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お手紙

前略
 ペンギン村のみなさま、その後いかがお過ごしでしょうか。あれから30数年の月日が経ちました。Dr.スランプのみなさんが映っている番組を楽しみに見ていたのは、私がここへ引っ越してくる前のことでした。「新しいお家ができるから」という理由で、同じ町内の南部と呼ばれる区域から北部へ移り住むことになり、通う小学校は、国分寺南部小学校から国分寺の北部小学校へ転校することになりました。

 転校前は、Dr.スランプのみなさんの番組をよく見ておりましたので、主人公の則巻アラレちゃんのセリフをまねして遊ぶのが大好きでした。嬉しいとき楽しいときには「うほほーい」と言い、ちょっと分からないと思うときは「ほよよ?」と言い、友達にさよならを告げるときには「ばいちゃ」と言っていたものです。

 理屈やルールを抜きに、おもしろいことユニークなこと不思議で楽しいことなどに率直に反応する、生きのいい小学生でした。男女問わずクラスのみんなが友達で、運動も勉強も遊びも何でも率先して楽しむタイプの児童でありました。毎日が冒険で、春も夏も秋も冬も全力で過ごしていたことを思い出します。俊敏に動き、走るのが得意で、当時住んでいた県営団地の中を、同年代の友達と思いきり走り回っておりました。

 活発で運動神経もよかったのですが、性格的にはどこか抜けているところが当時からあったことも、ついでに記しておきます。野良犬の集団が団地をうろつくようになったときのことです。幾人かで遊んでいる最中に野良犬が追いかけて来たので、みんなその場にあった自転車に乗ったりそこへ相乗りしたりして、すばやく逃げ出しました。しかし、運動神経が良いわりにぼんやりしたところのある私だけ、その瞬時の変化に乗り遅れてしまいます。みんなが逃げ、一寸の差で野良犬が追っていく。そのうしろから「みんなまってー」と、仲間外れにされたような思いで情けない顔をして、野良犬の最後尾をつっかけが脱げそうになりながら、仲間に追いつこうと走ったこともありました。

 みんなは逃げるのに必死なのに、私だけ野良犬のうしろからべそをかきながら、野良犬集団を挟んだその向こうの仲間たちに追いつこうと懸命に走っている、という図になります。そのとき小学校6年生だった面倒見のよい女の子が、後ろ向きに相乗りした自転車から(要するに対面の姿勢)、おもしろすぎて泣き笑いするような顔をしていたことを思い出します。当時の私は小学2年生でした。

 あんなことこんなことがたくさんあって、その時代のことは今でも感覚の原点のようになっております。

 転校した先の北部小学校のことを、少し書いておきます。同じ町内とはいえ、幼稚園の時から慣れ親しんだ友達も団地の仲間たちもいない新しい学校では、卒業するまであまり馴染むことができませんでした。無心にふざけ合う友人もできず、「うほほーい」とか「ほよよ」とか「ばいちゃ」と気軽に言うこともなくなりました。南部と比べて、北部小学校は勉強に力を入れている学校でした。運動場は南部のほうが格段に広いけれど、運動会のときに町長さんがあいさつにくるのは、北部だけでした。南部では「本日は町長さんのご都合がなんとか…」とひとこと断りを入れたあと、代わりに来た人があいさつをしていました。

 1980年代後半、北部への転校と同じタイミングのころに瀬戸大橋ができました。その後、昭和が平成になり「24時間働けますか」というビジネスマンの歌が流行るなどしました。その頃の私は、もちまえの明るさを失ったまま、ぱっとしない学生時代を送っていました。自分の中でいろんなことの歯車がかみ合わず、大いにもがき苦しみました。 

 そして大変に苦しんだ時間を経て、今思うことを少し述べたいと思います。振り返って見ると、転校を経験せず順風満帆に育つことよりも、かなりの落ち込みはあったものの、意に染まない経験ができたことはとてもよかったと思っています。人と集う楽しさ温かさ安らぎと、一人でいることの底抜けの自由と清々しさというものの、両方の良さがわかるようになったからです。苦しみをきっかけに、曽野綾子さんの著書を読むようになり、そこから多くの答えをもらいました。大空を飛び回るような自由な感覚と、転んでみじめな気持ちでいることの、その両方からたくさんのことを学びました。

 ペンギン村のみなさま、いま40の角を2つ3つ曲がるあたりに私はおります。思い描いていたような人生とはずいぶん違いますが、それでもそれなりに悪くないと思って日々を過ごしております。一時失われたと思っていたものでも、努力によって運命の扉をこじ開けてみると、また違ったかたちで自分の元に戻ってくることがあると知りました。みなさまのお近くにいたころと変わらない柔らかな気持ちで、今日も明日もその先もできる限り楽しく過ごしていきたいと思っております。

”You'll find that life is still worthwhile, if you just smile."

(訳:微笑めば、人生はまだ価値があると分かる)というのは「喜劇王」の異名を持つ、映画役者チャーリー・チャップリンが言った言葉だそうです。さすがに「うほほーい」と誰かに言うことはないだろうと思いますが、近所を歩くときなど出会う人たちには笑顔であいさつを交わしたいと思っています。ウィキペディアに載っている「Dr.スランプの登場人物」の部分は、ネーミングやその由来などの発想がとてもユニークで楽しいので、プリントしてファイルに入れております。折に触れて、また読み返す時間を持ちたいと思っています。

 それでは長くなりましたが、このへんでおしまいにします。みなさまが変わりなくお元気でありますように。  
                                草々

April 22, 2020 15:58

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