朝日杯将棋オープン戦名古屋対局 レポ①
初めまして、相沢と申します。観る将歴は1年半ほど、推し棋士は豊島将之先生です。
自己紹介は以上でじゅうぶんかと思いますので、初めての投稿は先日観戦した朝日杯将棋オープン戦について書きたいと思います。
試行錯誤の結果、なぜか小説風に書いてみようと思いました。長いのですが飛ばしながらでもお読みいただけるととても嬉しいです。
第1章 いざ、決戦の地へ
令和4年1月15日朝、東京行き新幹線のぞみの個室。2週間前に左足大腿骨遠位部骨折の怪我をおった相沢は、感謝と少しの不安、そして期待を胸に窓の外を眺めていた。
目的地は名古屋国際会議場。朝日杯将棋オープン戦の公開対局が行われるのだ。骨を折った(正確にはヒビ)ばかりの人間は普通なら観戦を諦めるのだろうが、相沢は名古屋行きを決行した。その理由は他でもない、豊島将之の対局を観たいからだ。
将棋観戦を趣味にしている人間にとって、棋士の対局を生で観られることは貴重だ。だがそれだけなら、動かせない片足を運び神戸から名古屋へは行かないだろう。周りに少なからず迷惑をかけるし、慣れない松葉杖でもう一度転べば終わりなのだ。
それでも豊島将之には、相沢をそこまでさせる何かがある。それが将棋の強さなのか人間としての魅力なのか、相沢自身にもうまく説明はできない。ただ、どうしても豊島将之という棋士に惹き付けられてしまうのである。
ここまでタクシーの運転手には乗降車の際に松葉杖を持ってもらい、新幹線の駅員には車イスの貸し出しと介助、足を伸ばせる個室まで用意してもらった。一人だが、見ず知らずの人たちに助けられての旅だ。もう後には引けない。
名古屋駅のホームでは、車イスと笑顔の駅員が迎えてくれた。そのままタクシーまで車イスを押してもらう。自らの不注意で負傷した結果、多忙であろう彼らの手を煩わせている。こうなったらもう、相沢としては全力で今日を楽しむしかない。
名古屋国際会議場まで、と告げると、愛想のいい運転手は何かイベントですか? と訊ねてきた。
「将棋の公開対局があるんです」
「え、指されるんですか?」
相沢、女流棋士に間違えられる(間違えられてない)。
運転手と楽しく会話しながら、相沢は名古屋の町を眺める。景色は流れていくだけ、どこにも立ち寄ることはない。今回は完全に直行直帰だ。
対局場の開場時刻は9時20分だが、タクシーが到着したのはその30分以上前だった。何に時間をとられるかわからない、常に早目の行動である。
名古屋国際会議場は複数の建物から成り、つまり広い。入り口から対局場のある3号館3階までの長い道のりでは、スタッフと思しき2、3人しか人間を見なかった。本当にここでプロの公式戦が行われるのだろうか、一抹の不安をおぼえつつ、息を切らしながら松葉杖を進める。
対局場である国際会議室に息も絶え絶えで辿り着いたのは、9時10分頃。
休み休み来たとはいえ、20分を費やした。会場時刻はまだだが、すでに中に入れるようだ。受付でパスを受け取り、足を踏み入れる。
そこは事前にホームページで見て想像していた通りの、わりとこぢんまりとした空間だった。客席とステージが近い。
将棋盤が載ったテーブルと椅子が2組並ぶステージの上部には「第15回朝日杯将棋オープン戦名古屋対局」の赤い看板、ステージ横と客席中央付近の端にも盤面を映すと思しきスクリーンが設置されている。1席ずつ間隔を開けて並べられた椅子の数は150に届かず、スタッフ、観客ともにまだ人は少ない。
ああ、無事に辿り着けた───。
相沢はほっと胸をなでおろした。
第2章 推しとの遭遇1
相沢の席は、奇跡的に出入口からいちばん近くだった。これは大変ありがたい。奥の席ならばさらに20歩ほど進まなければならないだろう。相沢はもう若くはない、体力と筋力はなるべく温存したい。
お客さんが増える前に着席してじっとしておくことにして、松葉杖を椅子の下に寝かせる。目に入ったところでプロの棋士は微塵も動揺などしないだろうしそもそも観客の足元まで見ないだろうが、絶対に対局者には見えないようにしようと思う。
対局中は撮影禁止との表示があったが、今なら会場の様子を撮ってもいいのかしらときょろきょろしていると、ステージに数人が一礼しながら現れた。
「……菅井さん?」
すぐ隣に人がいたとしても聞き取れないほどの声量だが、思わずつぶやいてしまった。スタッフさんかと思ったのは一瞬、間違いない、そこにいるのは菅井竜也八段だ。きゃー菅井さん!
