その通りだよ(美しいからだよ/水沢なお)

「美しい」のが「汚い」とか。
「汚い」のが「美しい」とか。


どっちなんだよ、ってことば遣いをする人がいる。


ぼくが「美しい」と思ったものを、誰かは「美しくない」といい。
誰かが「美しい」といったものを、ぼくは「美しくない」と思い。


やっぱり、どっちなんだよって思う。


「美しさ」って、なんてあいまいなものなんだろう。


だから、自分のことばを大切にしなきゃいけないのかな。


それを「美しい」とした自分の想いまで、あいまいにしないように。


「世界中の砂粒の数より、宇宙にある星の数のほうが多いそうだよ」

――『シェヘラザード』p24より引用

海だと思ったら、膿だったり。
雨だと思ったら、飴だったり。


ああ、
この世界は、なんてあいまいなもの。


一つだけでいい。


どこかに、たしかなものはないのかしらん。


たとえば、深海に。
たとえば、宇宙に。


白く、深く、息づいて。


そもそも、「たしかなもの」とは何かしらん。


そんなものがあるとして、せいぜい100年きりのこの人生、使い切っても見つかる気がしない。


「たしかなもの」とは、途方もないもの。


じゃあ、


「あいまいなもの」は、身近にあるもの?


「あいまいなもの」とは、美しいもの。


誰のものでもない、あなたのものでもない。


ぼくだけの、ぼくにしかわからない、美しいもの。


なんだ。


旅に出なくても、よかったんだね。


むしろ、美しいものを置き去ってしまったんだね。


ああ、なんて罪なことをしたんだろう。


ごめんね。


これからは、ちゃんとそばにいるから。


ぼくの、美しいもの。

花はきれいじゃない
といい殴られたきみは
忘れられた稜線をなぞる

――『美しいからだよ』p52より引用

ぼくは、ことばを探していた。


それは、美しいものを探すのと同義だった。


「美しい」と表裏一体なのは、「汚い」じゃないよ。


ことばだよ。


美しいものを「美しい」というための、ことばだよ。


変なの、って思うかな。


笑ってくれても、かまわないよ。


ただし、ほんの一瞬だけなら。


それ以上は、笑わないでね。





君は、それを「美しい」といった。


「なぜ?」とぼくは訊いた。


君は、少しだけ笑った。


「美しいからだよ」


だから、ぼくも少しだけ笑った。


「その通りだよ」


そして二人で、


二人きりの世界で笑った。

10/8更新

美しいからだよ/水沢なお(2019年)

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