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この前、浮気しちゃったんです 『ポニイテイル』★29★
妖精オルフェは学校の図書室に棲んでいて、人間のときの名前は『蒼山レミ』です。あおやまれみ。あどは大好きな先生の、音符みたいな名前をときどき鉛筆でノートに書きつけては、ひとりでいやされています。
小学校の図書室はハッキリいってせまいしカビくさくて古いです。それでもその空間が子どもたちを魅了するのは、髪の毛がおいしそうな栗色で、たいていはそれを両耳のところでくるくるとドーナツみたいに巻いていて、ロシアのチェブラーシカみたいに目が大きくて、口がちょこんと小さくて、笑顔以外はほとんど見せない司書のレミ先生がいるからです。昼休みも放課後も、図書室に児童がいないなんてことはまずありません。
ただし授業中は例外です。もちろん子どもたちは誰もいません。そんなとき先生は図書室で音楽をかけているのです。あどは以前、どうしてもレミ先生に会いたくなったので、授業を抜け出し、ひっそりとした廊下を駆け抜け、こっそり図書室へ忍びこんだことがあります。
* * *
「すごい! きれいな音楽! これ何て曲ですか?」
「ん? あ、ええと、これはショパンの『別れの曲』だね」
「別れの曲?! こんなきれいなのに?」
すると曲調が激しくなりました。
「うわあああ、いきなりこわくなった!」
「大丈夫! じっとしていて」
しばらくすると激しい嵐はおさまり、最初のきれいな旋律にもどりました。
「よかった。。。」
「今度ね、CDも貸し出せるようにしようと思ってるんだ。校長先生と相談中だよ」
「わあ! すごーい!」
* * *
たいていの場合、カウンターのレミ先生に本を返すと、レミ先生はトランプを切るマジシャンみたいな美しい手つきで、パラパラパラと高速で本をめくったあと、とびっきり優しくほほえみかけてくれます。
「ひとこと感想を聞かせてくれるかな?」
子どもたちが想いをなんとか言葉にして伝えると、レミ先生はキュートな相づちを打ってくれます。一緒に笑ってくれたり、涙ぐんだりもしてくれます。どんな本でも、先回りしてちゃんと細かいところまで読んでいるのです! そんなこと妖精さんにしかできない。ひとことどころか、いくらでも子どもたちの話につきあってくれます。本から得られた感動をレミ先生と思いっきり共有できるのです! 本を読んでいるときは1人だけど、返すときには2人になれるのです。
パラパラめくるのは、汚れとか書き込みとか破れてるとこを点検しているんじゃなくて……そんな理由じゃぜんぜんなくて。速読しているというウワサもあるけどたぶんそれも違って、花園あどの予想ではたぶん、物語に質問しているんだと思います。
ねぇ本さん。この子に読まれている時間は楽しかった?
ページに残された気配とか想いを吸い込んでいるんだ、きっと。レミ先生のおもちゃみたいに小っちゃい鼻はときどきぴくぴくと動きます。ハナロングロングゾウとは正反対の小さな鼻だけど、物語の息づかいと子供たちの想像をかぎ分ける力はとてもすごいのです。
運がいい子はレミ先生からお気に入りの一文や、萌えポイントを教えてもらえます。さらに勇気を出してリクエストすれば、ギュッと読了のハグをしてもらえたり! 口も手もない本たちの代わりに、レミ先生は子どもたちとよく握手をします。無口な本たちが言えない「読んでくれてありがとう」を、本に代わって言葉にするのです。やっぱり先生というよりは、だんぜん図書室の妖精さんです。
ああ、レミ先生のことを語らせたら明日になっちゃう。
レミ先生は外国の映画みたいに、メッチャうまい英語を話せます。レミ先生の英語の発音が、あどは大・大・大好きなので、ときどきテレビの音声を英語に切りかえるみたいに、レミ先生に頼み込んで日本語を使わず、英語バージョンで会話をさせてもらうこともあります。といっても、あどの方はイエスやプリーズくらいしか言えないのですが。英語って音楽みたいなのにちゃんと意味があって、意味があるのに音楽みたいだから、英語を聞いたり口に出すのはこのハムスタにとって、魔法の呪文をとなえるときみたいにテンションが上がるし面白いのです。
そんな妖精さんが大好きな花園あどは、土曜日の午前に、勇気をふりしぼって、最高すぎるレミ先生に電話をかけちゃったのです!