驚く間もなく、豊島将之九段の姿が目に入った。
さらに梶浦宏孝七段もいる。ということはこれは対局場の下見だろう。渡辺さんは? と頭のどこかで思いながら、相沢は豊島将之を凝視していた。彼に会う(見るだけ)ためにここまで来たのだ。
相沢は心の中では勝手に「とよぴ」や「豊島さん」や「きゅん様」と呼んでいる。心で叫ぶ。とよぴー! 来たよー!
ところで、相沢が豊島さんを生で見るのは3回目だ。
初めてはJT杯将棋プロ公式戦の大阪対局、2度目は京都で行われた竜王戦第2局の前夜祭、どちらもまだ記憶に新しい昨年の出来事だ。大阪では見目麗しい和服姿も見られたが、対局前の挨拶と京都はスーツ姿だった。
今、そこにいる豊島さんも細身のスーツをお召しだった。
それにしてもいったいどうなっているんだろう、対局中はポーカーフェイスではあるけれど時にこわいくらいの気迫をまとっているのに、この繊細さ、儚ささえ感じさせるお姿は! 小柄で華奢だからだろうか? 相沢が魔法にかかっているからなのか?
JT杯のとき、相沢の席はステージから遠かったが、終局後に勝利棋士によるお見送りがあり、そこで初めて豊島さんを間近で見た。
その衝撃は忘れられない。先ほどまで相入玉の大激戦を繰り広げていた棋士と同一人物なのだろうか。マスクに隠れてはいたが柔らかな笑顔、身にまとう穏やかで温かで繊細な空気は幻想的でさえあった。そこだけフアンタジーの世界なのかと思った(マジで)。
やはり相沢は魔法にかかっているのだろう。今すぐそこにいる豊島さんからも、あのときと近い空気を感じる。さらに対局前の独特の緊張感なのか、そこにしんと張りつめたものが加わっているように思える。
まっすぐで繊細で美しい何か。カメラ越しには受け取りきれない、豊島さんがまとう不思議なもの。
まだ数少ない観客も棋士たちの登場に気づいているだろうが、会場は静まり返っていた。ほどなくして対局者たちは右手、パーテーションの奥に消えた。
とよぴがそこにおった……。
相沢はしばし呆然とし、かの人の残像(幻覚)を見つめる。私はやって来たのだ、豊島さんが将棋を指す神聖な場所まで───。
ふと気づくと、出入り口のそば、相沢の座る席のほど近くに2人の人物が立っていた。すぐにわかった。行方尚史九段と杉本昌隆八段である。今日、大盤解説会場で解説を担当するベテラン棋士だ。
「かっこいい……!」
またもや声にしてしまう(もちろん小声)。お二人は対局場の視察に来たようで、ただ並んで会場を眺めながら言葉を交わしているだけだ。それだけなのにとんでもなくかっこいい。あまり不躾な視線をぶつけるのもいかがなものかと思うけれど、見てしまう。対局者ではないからか、お二人からは余裕というか自信というか、ゆったりとしたおおらかな何かが感じられた。これがプロ棋士のオーラか。とにかく絵になる。かっこいい。
お二人が退場され、余韻に浸る間もなくさらにパーテーションの向こうから竹部さゆり女流四段と安食聡子女流初段が姿を見せる。こんな感じなんですね、というような声が聞こえる。お二人もやはり大盤解説会場の聞き手を務めるため、対局場の様子を見に来られたようだ。
お二人がすぐパーテーションの向こうに姿を消してから、相沢は改めてステージを見つめ、ぽかんとする。
この短い時間で、ずっと画面越しに見てきた棋士や女流棋士の先生たちをたくさん見てしまった。これは現実なのか。私はとんでもない場所に来てしまった。
もう、すでに来てよかった。
相沢は万感の溜め息を吐き、もう間もない対局開始時刻を待つ。
長くなってしまったので、ここでいったん区切りたいと思います。最後まで読んでくださった方がもしいらっしゃったら、本当に本当にありがとうございます!
いちおう続きも書くつもりでおります。
noteの使い勝手をまだよくわかっていないので、手探りでやっていきたいと思います。
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