っている。
それどころか、彼らは当時、互いのことを「it(あいつ)」だと呼んでいた。
アダム曰く。
あいつは、自分はあいつ(イット)ではなく女性(シー)だと言っている。
――『アダムの日記』p22より引用
イヴ曰く。
(前略)あれなどと呼んではいけないのではなかろうか。文法的に間違いではなかろうか。彼とでもいうことになるのだろう。
――『イヴの日記』p122より引用
彼らは相手が自分よりも下の立場にいると信じて疑わなかった。それは、人類最初の男女の姿であることに違いないが、人類で初めて愛しあった男女の姿であるかどうかは、はなはだ疑問だった。
しかし、長い年月が解決してくれることもあるのか、アダムもイヴも互いを疎ましく感じることはなかなか無くならなかったが、愛おしく感じることもないわけではなかった。
アダム曰く。
(前略)このごろようやく気がついてきたことなのだが、彼女は実にずばぬけてうるわしい生きものだからだ。(中略)そしてそのとき私は知ったのだ、彼女は美しい、と。
――『アダムの日記から』p168より引用
そして、楽園を失ったイヴ曰く。
(前略)わたしが彼を愛しているのは、ただ、彼がわたしのものであり、そして男性だから、だと思う。ほかに何の理由もないのだ、と思う。
――『イヴの日記』p200より引用
彼らは、聖人ではなかった。
当たり前だ。
彼らは人間だったのだから。
だから、たった二人しかいなかった世界でも、人間関係に右往左往していた彼らの姿に強く惹かれるのだった。
アダムとイヴの日記/マーク・トウェイン(翻訳:大久保 博)(2020年)
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