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高原通信【修行編】7月

収穫は楽しくない

私は収穫が楽しい。
木の枝に真っ赤な大きなサクランボが筋子のように実っているのを片っ端から捥いでいくのは爽快感がある。なおかつ、
「これは4Lで、全身赤くてこの農園で一番高く売れる奴だな」パクッ。
「これはちょっとまだピンク色だが、この大きさだとどんな味になっているのだろうか?」パクッ。
「ちょっとカビが発生しているが、この程度は味に関係があるのだろうか?」パクッ。
「2L,3L,4Lの大きさによって味は変わるのだろうか」パクッパクッパクッ
「あー、腹減った」パクッ。

う、美味い!
木の枝から捥ぎたてのサクランボは弾力が強く、齧ると糖度20度の果汁がスプラッシュする。
顔がべとべとになりながら夢中で収穫する。
収穫の喜びが人間の本能を直撃する。
脚立を上り下りしながらの収穫作業で体は疲れるのだが、アドレナリンが出て疲れをあまり感じない。

農園主:「アイザワさん、収穫は朝早いし、長時間脚立持って移動しながら上り下りもしなくちゃならないから、疲れるでしょ?」
私  :「いや、収穫楽しいんで、疲れないっす。」
農園主:「収穫なんて全然楽しくないよ。この時期俺は心配で寝れないんだよ。」
    「毎日毎日増える注文書。大量のバックオーダーを全部さばき切れるかどうか毎日気が気じゃない。だから毎日朝早く起きて、サクランボが本日どれだけ出荷できるか何度も木を見て回るんだ。」
    「こんな時期が楽しいわけがない。1年の努力がこの1か月ですべてが決まっちゃうんだから、緊張しっぱなしだよ。」
私  :「・・・」 

そう。農園主にとっては収穫時期は勝負の時期なのだ。
毎日が決算日の様相。
この農園では当日取れた分だけ当日発送しなければならない。在庫はしない(鮮度が落ちるから)。
収穫では1日あたり取る量(Kg数)を決めることができるが、その中にどれだけの大きさのサクランボ、良品/不良品があるかは収穫してみないとわからない。そんな状態で注文に応じて、大きさと美品/一般/不良(ジャム用等に加工用)を分別して毎日発送しなければならない。
今日はLサイズが多すぎて店頭でさばき切れないかもしれない。今日は美品が30Kg足りないかもしれない。今日は3Lサイズが少なすぎるかもしれない。毎日そんなプレッシャーを感じ、そうなったときの対処法を考えて実行しなくてはいけない。
農園主の仕事内容は、見た目よりハードだった。

異常気象

天候の最終週に標高1000M近い高原地帯が連日35度もある。こんな天候は農園主がここでサクランボを栽培し始めてから一度もなかった。
暑いとサクランボはどうなるのか?
あっというまに熟成してしまうのである。急激にシワシワになってブヨブヨになる。パートのお姉さま方が口々に「私のお肌みたい」と、笑えないトラップジョーク(うかつに笑うと睨まれる)を連発するようになる。

例年なら6/20頃から収穫が始まるのだが、今年は暑さのため12日から開始となった。収穫を開始して1週間くらい経つと、どんどん気温が上がっていった。そして熟成も進んでいく。今のペースで収穫していると、農場の半分のサクランボは腐ってしまう。よって収穫の人数と時間を増やして、1日あたりの収穫量を倍にしないといけなくなった。

収穫は人を増やせば何とかなるが、選別・箱詰め・パッキングはキャパシティ(倉庫内の作業場の広さ)が決まっている。つまり、パートさん達は例年より倍速で働かなければならないということだ。
そんな中、午後の気温は35度。
薄暗いビニールハウスの簡易倉庫の中に扇風機もない環境で、皆汗だくになりながら選別・箱詰め・パッキング作業が慎重かつ迅速に行われる。

この農園のお客に、ブヨブヨの皺だらけのサクランボ(スーパーで売ってるような)を送ろうものならクレームが来ることはパートさん達は熟知している。以前、味の乗りが悪かった(味が薄いこと)年があり、顧客からクレームが来て、サクランボの送り先にわび状を書いてくれと言われたことがあったとのこと。農園主は「サクランボは季節を味わうもの。自然のものだから、こういう年もある」といって断固としてクレームを突っぱねた。
(それでも、この顧客はその後も毎年購入している)
「だから、別にブヨブヨしたもの送ってもいいんだけどね。」と農園主は言うが、現場のパートさん達のプライドが許さないため、熟しすぎのサクランボは徹底的に排除されていた。
「おばあちゃんサクランボを送られてもねー、ピチピチした張りのある若い娘みたいなほうがいいでしょ。おほほ。」
と、また笑えないトラップジョークが現場では連発される。

いくら気象条件や職場環境が悪くても、いくら忙しくても、パートさん達には、その時の最高の物をお客に届けようとするの姿勢があった。これは農園主の思い(お客に良い物を届けたい)がパートさん達にもしっかり伝わっていて、それに応えようとして働いているとしか思えないような現場だった。

と、このように書くとすごい現場のようだが、パートさん達の休憩時間は愚痴だらけです。

箱詰め現場は野戦病院なみの忙しさ

3台のサクランボ選別機がフル稼働し、カタンコトン、カタンコトンという音が響きわたる中、狭苦しく暑い作業所の中をせわしなく移動するパートさん達。部屋の隅には農園主がデンと座って作業を監視しつつ、指示をだしたり、注意をしたりしている。

