ナルニア漫画が最終回を迎えるんだよ/近年の邦訳動き他
気が付けばコミカライズが佳境でした
Netflixが『ナルニア国物語』の映像化契約を2018年に結び、更にマシュー・アルドリッチ(『リメンバー・ミー』の脚本家の一人)を起用したシリーズを制作すると発表してから幾星霜、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
ディズニーから始まった映画シリーズ以降、ナルニアの映像化企画は二転三転していました。
遡ると、かつてはジョー・ジョンストン(『ジュマンジ』『ジュラシック・パーク3』監督等)と、デヴィッド・マギー(『ライフ・オブ・パイ』脚本等)による『銀のいす』映画化の話も数年に渡り存在しており、こちらも白紙になる前は局地的ながら連日やきもきさせられた事と思います。
詳しい流れは簡潔にまとまっている海外記事があるので検索に任せるとして、時勢やおそらくテーマの難しさも影響して映像化に関してはますます進展の見えにくいナルニア界隈ですが、なんと「現在連載中」かつ「日本国内の企画」という身近で手堅いコンテンツが存在します。光文社web連載で電書も刊行されているコミカライズが。
このコミカライズは光文社のwebサイト「本が好き。」で連載されており、「光文社古典新訳文庫」版の土屋京子さんによる訳文がベース、作画は玉樹庵さんが手掛けています。
現在上記のサイトからは完結済みの『魔術師のおい』の一部試し読みと、連載中の『ライオンと魔女』最新話が閲覧できます。というか次回、最終回なんですよね!『魔術師のおい』は単行本化されており、各種電子書籍サイトにて購入・閲覧が可能なので、『ライオンと魔女』も順次単行本化に期待しています。
更に!『魔術師のおい』は2022年夏から朝日小学生新聞でも不定期連載されています。
だいぶ縮小されての掲載ですが、これが現在唯一の物理入手手段なんですよね。私が推している『銀の椅子』でこれが叶っていたら、おそらく数部余計に購入して気に入ったページをレジンで固めたりスマホケースに挟んだりしていたことでしょう。そのうち掲載号を辿れるように一覧を作りたいものです……。
紙の単行本化への期待も勿論ですが、より小学生に知名度がありそうな『ライオンと魔女』も是非続けて連載して欲しいところです。
全作描いて欲しくなる作風
さて、小説のコミカライズといえばやはり気になるのは絵。
ナルニアといえば、別世界ものとしてのリアリティーの中に幻想的な風景やアスランの風格であったり、多種多様で生き生きとした住人たち、魔法の道具や場所といった、イメージは豊かに膨らむけれどいずれも連載で描くには大変そう……と思われる要素が詰まっています。
このコミカライズでは、それらを作画の玉樹さんが精緻かつ情緒溢れる筆力で描かれています。
特に『魔術師のおい』は昔のBBCドラマ版でも映像化に至っていないため、視覚でこの世界を味わえることの嬉しさといったらたまりません。
とりあえずこの記事は置いておいて、画を見て欲しい……!各話リンクは残念ながら殆ど閉じられているので、上記サイトの公開分か単行本から是非!