* * *
「こんにちは……はっ、すみません! おはようございます」
「ん? この声・・・もしかして、あどちゃん?」
「あ! そうです。花園あどです」
「びっくり! どうしたの」
「ええと……あの、そ、相談があるんです」
「え? わたしに、相談?」
「あわわ。す、すみません。驚かせちゃって。もう切ります!」
「ちょっと! 切らないで!」
「は、はい! でも、ええと……ひぃ、緊張して口がヘロヘロに!」
「あわてないで。リラックス、リラックス」
『なんでわたしの電話番号知ってるの?』って先生に怒られたら一瞬にして終わる! 内心ドキドキしていたけど、そんなことは聞かれなかった。
「ありがとう。電話をかけてくれて。勇気が必要だったよね」
何でウチの気持ちがわかるの? やっぱりレミ先生は妖精だ。
あどの心拍数がようやくほんの少し下がる。
「ひゃぁ、超ドキドキ。先生に電話するなんて」
「どうしたのかな?」
「すみません。ちょっと面倒なことなんですけど、こまってて。あ、こまっているのはウチっていうか友だちなんですけど。あ、もう友だちじゃなくて、元友だちっていうかウラギリ者」
「ウラギリ者」
「はい。こんな面倒なこといつもならぜったいにスル―なんですけど……こまったときは、オトナや先生と相談するって約束しちゃったので」
「オトナ? もしかしてそのオトナって……」
「レミ先生のことです」
「あ、そうだよね。わたし、一応、大人だし、先生だもんね」
「ふふふ。知ってます。仮の姿なんですよね、大人の先生っていうのは」
「仮の姿?」
「ウチらの中では……レミ先生は妖精さんなんです。ずっと前から」
「ヨウセイさん?」
「ウチら、こっそり――」
あどは左手で電話を、右手でユニコーンの角をしっかり握りしめて告げた。
「レミ先生のこと、オルフェさまって呼んでいるんです」
「?!」
「あ、それはいいんですけど、いろいろと、どうしたらいいかわからなくなって……」
「悩んでいるんだね」
「はい」
「じゃあ、もしよければ、電話じゃなくて……せっかくだからデートしようよ! 今日、このあと時間ある?」
* * *
図書室の妖精は、少女を誘い出してくれた。待ち合わせは小学校の校門前。
先生とデート!
誰かに見られたらなんて説明しよう。土曜だから見られたりしないか。でも意外と誰かいたりするのかな?いっしょに行きたいって言われたらどうやってキョヒろう。ていうか先生が生徒と出かけていいのかな。他の先生に怒られるかな……
んん?!
角をゲットしてから、明らかにおかしい。
すぐに真面目なことが思い浮かんじゃう。誰からに見られたらどうしようなんて、考えたこともなかった。トイレから出た後はちゃんと手を洗った方がいいような気もする。これってユニコーンの物語の副作用?
妖精さんはなんと!
2人しか乗れない真っ赤なスポーツカーでやってきた!
サングラスをかけていたので、ぱっと見、レミ先生だとはわからない。迎えにくるなりいつものあのマジシャンみたいな速さで、赤いオープンカーの助手席へ、あどを持ち上げて放り込んだ。
小柄なのにすごいパワー!
いや、パワーとはちがう。宇宙のような、無重力のような感覚――。
先生の車は外国の車でハンドルが左だった。
音楽を再生する機械がついていない。運転中、先生は曲をかけるのではなく英語の歌を歌ってくれた。赤くてつやつやのオープンカーは、エンジンの音がうるさくて、先生のせっかくの英語の歌と、ブルルルグルゥウウというエンジンのうなり声がミックスされてしまう。
でも先生にサングラスを借りて生まれて初めてそれをかけたら、この世界の景色がぜんぜんちがって見えて、さらに先生が貸してくれた乙女な手鏡で自分の姿を映してみたら、まるで宇宙人みたいで面白くて、勇気を出して電話をかけて良かった、ナイス自分!って、1時間前の自分にめちゃくちゃ感謝した。
カフェではレミ先生はアイスカフェオレを頼んで、花園あどはオレンジジュースを注文した。
「先生……あのですね、ウチ……」
姿勢の良いウェイトレスがメニューを持って下がるなり、あどはレミ先生へ正直に白状した。
「この前、浮気しちゃったんです」
「う、浮気……? あどちゃんが?」
「はい。先生ごめんなさい!」
レミ先生は3回、音が出そうなまばたきをした。
「ウチには学校の図書室があるのに……駅前の方に……友だちのパパが作った大きな図書館があるんです。そっちに自分の部屋を作ってもらっちゃって、そこに先生と同い年くらいの美人のレエさんって人がいて」
「レエさん」
「はい。で、なんとなく流れでそんな雰囲気になっちゃって……」
「図書館に……部屋?」
「あ、でも、もう行かないつもりです。ケンカしちゃったから」
「ケンカ? そのレエさんと?」
「あ! いえ、ケンカはその友だちと……」
