こんなにも容易い、洗脳の仕方(23分間の奇跡/ジェームズ・クラベル)
”ヒトラーユーゲント(ナチス青少年団)”をご存知だろうか。
存じない方でも、
”ナチス”
”ヒトラー”
この2つは、説明するまでもないだろう。
第二次世界大戦時、ホロコースト――ユダヤ人などを大量虐殺した政党および指導者だ。
当時のドイツでは、10歳になった子ども達は、”ヒトラーユーゲント”に加入することが義務付けられていた。
彼らは18歳まで在籍し、その間さまざまなことを学ぶ。祖国のために命を捧げること。ユダヤ人が劣った人種であること。劣った人種は排除しなければならないことを。
そして18歳になった彼らは、従順な軍人として戦場へ旅立つ。そんな彼らに個性はない。
幼い頃に彼らが見ていた夢は、国家によって塗り替えられた。彼らは、祖国へ忠誠を誓うその心が、はたして自ら望んだものなのか、疑問に思うこともなかったんだろう。
前置きが長くなったが、『23分間の奇跡』は、ある国が戦争に敗れ、ある教室に戦勝国から新しい先生がやって来るところから始まる。
彼女は、子ども達にやさしく語りかける。初めまして、私が今日からみなさんの先生です……。彼女は子ども達に何を問いかけられても、微笑を崩すことはない。
彼女は、よくわかっている。彼らを従順にさせるために必要なのは、恐怖ではなく安心感であることを。
彼女は、子ども達が不満に思っているだろうことを引き出し、それらを解消しながら、かつ彼女に従順になるように、ことば巧みに誘導している。
これからは、みんな同じ制服を着ましょうね。
→そうすれば、毎日何を着ようか考えなくても済むでしょう……。
この飾られている国旗は、みんなで切ってしまいましょう。
→国旗がばらばらになれば、みんなで共有できるものね……。
これからは、お祈りするのは”神さま”じゃなくて、”あたしたちの指導者”
にしましょう。
→神さまはみんなの願いを叶えてくれたことがないでしょう? でも、”あたしたちの指導者”はちゃんと叶えてくれるのよ……。
子ども達が心を開いていく中、彼女の物言いに違和感を覚え、反抗する少年もいた。
しかし、「あなた達の大人の言うことは間違っている」と語る彼女に「お父さんが間違っているはずがない」と反論していた彼も、最終的にはほだされて「お父さんに考えを改めてもらわなくちゃ」と考え直す。
これは全て、たった23分間に起こった出来事だ。人はこんなに簡単に、今まで信じていたものをあっさり裏切ることができるのか。それも、他ならぬ人の手によって。
洗脳というのは、こんなに容易いものなのか。
そして、これはきっと、身近でも起こっていることだ。平和であるはずの日本でも。学校で、職場で、家庭で、あるいは――。
ねえ、そこの君。
君は、自分が望んでいるものが、本当に自ら望んだものだと思う?
ねえ、教えて。
23分間の奇跡/ジェームズ・クラベル(翻訳: 青島 幸男)(1988年)