君は、恐怖を知ってるかい?(ウエスト・ウイング/エドワード・ゴーリー)
こんばんは。
ええ、こちらが×××です。
私は、ただの案内人です。
ただし、ご案内できるのは入り口までですが。
さて。
あなたの目の前に、階段があります。
階段は、2階へ通じるものと、地下へ通じるものがあります。
あなたは、どちらを選びますか?
……そうですか。
それでは、お気を付けて。
ちなみに、どちらも安全性は保証されません。
あしからず。
……。
……。
……。
おや、
また、どなたかいらっしゃいましたね。
こんばんは。
あなたは……様子を見に来ただけ?
先ほどいらっしゃった方のご友人でしょうか。
それなら、ここで待ちぼうけている間、世間話でもどうですか?
……。
……。
……。
人はなぜ、恐ろしいといわれている建築物に、足を踏み入れようとするのでしょう?
まあ、好奇心ゆえであると思いますが。それよりも、それが建築物であることに、安心しているからでは? 建築物には、必ず果てがありますから。
順路さえ覚えていれば(いえ、狭い建物ならそんなものは覚えなくとも)無事に帰ることができると考えているからでしょう。
しかし、過信しないでください。あなたの目の前にあるのは、ただの建築物かもしれません。しかし、それが未知であることに変わりはないのです。未知は、この世で最も恐ろしいものです。
果てはあるかもしれませんが、あなたが行き着くことができるのかは、わかりません。途中で斃れてしまう可能性も、充分あります。いえいえ、それ以前に、果てのないどこかへ導かれることも、ないわけではないのです。
何に導かれるのか? それは、私にもわかりません。ただ、そのような可能性があるというだけです。
……。
……。
……。
ご友人のことが、心配ですか?
そうですね。最後にお見かけしてから、かれこれ2時間は経ちました。きっと、夢中になって探索しているのでしょうね。
……探しに行く? いえ、止めることはしませんが……充分に用心してくださいね。好奇心は、時に自分の身を炙ることになりますから。……いいえ、あなたのご友人がそうだといっているわけではなく。
それでは、どうぞお気を付けて。
……。
……。
……。
なぜここを訪れる人間は、死を回避することだけに注意を払うのでしょうか? それよりも、ずっと恐ろしいことがあるでしょうに。得体の知れぬ何かに、心を蝕まれることが。それは、死よりも忌避すべきことだと思うのですが……。
……。
……。
……。
また、どなたかいらっしゃったようですね。
こんばんは。
私は、ただの案内人です。
ようこそ、ウエスト・ウイングへ。
ウエスト・ウイング/エドワード・ゴーリー(2002年)