パートさんA:「このサクランボの伝票は何処―?」」
農園主:「Cさん、そういう箱の持ちかたしちゃだめ。前にも言ったよね。サクランボが潰れちゃうでしょ!」
パートさんB:「伝票の数と箱の数合わないんだけど、どうしてー?」
パートさんD:「パッキングに人足りてないから、Aさんヘルプしてー」
パートさんE:「Bさん手が空いたから、箱詰めの作業に行ってー」
農園主:   「はい。全員手を止めて水飲んで―。熱中症になるよー」
パートさんF:「ちょっとー、不良品入れの箱は何処―?」
パートさんG:「贈答用の箱が足りない!Cさん作ってくれない?」
農園主:   「アイザワさん、今の作業止めて選別機に行ってー」
パートさんI:「ふるさと用の箱あと何箱―?どれくらいでできるー?」

農園主とパートさん達の声が始終飛び交い、手は止まらずせわしなく動き回る。「私語禁止」と壁に職場のスローガンが大きく張ってあるが、私語なんてしている暇は一切ない。宅急便が回収に来る時間は決まっているので、それまでに選別からパッキングと伝票張りまで何百個も終わらせなければならないのだ。皆、追い立てられるように必死になって働いている。

安くて?美味しいものって、こういう風に誰かの献身的(気力・体力・精神力)な行為があってようやく成り立っているんだなとつくづく思う。どうやったらこういう組織を作っていけるのか?。また途方に暮れる毎日です。

ビジョンって何?

農園主:「アイザワさん、ビジョンって何?これでいいの?」
と私に一枚の紙を差し出した。どれどれと確認するとこう書いてあった。

―最終的に10ヘクタールの農園を作り、年収XXX万円の農家を作り出す―

私  :「うーん。これはビジョンじゃなくて、農園主の目標っすね」
農園主:「何が違うの?目標じゃだめなの?ビジョンって何?」
私  :「それは、農園主の会社が社会に存在する目的ですよ」
農園主:「はぁ?どういう意味?」
私  :「つまり、この会社が何のためにお金を稼いで、どういう影響を社会に及ぼしたいのか?って事っす。」
   :「10ヘクタールも農園作って年収XXX万円の農家が増えると、社会はどうなるんですか?何のために年収XXX万円の農家を増やしたいのか?ってこと」
農園主:「うーん。。。」
私  :「それを描くことがビジョンです。」
農園主:「アイザワさん、それ作ってくれない?」
私  :「無理。ビジョンは会社単位で違うものだから、農園主のビジョンなんて俺は作れないっすよ。どうしたいのか、すら知らないし。」
農園主:「そうかー(絶望)」

この農園には投資家や企業がよく訪れる。そこで「社長のビジョンは?」なんてことを聞かれることが多いので、一度資料を作ってみたとのことだった。

ほとんどの農家にビジョンなんてあるはずはない。基本的に家族のために働いているのだから。そんな中、現在多くの農家は後継者不足で、今後数年で廃業か売り出すかを決めなくてはいけない農家も多い。

良い物を作ってきた自負がある売り側としては、どうせ売るなら今まで購入してくれていたお客様には迷惑をかけず、自分の培ってきた長年のノウハウや栽培方針・販売方針などはできるだけ継承して欲しいと思うのが普通だ。
買い取り側と売りて側の双方のビジョンがすれ違うと、お客だけ吸い取られてノウハウ・栽培方針や販売方針は買い取り側に合わせることだってよくある話である。M&Aは双方に思惑があるので、ちゃんと自分の経験やノウハウを継承し、なおかつ少しでも高く売りたいと思うならば、売上&利益だけではなくビジョンまでしっかり語れるようにならないといけないみたい。

農家もここまで来ているのか。。。というのが私の実感です。
ビジョンも語れず家族のためだけにいい物作っているところは、いいようにされて安く買いたたかれちゃうのね。のどかな農村にもシビアなビジネスの波がひっそりとやってきているのをヒシヒシと感じております。

7月のサクランボ

収穫の様子


本来なら7月20日前後まで続く収穫作業。今年は異常気象のため7月5日に終わってしまった。もう誰もいない倉庫。昨日までは20人近くが狭い倉庫でひしめき、大声が飛び交っていて、時折パートのおばさんの寒いジョークが飛び交っていたのに。20日間休みなく続いた熱気がなくなった現場は、まるで宴の後の寂しさを感じる。もう収穫することもないのだなと少し寂しい気がする。そんな気持ちを抱えながら、収穫後の後処理に入っていく。


・水と肥料を与える
サクランボを取り終えた木には、水と肥料をたっぷりやらないと、すぐ枯れてしまう。なぜなら、良い実をつけるようにギリギリまで水と肥料を切っていたので、サクランボの木自体も体力的に限界まで達していたからだ。

毎年10本くらいは切り倒される

・木の入れ替え
弱っている木や、老年期に達している木は切り倒され、根っこを抜く。この作業は、チェーンソーで木を切り倒し、玉切り(1つ50Kgぐらいあります)にして運んだ後、重機で根子を掘り起こし、土の中に根を残さないように、泥だらけになりながら残された小さい根を探して取り除く。根が残っていると、新しい木を移植した時に、残っている根が腐って新しい木の根っこも腐らせるので、結構神経質になって土中に残っている根っこを取り除く。

重機との共同作業なので、危険だし、足場は不安定だし、根を拾いに穴に入ったり出たりで泥だらけになるし、重い木や根子を運ばなければならないし、暑いし、これが農場での一番の重労働だと思う。

収穫忘れのサクランボ

収穫が終わり、水やりや倒木の合間に見つけたサクランボ。目を皿のようにして探しまくって一人サクランボ狩りを楽しんでます!

次号は修行編の総括です!

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