レミ先生の目はとても大きい。瞳もブラウンでこの目を見ながら説明をするのはもったいないけどムリと判断、あどは持ち歩いているデジカメの画像を見せた。
「これが浮気の現場というか……元ウチの部屋です」
「これが図書館? あは! ベンチがある。何これ、巣箱? 面白い図書館ね。すてき!」
「ええと……図書館っていうか、正確には城なんです」
「城?」
「あ、いや、城っていうか、ユニコーン……」
「ユニコーン?」
ああもう! 何を言っても説明地獄。
物語のところだけちゃんと話そう。
「先生……スマホ持ってますか?」
「ん? うん。持ってるけど」
「ポニイテイル、って検索してもらえませんか?」
「うん」
それだけだとすぐに探し当てられなかったが、検索ワードに『ミヤコウマ』を加えたら、ヒットした。
「ポニイテイル――」
「ウチ、そのサイトに物語を書いて送ろうか迷ってるんです。この前、ちょっとだけ書いた物語があるからそれに書き足して……。先生はどう思いますか? ええと、それを聞きたくて今日はその……んがあぁあ、自分でも何言ってるかわからねぇ。ごめんなさい!」
「物語? あどちゃん、物語を書いたの?」
「覚えてますか? 先生が前に……ウチに言ってくれたあの言葉」
「どの言葉だろう?」
あどは真っ白のテーブルをお手ふきでムダにグルグルとふきまくり照れを隠す。
「あなたは将来――ずっと前のことだから覚えてないですよね……」
「ああ! 覚えてるよ。あなたは将来、作家になるといい」
「わあ!」
「なになに、もしかして、ついに作家の第一歩を踏み出すのね!」
「第一歩かはわからないですけど、ふうちゃんって分かります? 学校の図書室にはほとんど行かないですけど」
「ふうちゃん……うーん、どの子だろう」
「リンリンっていうあだ名なんですけどね」
「きゃッ! かわいい!」
レミ先生の方が1億倍かわいいです――そう言いかけたが、あまりに変態すぎるのであどはグっとこらえた。
「たぶん本人の姿を見たらがっかりしますよ。ガリガリ娘だし、最近は顔が青くてヒドい暴言ばっか」
「え?」
「んー、まあ、カワイイっていう人もいるかも知れないけど、かなり病んでるんです。インターネットで怖いサイトばかり見てて」
「あ、そうかごめんね、カワイイって言うのは、このほら、ポニイちゃんたちのこと。ええと、お友だちのふうちゃんが何だっけ?」
「あっ、そっちですか! すいません。その子がそのサイトを見つけて来たんです。あ、ケンカ中なので今は友だちじゃないですけど」
「これは……なに、ウマ専門のサイトでいいのかな?」
「はい。で、ですね。そのウマのサイトが物語を募集してるんです。前に、ふうちゃん、絶滅しそうなの動物のサイトを見てたら、そこを偶然発見したらしくて」
「絶滅しそうな動物? え? このウマが?」
「そのウマ、ミヤコウマっていうポニイなんですけど」
「あ、なるほど! はいはい、それでポニイテイルってサイト名」
「なるほどって、どういう意味ですか?」
「ポニイはポニイでしょ。テイルはしっぽと、たぶん、フェアリテイルのテイルをかけてるのね」
「フェアリテイル?」
「おとぎ話ってね、英語でフェアリテイルっていうの。ポニイの物語。だからポニイテイル」
「おお! そういうことか!」
「で、このおウマさんのサイトが原稿を募集してるの?」
「その子たちが絶滅寸前なことを、みんなに知らせる物語を集めてるんです。インターネットで」
「物語の力で絶滅を防ぐってこと?」
「はい。たぶん……ミヤコウマが主人公の物語を書けば、いいのかな
「へぇ。物語を募集してるの」
「変わってますよね。元友だちのふうちゃんも、そこがヘンってことで、このサイトを教えてくれたんです。他のミヤコウマのサイトって、どこも超マジメと言うか深刻らしいんです。でもこの、ポニイテイルってサイトはまったく逆。空気読まないでのんびりしていて、こまってる感がゼロで、こっちがよーく読まないとそのウマが絶滅寸前だってことも気づかないじゃないですか。元友だちが言うには、まるであんたみたいって」
「ふふふ」
「空気読めなくて残念なところがまさにあどじゃん! って。失礼なヤツですよね」
「空気が読めないってどのあたりが?」
「ホント、ウチもそう思います! コレ見た人、みんなめっちゃスゴイいきおいで物語書いてくれると思うんですよね。もう世界中から、何万人も送ってくると思うんだけど、ふうちゃんは誰も応募してこない的なこと言うんです」
「募集要項は?」
「ボシュウヨウコウ?」
「締め切りとか、字数とかが書いてあるところ」
「あ、ええとですね、ウチ、難しめの字を読むのが苦手というか、できればそのあたりを、レミ先生に読んで欲しかったりして。たしか……」
「あ、ここか! 物語募集の字、ちっちゃい!」
