第423回 <2023年10月号 金融システムレポートについて>
年二回、日銀が公表している「金融システムレポート」では、2005年から国内金融システムの安定度・機能度の評価を行い、また、日銀による金融システム安定確保に向けた課題について議論しています。日本の金融システムの現状を俯瞰する意味で非常に優れたレポートであるため、なるべく毎回目を通しています。今回のレポートでは、米国で急上昇し、今後日本でも上昇が見込まれる金利に対して、国内金融機関がどのようなリスクを負っているかについて検証しています。また、徐々に増加している企業倒産に対して、金融機関が負う潜在的な信用リスクについても点検しています。
本レポートでは、これまでと同様、国内の金融システムは全体として安定性を維持していると評価しています。日本の金融機関が適切な金融仲介機能を発揮し得る充実した資本基盤を有していること、銀行が小口の粘着的な個人預金を中心とした資金調達基盤を有していることを理由として挙げています。一方、長引く低金利を背景とした企業、家計からの借入期間が長期化したことに伴い、特に地方の信用金庫や地域金融機関におけるデュレーション・ギャップ(資産・負債の金利更改期間の差)が10年前と比べて拡大した状態にあります。特に不動産関連貸出の増加は伸び続けており、不動産関連貸出の対GDP比は、1980年の5%から足下は15%超えるまでに増加しています。また、金融機関の貸出スタンスは積極化した状態が続いているようです。コロナ前に長年課題とされていた中小企業向けの貸出姿勢は、コロナ終息後も積極的であることから、昨年以降の企業倒産が増加に転じています。本レポートはデフォルト率について、コロナ関連支援が強烈なデフォルト抑制効果となっていた状況が、過去の平均的な水準に戻っていく過程であるとしています。
海外金利の高止まりの影響については、金融機関が年初対比で対応を改善させた模様です。外債をはじめとする評価損の拡大が止まり、外債ポートフォリオのリバランスを行った結果、利回りが高く、平均デュレーションが短くなり、金利上昇リスクに対するヘッジが強化されています。日本の金融機関は、逆イールドの環境で順鞘の確保が難しい外債ポジションを削減する方向にあり、外債の保有量自体が減少しており、海外金利の逆イールド状態が長期化するというストレスシナリオにおける自己資本比率の状況についても、改善が見られています。このように、日本の金融機関の状況は概ね健全であり、不動産関連融資の継続的な増加が潜在的な懸念であるものの、差し迫った危機的な状況が見られないようです。
一方で、米国の長期金利上昇が止まらない中、ハイテク企業や半導体企業の株価こそ生成AIをはじめとする新技術普及の期待感から上昇しているものの、株価全体では横ばいとなっています。さらに、金融引き締めの影響からデフォルト率が上昇しており、米国のクレジット市場にやや不安が見られる状況です。米欧の不動産業では、金融引き締めに伴う資金調達環境の悪化やオフィス需給の軟化を背景として商業用不動産の動向が懸念されているようです。国内大手行では、外債や海外貸出等を抑制する一方、リスク分散の観点からプライベートエクイティ、ヘッジファンド等のオルタナティブ投資を増加させている傾向にあり、大手行等による海外オルタナティブ投資の投資残高は、2015年度の約1.5兆円から足下の約8兆円まで増加していると見られます。
以上のレポート内容をまとめると、日本の金融機関や市場におけるリスク要因は、国内外の不動産関連市場の動向、今後の予期される金利上昇、デフォルト率の上昇かと思われます。それぞれが関連している事項ですので、例えば一つのリスクシナリオを考えれば以下の通りです。来年、日本の金利上昇が顕著となり、民間における不動産ローンの負担が増加、商業不動産でも巨額のリファイナンスの一部が実行できずにレジデンス、商業不動産の売り圧力が増加し、不動産市況が悪化するケースが考えられます。その際、不動産関連ビジネスでのデフォルト率が上昇し、不動産関連の貸出が多くなった金融機関の負担が増します。また、金利上昇に起因して国内金融機関が保有する有価証券評価損が増加し、金融機関の損失吸収余力が減退することで、金融機関の金融仲介活動が鈍化し、景気自体が負のスパイラルに落ち込みます。このようなリスクシナリオを回避するため、日本においては少なくとも短期金利の上昇を長期的に抑制せざるを得ないと考えられます。
今回もあらためて学びの多いレポートでした。引き続き、金融市場の動向を注意深く観察して私たちの投資活動にも活かしていきたいと思います。