Twitterを拝見するに多くの工程をアナログで作業されているようなのですが、『魔術師のおい』に登場する19世紀末ロンドンの空気、滅びた世界チャーンの荘厳な美、『ライオンと魔女』の雪深い森やビーバー宅の暖かな空間etc……様々な情景を豊かに感じることができます。
ディゴリーやルーシィを始めとしたナルニアに訪れる子供たちは幼さを内包した頭身で、華やかでありながら親しみやすさを持った世界観になっています(子供たちと比べて、ジェイディスががっしりとした長身の体格なのも理想的な対比)。文庫版自体は大人の読者もターゲットに含まれていますが、漫画に関してはよくこんなに「児童書らしい」雰囲気を持つ方を起用できたなあと唸りっぱなしです。
原作が翻訳ということもあってか、ストーリーそのものに大幅なアレンジや独自要素はほぼ見受けられません。地の文をカットしたことで、ちょっと価値観が現代にそぐわないよな…という箇所もいくぶん減って読みやすくもあり、かつ会話メインということで小説の生っぽさが活かされた漫画になっていると感じます。
ポーリン・ベインズによる原書挿絵がもっとあったら嬉しいなと思っている派としては、想像の隙間を補完する絵も大変嬉しいです。例えば『魔術師のおい』序盤でアンドリュー伯父さんがディゴリーに己の身の上を語りながら、妖精やアトランティスやらに触れるシーン。これが映画だと、カメラは部屋の中で向かい合うディゴリーと伯父さんに当たり、セリフのみのさらっとした説明になるパターンもあり得ます。この漫画ではダイナミックで幻想的なイメージが差し込まれることで、シリーズの中ではある種異質な「こちら側の世界」の神秘ってこういうノリだったなあ!と説得力を持って引き込まれる新鮮な読み応えがありました。
この調子で筆者がナルニアにしがみついている決め手となった『銀の椅子』もやっていこう!と応援させて頂きたいのですが、仮に続巻がまた違う形で運良く漫画になったとしても、光文社古典新訳文庫は刊行順が「原作時系列順(世界が創成される『魔術師のおい』が1巻)」なんですよね。このコミカライズが『魔術師のおい』から始まった以上、どうひっくり返しても第6弾まで待たねばいけません。何卒……!
そもそも光文社古典新訳文庫版とは
まず、原書が2013年にパブリックドメイン化したことを受けて、国内でナルニアの新訳版が続々刊行される流れがありました。
光文社古典新訳文庫から始まり、角川つばさ文庫、同訳者による角川文庫版などの他、『ライオンと魔女』単体で学研や小学館の海外児童書シリーズにも新たに収録されましたね。
光文社は刊行にあたり、なんと特設サイトまで作っています。
新訳一番乗りのこちらは時代掛かった部分が織り込まれた原作の雰囲気をよりフラットに感じられるすっきりとした訳となり、これまた素晴らしいYOUCHANさんの挿絵(複製原画購入しました)は特設サイトにもふんだんに使われています。各出版社によって巻末の解説にも特色があり、個人的には『最後の戦い』の解説を山尾悠子さんが手掛けられたのが印象深いです。
トークショーや収納ボックスのプレゼント企画もあったりと刊行にあたり積極的な宣伝を打っていただけではなく、なんと日本語音声によるオーディオブックまで発売されています…!
この確かなサービスだけでも有難かったのですが、前述のサイト「本が好き。」の開設に伴い満を持して始まったのが、玉樹庵さんによる『魔術師のおい』そして『ライオンと魔女』コミカライズなのでした(認識間違いがありましたらすみません)。
もっと広がることを願って
まさかのコミカライズが日本語で読めてよかった……のは山々ですが、かつて自分が様々な古典小説と出会った時のことを思うと、この書籍は学級文庫や図書室でまずマンガを手に取る子供のところにあるのが最適なようにも感じます。そして日本のみならず、原書の読者をはじめ世界のファンに手に取って貰う機会ができることを願っています。
ここから蛇足に入ります。
ナルニアの評論本や、新訳本の巻末解説なんかを見ると、「映画は映画で頑張っていたけれど、それはそれとして己の中にしかない原体験のイメージを大切にしていきたいものだ」という意見を時折見かけます。筆者もそれには強く同意できるのですが(ナルニア自体想像力の力を説く作風ですし)、ただ古典ともいえる作品が現代で新たな魅力を引き出されると嬉しいのも事実です。
特に、岩波少年文庫や偕成社文庫を読み漁っていた頃は、好きな作品に対して今では当たり前の「CG塗りの漫画調イラストが付く(裾野を広げる手段として。元の装画は無論大好きです)」や、「公式でマンガなりアニメになりその展開にリアルタイムで立ち会える」といったことが素朴な夢の一つでした。
児童向け小説を中心に読んでいた時期というのが、青い鳥文庫を筆頭に講談社の児童書〜YAレーベルのコミカライズが盛んになっていた辺りで、同社で連載している漫画家を表紙・挿絵に起用した例が結構存在したことにも影響されていたと思います。
今でこそメディアミックスの酸いも甘いも数多く体験しましたが、やはりこういったことが少しでも具現化するのはありがたいことです。
そして自分より今まさに児童書世代の読者が心動かされているのであれば、こんなに嬉しいことはありません。