「すみません!」
「なんであどちゃんが謝るの? このサイト作った人、パソコン慣れてないのかな。ええと、ちょっと待ってね。ミヤコウマだけでなく、あらゆる絶滅危惧種を救う物語を募集します。締切8月末日」
「マツジツ?」
「8月の終わりまでってこと。夏休みの宿題みたいだね」
「今日は7月のええと……真ん中くらいでしたっけ? 1か月以上あるのか」
「字数は原稿用紙100枚くらいまで。大賞はミヤコウマにまたがって散歩ができます。写真撮影のプレゼント付。なんだか普通の文学賞とだいぶ違うね」
「あ、それふうちゃんも言ってました」
「あ! あどちゃん、わたし、スゴいことに気づいちゃった!」
「な、なんですか?」
「言っちゃっていいのかな」
「お願いします!」
「アクセスカウンター見た? 一番下の、はじっこの小さな数字」
「どれですか?」
「これ。この数字。このサイトを見た人の数を表していると思うんだけど」
「ぐはッ! 20人とか!」
「このサイト開設は5年前みたい。あは! 1年あたり4人!」
「もはや地球上で誰も見ていないに近いじゃないですか! ひぃ! ふうちゃんの誰も見てないっていうの、当たってる……」
「あどちゃんたらステキ。記念すべき処女作をここに捧げるのね」
「いや、どうしよう。迷うな……ええ? 誰も見てないの? こんなにカワイイサイトなのに」
「応募総数1名になる可能性、かなり高いわね。ある意味大チャンス。これはわたし、送った方がいいと思う」
「マジですか!」
「初の応募でいきなり大賞。すごーい!」
「やめてくださいよ!」
「あ、でも待って! これで応募して大賞該当者なしだったら……」
「ある意味じゃなくて大ピンチ!」
ポニイのテイル★29★ 出会ったところが始まり
本日のTOPのイラストも、みんなのフォトギャラリーからお借りしたTome館長の精霊さんです。ありがとうございました!
今回は、章の区切りどころが難しくて、ひと息でここまで来ちゃいました。少し長すぎたかもしれませんが、これ以外はない気がして・・・。
先日、ポニイテイル★1★にスキがついていました。ときどき、すごく前の方の章が読まれた形跡があります。1か月以上前のものはどんどん埋もれてしまうように思えたのですが、ページビューを見るとわずかに動きがある。最新のものを読まれているのとは別の種類の嬉しさがあります。
ただ森博嗣さんが、シリーズ物の作品はどの順番でどのように読まれても自由でOKというようなことを書かれていました。
たしかにそうです。テレビ番組も途中から見ることがあります。スポーツだって試合中から追うこともよくあります。むしろそっちがほとんどか。結果を知っているのに、ハイライトだけ見ることもある。ミュージシャンのアルバムも1stから買うわけじゃない。出会ったところが始まりであり、別れたところが終わり。ショパンかモーツァルトかわからないまま、つまり作者もタイトルもわからないまま聞かれることもある。作業BGMのひとつとして。生み出された表現は自分のものではなく、世界のものなんだな。その巧拙に関わらず。
じっくり読まれることだけを求めない。生活のあらゆる場に物語があればいい。作者ができるのは、必要なときに誰でもその物語にアクセスできるようにしておくこと。毎日浮かんでくる物語たちを、意味の伝わる文章の形にしておくこと。第1章から順番のフルコースでなくてもよい。そうしたおなかいっぱいの楽しみ方もできるし、物語とは無関係な生活の中に、ぽん、と物語があり、それぞれの生活に貸し出されていく。そういう読まれ方でも、物語にとってはとても幸せなんだな、と妖精みたいなレミ先生の本に対する姿勢を読んで、改めて思いました。
12歳の子どもに贈る本、12歳だった大人にプレゼントしたくなる本としては、電子書籍の形やnoteのようなweb上のデザインだと贈りにくい。だからどうしても書籍という形状にこだわっているのですが(netの文章は、学校の朝読書にもできないし、読書感想文の題材にもとりあげられないし、現代の図書館にならべられない)たった今、読んでくださっている方に、さまざまな形で伝わっていることが物語の在り方のひとつであるわけで、その点への感謝を忘れずに、丁寧に毎日更新しなくちゃ、と気持ちを新たにしました。
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![Jの先生 / 藍澤誠](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/82306608/profile_f4efbaeb72456f168d79d809820eaf74.png?width=600&crop=1:1,smart)